自身初のオールスターに監督選抜で出場することが番記者に発表された6月30日、西武のセットアッパー・平井克典はメットライフドームからの去り際に壮大な目標を明かした。

「今年、宮西(尚生/日本ハム)さん(のシーズン登板試合数)を超えたいと思っています」

 現在34歳の宮西は、大卒1年目から11年連続で50試合登板以上を続け、球界きっての名リリーバーとして名を馳せている。

 対して27歳の平井は、陽の当たらない野球人生を歩んできた。静岡県の飛龍高校時代は甲子園出場経験がなく、愛知産業大学、ホンダ鈴鹿を経て、2016年ドラフト5位で西武入団。ライオンズファン以外の注目が大きくなり始めたのは、今年になってからだ。


今年もフル回転で西武のブルペンを支えている平井克典

 開幕から2試合に1回のペースでマウンドに上がり、81試合終了時点で43試合に登板。年間75.9試合ペースで、「神様、仏様」と並んで崇められる稲尾和久が1961年に作ったパ・リーグ記録の78試合登板も視界に入るほどだ。

 ちなみにプロ野球記録は、2007年に久保田智之(阪神)が打ち立てた90試合で、2位は2005年の藤川球児(阪神)で80試合。NPBのホームページ内にある「歴代最高記録」の「登板【シーズン記録】」には上位25人が記されているが、過去5年で名を連ねた現役選手は74試合の秋吉亮(ヤクルト/2015年)と近藤一樹(ヤクルト/2018年)のみ。近年、各球団が中継ぎ投手の”登板過多”に気を遣うようになるなか、近年のヤクルトは防御率が芳しくなく、ふたりがフル回転を強いられた。

 今季の西武も同じ状況で、防御率はリーグ最低の4.38(今季の成績は7月9日時点)。調子の上がらない投手陣を、平井がカバーしている格好だ。小野和義投手コーチはそれについてこう話した。

「勝っているゲームを取りにいくなら、一番信頼の置けるピッチャーを出したほうがいいわけじゃないですか。それが5点差だろうが、6点差だろうが」

 僅差はもちろん、6点リードの試合終盤で投げるのも当たり前。中継ぎにとって、メンタル的に難しいとされる「イニングまたぎ」も平然とやってのける。

「しんどいとか、投げたくないと思ったことがないので、その感覚が逆にわからないです。なんでしんどいの? 別に、もう1回投げられるならいいじゃんって(笑)」(平井)

 ついたあだ名は「平井プロ」。安定感を欠くブルペンのなかで、ファンが”プロ”と呼ぶにふさわしい仕事を毎回こなしていく。

 5月24日の日本ハム戦では6回途中のピンチでマウンドに上がり、得意の回またぎでヒーローインタビューに呼ばれた。この日、金曜のナイターは21時18分に終了し、14時プレーボールの翌日まで疲労を抜く時間が少ないのではと話を振ると、平井は平然と答えている。

「そんなにカツカツでもないので、(気をつけるのは)栄養くらいじゃないですか。とくにデイ(ゲーム)だから、というのはないです。僕、(回またぎも)全然普通なので。勝つために、やるべきことをという感じなので。これで勝てるんだったら、全然いいですし」

 それから1カ月、マウンドに上がるペースは落ちず、7月9日時点でリーグ最多の43試合に登板。一方でホールドポイントは、35試合登板の宮西が最多の30に対し、平井は同4位タイの19。点差に関係なくマウンドに送られてきたことが、宮西との差として表われている。

 投げれば抑えるから、ベンチは再び投げさせたくなる。そうして場数を重ねるたび、平井は成長の跡を見せている。

 とりわけ顕著な数字が、左右の打者別の被打率だ。

 2018年は対右打者が.189、対左打者が.230だったのが、今季は対右打者が.256、対左打者が.193(2018年成績は『nf3-Baseball Data House-』参照)。サイド気味のスリークオーターという”変則右腕”にとって、「天敵」とも言える左打者への成績が改善された。

