「川沿いでカップルが等間隔で座りがち現象」の謎解明。 イチャイチャに必要な距離とは?
恋人同士でも、屋外では人目が気になってあまりイチャイチャしにくいですよね。
では、他人とどのくらい離れていれば、周りの目を気にせずに恋人とイチャイチャできますか?
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実は、東京都市大学の小林茂雄教授が「カップルが他者とどのくらい離れていれば密着しやすいのか」を調べて論文にしています。今回は、この研究をご紹介します。
4日間で704名のカップルを観察
小林先生の論文は「傾斜面に着座するカップルに求められる他者との距離」というもので、2007年に発表されました。
この研究では、横浜港の「大さん橋国際客船ターミナル」の屋上にいるカップルを対象に、他者との距離が滞在時間や密着度合いにどのような影響を与えるのかを調査。
まず、カップルを装った3組の学生が、一般の人のプライバシーを侵害しないように注意しながら移動を繰り返し、4日間で延べ704名の様子を観察しました。
その結果、カップルが座る場所を選択する際は、最低2メートルの距離を取り、自分たちの前方や後方に人がいるのを嫌う傾向にあるとわかりました。
また、カップルの滞在時間は、夕方の時間帯は前方に人がいないとき、夜間は後方に人がいないときに長くなると判明したのです。
さらに、夕方と夜間では、夕方のほうが対人距離を長くとる傾向があるとのこと。この理由について「日の出ている時間帯に密着するのが恥ずかしいと感じるのでは」「他の人から見られていると意識するのでは」と推測しています。
【4日間でのべ700人以上も調査!】
密着度合いについては「離れている」「寄り添う」「手を繋ぐ」「肩や腰に手を回す」「抱き合う」の5つの段階に分けて調査。
夕方よりも夜間の方が密着する人の割合が高く、「肩や腰に手を回す」「抱き合う」といった密着度の高い行為は、他の人との距離がおよそ4メートル以上だった場合に多いことがわかりました。
裏を返せば、4メートル以内の距離に誰かいる場合は、恋人と密着するのを遠慮する傾向にあるということですね。
カップルに影響を与える距離のポイントは「5メートル」
次に、10組のカップルに協力してもらい、目視による実験で得たデータを元に「他者との位置関係」の具体的な実験を実施。カップルたちにさまざまな距離で着座してもらい「許容距離」「許容滞在時間」「許容密着度」について評価してもらいました。
その結果、他の人との距離が2〜3メートルの場合は、50%以上のカップルが距離を置こうとし、反対に5メートル離れていれば、50%以上のカップルが周りにいる人を気にせず場所取りをするとわかりました。さらに6メートル離れていれば、70%以上のカップルが「気にならない」と回答しています。
滞在時間については、他の人との距離が3メートル以内の場合に、70%以上のカップルの滞在時間が短くなりました。
一方、他者との距離が5メートル以上になると、他者との位置が近いと感じるカップルが50%未満と少なくなり、6メートルでは30%未満になったそうです。
密着度の実験では、他者との距離が5〜6メートル以内の場合に、50%以上のカップルが他者の影響を受けるという結果も出ました。
カップルが他の人を気にせずイチャイチャするには、最低でも4メートル、できれば5〜6メートルの距離が必要ということです。
また、後ろに人がいると、密着するのを避ける傾向にあり、これは「後ろから見られているかもしれない」という気持ちがあるからだといいます。
【密着度が高まるほど必要な距離が伸びている】
他にも、男性よりも女性の方が周りの目を気にするといった男女差もわかりました。
女性は、夕方だと「自分側の横方向」にいる人、夜間では「恋人側の斜め前方にいる人」との距離を気にする傾向にあるとのことです。
この実験をまとめると、他人との距離は、カップルの「滞在場所」「滞在時間」「密着度」のいずれに対しても強い影響を与えており、その目安は「5メートル」とのこと。
では、なぜこうした「恋人同士の密着度合いと距離との関係」について実験をしようと思ったのでしょうか? 小林茂雄先生にお話を伺いました。
「公共の場所でカップルが密着しやすい環境」に注目
――小林先生は、どういった経緯でこの研究を行おうと思ったのですか?
