戦車は文字通り戦うためのクルマです。戦うことを最優先に設計されているため、乗員の快適性は二の次です。普段何気なく使っている乗用車にあって当たり前のものが自衛隊の戦車にはありません。

鍵穴無ぇ! ラジオも無ぇ!

 戦車はいかに敵を倒すかに重点を置いているため、乗員もある一面では戦車を動かす部品のひとつと割り切られます。快適性を追求する市販の乗用車とは対局に位置付けられる戦車。今回は市販車にあって自衛隊の戦車にないものを5つ紹介します。

ドア(ハッチ)の鍵穴


陸上自衛隊武器学校で展示された旧日本陸軍の八九式中戦車。乗降扉を南京錠とチェーンで閉めている(2007年10月、柘植優介撮影)。

 戦車は乗り降りのために車体や砲塔にいくつかハッチを装備していますが、乗員が乗り込んだ状態で中からロックすることはできるものの、外から鍵を閉めることはできません。そのための鍵穴がないのです。よって駐屯地の外に出た際、たとえば演習場などでは最低、乗員ひとりが車両警戒のため残るようにしています。

 一般公開などで自衛隊が戦車を展示する際は、南京錠とチェーンで開けられないようにしています。

オーディオ機器

 戦車にはCDプレイヤーはおろか、ラジオもありません。たとえば自衛隊の各種トラックは、災害派遣などでも使用するためラジオは情報収集用に標準装備していますが、戦車にはありません。ただし、スピーカーやアンプは無線用に装備しています。

エアコン無ぇ! ワイパー無ぇ! 74式には両方無ぇ!

 必要か否かで、どう考えても必要そうなものまで、かつての戦車にはありませんでした。

エアコン(クーラー)

 原則、日本の戦車はエアコンを装備していません。ただし最新の10式戦車については、エアコンを装備しているという噂もあり、真相を確かめようと防衛省陸上幕僚監部広報室に問い合わせたところ、「要部冷却装置」という名称で、搭載電子機器の冷却用として装備しているとのことでした。これは人員用ではありませんが、間接的に室内の気温にも影響しているようです。


アメリカ陸軍のM1A2戦車。赤く丸で囲ったものが後付けのエアコン用の発電機(画像:アメリカ陸軍)。

 なお、海外の戦車では、人員用としてエアコンを装備するものが増えています。10式戦車と同じように電子装備が増えたことで、搭載電子機器のオーバーヒートを防ぐ意味合いと、加えて乗員の士気低下を防ぐ両方の目的によるものです。

「戦う車」といっても、乗員の士気向上のためにはある程度の快適性は必要であり、自衛隊の装甲車についても、海外派遣を想定したものはエアコンの増設が行われているため、将来的には自衛隊の戦車もエアコンを装備するようになるかもしれません。

ワイパー

 ワイパーも市販車では道路運送車両の保安基準によって必ず装備すべきものです。

 自衛隊の戦車では、ワイパーは90式戦車から装備されるようになりました。74式戦車にはまだなかったため、操縦手は覗き窓の視界のみで操縦する場合、はねた泥などで視界が悪くなると、ハッチを少しだけ開けて雑巾で直接、泥を拭って窓をきれいにしているそうです。

 90式戦車に装備されたのは、そうした現場の声がフィードバックされたからかもしれません。当然10式戦車もワイパーは装備しています。

シートベルトも無ぇ! そもそも普通のクルマじゃねぇ!

 一般車両では当たり前のシートベルトも、戦車の場合は事情が異なります。

シートベルト

 戦車は、いつ敵から攻撃を受けるかわからず、万一被弾した場合、乗員は速やかに車外脱出しなければならないため、むしろシートベルトを着けているほうが危険です。

 日本では一般車のシートベルトについて、車両への設置基準(道路運送車両法)と、乗員の着用基準(道路交通法)の両面から規定されており、1969(昭和44)年4月1日以降の車両はシートベルトの設置義務が、そして乗員については原則全員の着用が義務付けられています。

 ただし、戦車を含む自衛隊車両は、路上を走る際も自衛隊法において関係法令の適用除外を受けているため、装備していなくても問題ありません。

 しかし、シートベルトの代わりにヘルメット(戦車帽)の着用が定められているため、戦車に乗り込むときは必ず被ります。これは自衛官に限らず民間人も同じです。よって、駐屯地の一般公開などで戦車に体験搭乗する一般人がヘルメットをかぶるのはもちろん、防衛大臣など要人も車上では戦車帽をかぶります。