リモートマッチと名付けられた無観客試合の取材に出かけた。

 興味本位の気持ちがなかった、と言えば嘘になる。

 無観客試合の取材は、今回が初めてではない。05年6月の北朝鮮対日本のW杯アジア最終予選が、観衆を入れない形で行なわれている。第三国のタイが舞台となった。

 もっとも、メインスタンドにはタイのサッカー関係者とその家族(と思われる)人たちが、かなり集まっていた。数百人規模のギャラリーがいた。無観客試合というよりも、公開の練習試合のような雰囲気だった。

 Jリーグの無観客試合は、果たしてどのような空気に包まれるのか。7月4日のJ1再開初戦、湘南ベルマーレ対ベガルタ仙台戦へ向かった。

 湘南のホームゲームが行われるShonanBMWスタジアム平塚の最寄り駅は、JR平塚駅になる。僕は東京方面からJRに乗るのだが、横浜駅を過ぎても、藤沢駅を過ぎても、ベルマーレのユニフォームを着た人に出会わない。アウェイの仙台のユニフォームを着たファン・サポーターも、ひとりとして見かけない。

 リモートマッチだから、当然である。しかし、クラブカラーで溢れる最寄り駅を利用してきた立場からすると、何とも寂しいというか物足りない景色に感じられた。

 駅前のバスターミナルからは、いつもならスタジアムへの直通バスが出ている。しかし、バスを出す必然性はなく、曇り空に覆われるバスターミナルはひっそりとしていた。東京都内から来た自分からすると、土曜日の夕方にしては人通りそのものが少ない。

 駅から歩いてスタジアムへ向かう。その道のりも、ひっそりとしていた。気持ちが昂らない。ファン・サポーターの息遣いに触れることも、自分には取材の一部だったと改めて気づく。

 スタジアムに着くと、最初に検温をする。検温済みのステッカーをもらい、「見えやすい位置に貼ってください」と言われた。

 それから受付を済ませ、問診票を提出する。さらに手を消毒して、スタジアム内に入った。

 いつもなら、まずは記者控室へ向かう。しかし、三密を避けるために控え室は用意されていない。ならば、とピッチサイドにいるクラブ関係者に挨拶するのも、コロナ禍の試合運営では禁じられている。受付からどこへ寄ることも、誰と話すこともなく、そのまま記者席へ向かった。

 ペン記者は1試合25人まで、となっている。記者席は間引きされていた。

 試合によっては記者席に空きがあることもあるが、大きな違いは「音」だ。話し声が聞こえてこない。僕自身も知り合いには目であいさつをする。

 対照的に、ピッチレベルは音で溢れている。試合前のアップから選手や監督たちの声が拾えるのは、リモートマッチならではと言えるだろう。

 しかし、生の声を聞きとれることが、それほどありがたいとも感じない。練習試合でも同じことは可能だ。聞かれたくないことに耳をすましているようで、僕自身はちょっと居心地が良くない。

 それよりも、観衆の声援がないことへの物足りなさが、僕のなかでは圧倒的に上回る。ゴール裏を中心としたスタンドからの声援を受けて、選手たちはテンションを高める。目の前のボールへの、勝利への、執念を燃やす。

 選手たちの闘争心は、観衆を刺激する。応援のテンションがさらに上がり、それがまた選手たちを奮い立たせる。双方向の熱のやり取りこそが、サッカーには何よりも必要なのだと痛感させられた。

 ShonanBMWスタジアム平塚での試合当日は、スタジアム外の一角にキッチンカーが何台も並ぶ。ベルマーレのグッズを販売しているテントも近くに設営され、ちょっとしたモールのような空間が出来上がる。

 取材を終えてスタジアムを出ると、撤収をしているクラブのスタッフのそばを通る。薄明りを頼りに作業をする彼らとの挨拶は、僕にとってその日の取材の締めくくりの儀式のようなものだった。

 グルメもグッズも販売されていないスタジアム周辺は、試合後になると濃い闇に包まれていた。

 僕は、足早に駅へ急いだ。