小林先生 もともと「公共の空間で行われる行動」について研究していました。
例えば公共の場で飲食をしたり、読書をしたり、楽器を弾いたりなど、開かれた場所でのアクティビティーに興味があったんですね。
閉じられた空間で面白いことが行われても、外には広がらずそこで終わってしまいます。それでは活動は伝わっていかないですよね。公共の場で面白いことが起こった方が、町が盛り上がるのです。
――たしかに、どんな面白いことが起こっても、誰にも気付かれなければそこでおしまいですよね。
小林先生 恋愛も同じで、公共の場で行われたほうが、閉鎖された空間で行われるよりも健全だと思いますし、特に高校生など若い世代にとっては、安全面からもそのほうがいいのではと考えました。
ヨーロッパの町には、お金を使わずともカップルでのんびりと時間を過ごせるような公共の場所が多くありますが、日本にもそうしたスポットがもっとあればと思ったのです。
そこで、「公共の場所でカップルが密着しやすい環境」を研究することにしました。
研究当初は、恋愛を進展させるようなスポットにするには、密着したくなる明るさや景色、また座る場所の傾斜など、建築や環境の条件が重要だと思っていました。
しかし、研究を進める中で、建築的な条件よりも、周囲の人との距離や関係がより影響しているのではないかと気付いたので、その観点から実験を行うことにしたのです。
――それが「傾斜面に着座するカップルに求められる他者との距離」の実験なのですね。
小林先生 そうですね。実験では、まず目視で観察を行いました。すると、密着度や滞在時間には、他者との距離など周りの人の状況が最も影響していることがわかりました。
また、立っているよりも、座っている状態のほうが密着している人が多いことや、傾斜も10度くらいだと密着しやすいといったことがわかりましたね。
その後、実際のカップルに協力してもらい、状況別にどこまで密着できるかを調べました。
――実験結果では、5メートル以上の距離があれば、滞在時間が長くなったり、密着度が高くなったりするとまとめられていますが、5メートルあれば抱き合うなど遠慮なくイチャイチャできるものなのですね。
小林先生 もちろん個人差はありますが、そのくらいの距離があると相当高い密着度になります。
――こうして得られたデータは、私たちの生活にどのような影響を与えますか?
小林先生 公共の場での空間作りに用いることができると考えています。
例えば、公園のベンチを配置する際に、カップルが着座しやすい、リラックスして時間が過ごしやすいように5〜6メートル離して配置するなどです。
また、飲食店にも用いることができます。席に着いたカップルがストレスを感じないような座席の配置にしたり、他の客よりも5〜6メートル離れた席に案内したりなどですね。
距離が取れない場合も、間に樹木を置く、照明の明るさを下げるといった工夫につながります。
――心地よいと思える空間作りに生かせるわけですね。
予想外の結果が出るのが面白い
――この実験で面白かった点を教えてください。
小林先生 全体的な傾向は予想と一致していたのですが、恋愛に対するスタンスや羞恥心などは個人差があり、まれに予想していなかったデータが出てくるので、そんなときは面白いと感じます。
例えば、ほとんどの女性は「近くに人がいると密着したくない」と言いますが、反対に「近くに人がいるほうが密着したくなる」という人が、10人に1人くらいの割合でいました。
――そうした人は、その場の雰囲気や流れに乗りやすい性格なのかもしれませんね。
小林先生 他にも、目視での調査でカップルを装ってもらっていた学生が、いつの間にか本当のカップルになっていたこともあります。
毎日ずっとカップルを見ながら、自分たちもカップルのふりを続けていくうちに、自然とそうなってしまったのでしょう。
――ずっとデートスポットにいると、そういう雰囲気になってしまうのかもしれませんね。反対に、難しい点、つらいと思った点は何でしたか?
