石塚 しのぶ / ダイナ・サーチ、インク

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長寿企業大国、日本


近年、日本の中小企業では、経営者の高齢化に伴って起こる事業承継が大きな課題になっていると聞きます。現在、日本の中小企業の社長の平均年齢は61.2歳。2025年には全社長の64%が70歳以上、うち3分の2が後継者不在を迎えると言われています。


ここ数年、日本企業を対象にコア・バリュー経営導入のお手伝いをしてきて思うのは、事業承継において、「コア・バリュー経営」が新しい世代へのダイナミックな転換を促すプロセスになり得る、ということです。


実際、コア・バリュー経営を導入している企業の中には、家業を継いだ二代目、三代目の経営者さんが多くいらっしゃいます。これは、アメリカの「スモール・ジャイアンツ」事例にはあまり見られない、日本特有の現象です。


と、いうのも、日本は「長寿企業大国」。創業100年企業が26,000社、200年企業が1,200社、300年企業が600社、400年企業が190社、500年企業が40社と、凄まじい数字の羅列になりますが、とにかく世界で他に類を見ないほどの数の長寿企業が存在するのです。これは、日本が大いに誇れることですね。


アメリカのビジネス・ジャーナリストであり、「スモール・ジャイアンツ」の名づけ親でもあるボー・バーリンガム氏と雑談をしていた際に「日本の事業承継についてぜひ勉強したい」と言われたことがあります。


実は、その頃、同氏はアメリカの中小企業の事業承継(というか、廃業や売却を含む「出口戦略」)の研究をまとめた著書を出版したばかりで、日本の状況にも非常に興味を持っていたのです。「日本ほど長寿企業が多く存在する国はない。日本の中小企業の事例は極めて貴重だ」と、同氏は語っていました。



コア・バリュー経営で会社を「再起動」する


さて、コア・バリュー経営が事業承継に役立つ理由は大きく三つあります。

  1. 承継を機に、事業を「再起動」させるうえで方向性を指し示すコミュニケーション・ツールになる
  2. 先代と会社を築いてきた人たちを若い社長が率いていくうえで、「人」に従うのではなく、「コア・バリュー(価値観)」に従う習慣をつけることで摩擦を少なくできる
  3. コア・バリュー経営導入自体が、新しい組織をつくり、従業員のコミットメントを得るうえでのプロセスとして活用できる



1) 承継を機に、事業を「再起動」させるうえで方向性を指し示すコミュニケーション・ツールになる
事業承継というのは、それが「家業」であればなおさら、感情面でも複雑なものです。新しい社長は、先代が築いてきた伝統を引き継ぎながら、自分のビジョンを基に新しい時代を切り拓いていきたいと、その二つの衝突に悩むこともあるでしょう。



社歴の長い企業ほど、「会社として、これまで大切にしてきたもの」を整理しつつ、「目指したい方向性」を明確に打ち出して会社の皆が納得できるような形で指し示すことが必要になります。コア・バリュー経営の土台となる「コア・パーパス(企業の社会的存在意義)」「コア・バリュー(共有したい価値観)」は、新しい社長のビジョンを定義し、伝える、効果的なコミュニケーション・ツールになり得ます。



自動ドアの開発、製造、施工から保守・維持までを一貫して行う日本自動ドア株式会社では、二代目社長の吉原二郎氏が社長に就任後に「自動ドアの存在意義」について改めて定義しなおしたといいます。いわば「自動ドアで食べてきた会社」が、「自動ドアは果たして世の中に存在すべきなのか、それともなくてもいいものなのか。存在すべきであるとしたならそれはなぜなのか」という問いかけに真摯に向き合い、利用者への意識調査や研究を通してその答えを徹底的に練り上げたというのです。結果として、「感染症の予防(ドアノブに手を触れずにドアを開閉できることから感染症の予防につながる)」「バリアフリー(身体の不自由な人やベビーカーの利用者などが手を使わずに容易にドアを開け閉めできる)」「省エネへの貢献(「開けっ放し」をなくす)」などといった意義の再定義は、既存事業の活性化や、新規商品やサービスの開拓にもつながっています。



2) 先代と会社を築いてきた人たちを若い社長が率いていくうえで、「人」に従うのではなく、「コア・バリュー(価値観)」に従う習慣をつけることで摩擦を少なくできる



「年功序列」などの慣習が根強く存在する日本のビジネス環境では、いかに「社長」といえども、年若い社長が年長者に意見をするのには難しさがあります。先代のもとで長年会社に貢献してきた人たちのプライドを傷つけたり、不必要な反感を煽ったりすることなく、いかに自分のビジョンを伝えるか、納得してもらうかは、若い社長が頭を悩ませるところだと思います。



コア・バリュー経営では、「会社の皆で共有したい価値観(コア・バリュー)」を定め、それに基づいて考え、行動することを徹底していきます。つまり、会社の中での「正しさ」や「あるべき姿」を、力ある者の意見に委ねるのではなく、皆が合意したコア・バリューを物差しに判断していくのです。ですから、議論も、社長が、「自分が言うことだから正しい」ではなく、「会社のコア・バリューに則って考えるとこうだ」という運び方になります。社内の力関係ではなく、コア・バリューという「原則(根本的に正しいこと)」に基づいて意思決定するので、年齢や役職ゆえの摩擦を最小限にとどめることができます。



3) コア・バリュー経営導入自体が、新しい組織をつくり、従業員のコミットメントを得るうえでのプロセスとして活用できる



先にも触れましたが、コア・バリュー経営導入のプロセスは、「コア・パーパス(企業の社会的存在意義)」「コア・バリュー(会社全体で共有したい価値観)」の定義から始まります。コア・バリュー経営では、それを「現場の声」も巻き込んで決定していくのですが、そのプロセス自体が、従来型の「会社」にありがちな「ワンマン経営」から「全員参加型の経営」へと組織の形や精神を変えていくきっかけになります。コア・バリュー経営では、「どんな会社をつくりたいのか」を、社内のあらゆる部署や職種の人たちを、役職のあるなしに関わらず巻き込んで考えていきます。そうしていく過程の中で、働く人各々の中に「私の会社だ」というオーナー意識が芽生えるとともに、また反対に、「理想の会社を自分たちの手でつくっていく」という責任を負いたくない人たちを選り分けていくことができるのです。



これらの理由から、コア・バリュー経営は事業承継を成功に導くための有用なツールであり、今日では、日本における数々の事例が生まれています。これは、「長寿企業大国」である日本が、世界の「スモール・ジャイアンツ・コミュニティ」に向けて発信できるお手本であるといえます。