「僕も打たれないように抵抗していますからね(笑)」

 プロに入って投げるのをやめたフォークを今年から再び投げ始めたことに加え、光るのは外角のボールゾーンから内へ曲げる「バックドア」のスライダーだ。アマチュア時代は「あまり発想がなかった」が、捕手の森友哉は左打者視点でバックドアを有効に使っている。平井自身、当初は「そこなんや!?」と感じることもあったが、「あっ、よし」とうなずく場面が増えていった。

「バッターはバックドアを待つと、内角に来たときに対応できないので、待てないと思います。こっちからするとハイリスクハイリターンのボールだから、腹をくくって、どれだけ腕を振れるか。(腕を振れずにボールを)置きにいったら、たぶんわかっちゃうので逆に打たれるんです」

 右だけでなく左も抑えるようになり、回またぎが増えた。7日9日時点の投球回数は47.2回で、ブルペン投手ではリーグでもっとも多い。他のリリーバーを見ると、松井裕樹(楽天)は41.1回、同僚の増田達至は39.2回、宮西は29.2回。

 見る側とすれば頼もしいかぎりだが、同時に不安も覚える。これほど投げまくって、壊れないか。5、6点差の試合なら、他の投手を起用して平井を休ませればいいではないか。果たして、このままシーズン最後まで持つのだろうか――。

 周囲が不安を募らせるのは、増えていく登板数や投球数に加え、6月後半のピッチング内容も関係がある。

「クソでした……」

 前日にリーグ戦が再開した6月29日、オリックス戦で6対0とリードした8回の1イニングを無失点に抑えた平井は、クラブハウスに引き上げる前に第一声をそう発した。

「調整がうまくいってなかったです。ちょっと状態がよくないのが来ちゃって。内容がまったく。0点以下。採点できないレベルです、今日は」

 吉田正尚に痛烈なセンター返しを打たれ、福田周平にストレートの四球を与えた。それでも無失点に抑えたが、平井の表情は冴えなかった。理由を明かしたのは、翌日の試合後だ。

「ゼロで終わればいいというのは、去年までで終わりだと思っているので。ゼロで抑えるなかで、球数、内容、打ち取り方にこだわっていかないと、成長できないと思っています」

 前日、本調子でないことと疲労の関係を聞くと、即否定した。真偽は本人のみぞ知るが、プロの投手が公然で「疲れている」とは口にしないだろう。

 技術的には、投球時の身体の回転と腕の振りのタイミングが交流戦終盤から合っておらず、6月30日の試合前に見直したことで内容が改善された。ダルビッシュ有(シカゴ・カブス)が「毎日フォームは違う」と語るように、投球メカニクスは体調や環境など微細な変化に影響される。投げることで蓄積されていく疲労も考慮しながら、質の高い投球パフォーマンスを発揮することが今の平井には求められている。

 開幕前から目標として立てていた70試合登板に、着々と近づいている。

「今のペースで順調にケガなくいき、シーズンをやり通せればいける数字だと思います。でも、数字にこだわらず、先を見ずにやっていきたい。1試合、1試合と思って」

 このままひとつひとつ積み重ねた先に、宮西の背中はぼんやり見えてくる。初めて臨むオールスターで、平井は偉大な先輩と話せる機会を楽しみにしている。

「右と左で違いますけど、勉強したい気持ちがすごくあります。ピンチでもさらっと出てきて、さらっと帰る人ですしね。ここ何年間かずっと続けて活躍している人なので、野球以外のところでどういうことをしているのか、勉強して見習いたい。『今、パ・リーグを代表する中継ぎは?』と言われたら、『宮西さん』と言う人が多いと思います。いろいろな面で超えたい人ではありますね」

 平井にとって、「宮西超え」の道は始まったばかりだ。5年、10年と投げ続けて、初めて肩を並べることができる。

 壮大な目標を達成するには、使う側の腕も極めて重要になる。平井自身、過去2年で42試合、64試合と投げてきた勤続疲労は「なくはない」と言うように、リリーバーが10年以上続けて活躍するには、選手とベンチが合理的な起用法を通じて信頼関係で結ばれ続けることが不可欠だ。

 ルーキーイヤーから順調に力をつけ、27歳の今季、平井はオールスターで眩しいスポットライトを浴びる。偉大なリリーバーへのスタート地点に打たれた点が、長く、太い線となって伸び続けることを願うばかりだ。