小林先生 これはどの実験・研究にもいえることなのですが、研究対象となった人たちのプライバシーは守らないといけません。
しかし、今回は「密着度の研究」なので、ある程度の情報を取得しないと意味がありませんから、プライバシーを守りつつ調査を行う線引きが難しかったですね。なので、観察する距離など、調査方法については慎重に決めていきました。
それでも実験内容を見た論文の査読者に「プライバシーを踏み越えて調査しているのでは?」と懸念を抱かれたこともあるので、読者にそう思われないような記述にしないといけないのは難しかったですね。
今後は学生の興味・関心に沿った研究を手掛けたい
――先生は「傾斜面に着座するカップルに求められる他者との距離」の後も、さまざまな恋愛に関する研究を行っていらっしゃいますね。
小林先生 この実験は「すでにカップルになっている人たち」が対象だったので、今度はカップルになる前の人たちを対象にした研究をしたいと思いました。
しかし、調査対象が容易に見つからなかったことや、プライバシーにかなり踏み込んでしまうので断念しました。
それで次に「ナンパの研究」をすることになり、女の人に声を掛けやすい環境を調査するべく、男子学生をいろんな場所へ連れて行って、女の人に声をかけてもらいました。
――それは面白そうですね。結果はどうだったのですか?
小林先生 知らない女の人に声をかけるのがつらかったようで、途中で実験に参加している学生が「もうできません」と……(笑)。
それで女の人ではなく、男性でもいいから「知らない人に声をかけやすい場所やシチュエーションはどこか?」という実験に変更しました。
この実験では「喫煙所で火を借りると、そこから会話が進みやすいのでは?」と考え、実際にいろんな喫煙所で実験を行い、「2メートル以内に接近しやすい喫煙所は、火も借りやすい」ということがわかりましたね。
また、女性の学生から「女性目線からのアプローチを」というリクエストがあり、2018年に「女性が男性のLINE IDをゲットしやすいシチュエーション」の実験も行いました。
この実験では、授業中に教科書を見せてもらうというきっかけでIDを聞けば、「あなたのことが好きです」という言葉を発せずともスムーズに好意が伝わりIDを聞けることがわかりました。
【先生の研究室の様子】
――その研究の一つ一つが、過ごしやすいデートスポット作りに生かせそうですね。今後はどのような研究をしたいと考えていますか?
小林先生 自分が面白そうだ、自分がしてみたいと思った研究はほとんどしてきたので、今後は学生たち主導の実験を増やしていきたいと考えています。
これまでも学生と協力して研究をしてきましたが、自分がしたいことを学生にやってもらっていた、という形が多かったのです。
これからは、学生の関心や興味を聞き出し、そこに自分がやってきたことをかけ合わせて新しいことをしたいですね。
いろんな経験をしておくことも大事
――最後に、研究者を目指す大学生や高校生にメッセージをお願いします。
小林先生 私は大学から大学院に進んで、修士を出てすぐに助手になってと、ずっと大学の中で生活してきました。研究する上では恵まれていましたが、振り返ってみると一度社会に出てみたかったと思います。
例えば、建築系の企業に入って、現場がどのように動いているのか経験してみたかったですし、ずっと大学の中にいる人生では、考えや視点が偏ってしまいます。
ですから、もし研究者になるのを迷っているのであれば、一度社会に出てみるのもいいと思います。
――社会に出ていろんな経験をしておくことも、研究に役立つかもしれませんね。
小林先生どこかの企業に入っても研究することはできますし、そこから大学の研究者になれないわけではないですからね。一年でも二年でもいいから社会人を経験して、そこでさらに自分の考えてきた問題意識をはっきりさせると、知識も視点も豊かになるはずです。
――ありがとうございました。
小林先生の研究によると、個人差はあるものの、カップルの行動に影響を与える距離は「5メートル」とのことです。
特に男性よりも、女性のほうが他者との距離に影響されるようですから、もし彼女とデートに行き、公共の場で休憩するときは、他の人と5メートル以上の距離を空けるようにするといいでしょう。
また、小林研究室のHPやFacebookでは、現在取り組んでいる研究やイベントの情報などが公開されています。今回の記事を読んで先生の研究が気になった人は、ぜひチェックしてみてください。
(中田ボンベ@dcp)
小林茂雄先生プロフィール
1968年神戸市生まれ。1991年東京工業大学工学部建築学科卒業。1993年同大学院修了後助手。2011年より東京都市大学工学部建築学科教授。建築光環境と環境心理が専門。2010年日本建築学会賞(論文)受賞。
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