「MBO」のイニシアティブをとるは果たして人事なのか?/猪口 真
人事(人材教育)部門とマーケティングや営業部門との意識・考えの乖離は、多くの企業で聞かれることだ。
マーケティングや営業部門から人事部門に対しては、営業視点がない、市場ニーズと人材の能力がまったく合っていない、などと言われ、逆に人事(人材教育)部門はマーケティングや営業部門に対して、人を育てる意識が欠如している、人材は代わりがいくらでもいると思っている、だいたいどんな人材が必要なのか明確でない、などといったような意見がどんどん出てくる。
とはいえ、多くの経営者が言うように、企業とは人であり、ジム・コリンズが言うように、「まず誰をバスに乗せるのか」が大事なのであり、「だれを選ぶか」をまず決めて、その後に「何をすべきか」 決めているのが実情だ。
企業の目的が利益を出し続けることにあるならば、人材教育とはマーケティング戦略の一環であるともいえる。企業が存続し、勝ち抜いていくために、人を雇い、育て、その人が優れた戦略を考え、実行しなければならないからだ。
企業のバリューチェーンにおいては、同じ方向性、プロセスの中にあるにもかかわらず、こうも乖離しているのはなぜなのだろう。
目標・戦略発表イベントは意味があるか?
現在、季節柄、多くの企業で、来期の目標値を決め、来期の戦略を練っていることだろう。最近、直接的な表現は少なくなってきたが、多かれ少なかれ、「MBO(Management by Objectives)」的なアプローチの中で、目標と戦略を決めている。
そのプロセスの中で、いつも違和感を覚えるのが、この目標設定〜戦略策定〜行動計画作成プロセスを、多くの企業において人事部門が担当として担っていることである。
もともと、「目標管理制度(MBO)」とは、ドラッカーが著書の中で提唱した組織マネジメントの概念で、上司が部下とコミュニケーションを取りながら、会社の方向性を伝え、それに部下のやりたいことを加味し、合理的で、組織にとっても個人にとっても最適な目標を設定し、その目標達成のためにはお互い何をすればいいのかを考える。終わったら達成したかどうかの評価を行い、次につなげるというものだ。
個人(部下)にとっても、組織の方向性と自分の目標が結びつくので、モチベーションやコミットメントにもつながるということで、もてはやされた。
ただし、日本においては、最後の評価・査定の部分だけがフォーカスされ、目標の意味、戦略面の吟味が不十分なまま、単に「業績管理」の仕組みとして活用されてきた。
評価がメインゆえに、人事部門がイニシアティブをとり、プロセスを実施していくのだが、いかんせん、組織の向かう方向性や組織の掲げる大きな目標に対する戦略といった点では門外漢のため、内容について何もフィードバックすることができない。
なので、よくある「目標・戦略キックオフイベント」的なものが企画され、資料が人事のもとに集められる。イベントでは企業のトップも参加するため、形式的な部分に注意が払われ、「イベントを乗り切る」ことが参加者の最大目標になる。人事では、戦略の内容にまでは踏み込めないために、集まった資料をもとにイベントが開催され、形式的に終わる。
そして、やがてはせっかく作られた戦略は引き出しのなかにしまわれ、時には目標すら忘れ去られる。
これでは、「業績管理」もままならなくなるのは明らかだ。
ポイントとなるのは、やはり「戦略」が適切かどうかであり、目標達成のために、個人レベルでは何を行い、チーム・組織では何がサポートできるかが問題となる。
特に営業系の「MBO」は、売り上げや利益の達成が中心となるが、この成果は営業だけで達成できるものではない。宣伝や販促、企画部門や開発部門のサポートなど、様々な部門の施策や企画が連携してはじめて達成できるものだ。
営業系の「MBO」は、そうした機能を統括でき、かつ有効なアドバイス、サポートができる部門が支援しなければ到底できるものではないだろう。せめて、マーケティングにかかわる部門がイニシアティブをとる必要があるのではないだろうか。
ブランディングはむしろ内側
もうひとつ、企業のブランディングを考えた場合、実は社内に対するブランディングが非常に重要だ。しかし、多くの企業において、社員、スタッフが自社に対して抱くブランドは、個々人において驚くほど違っている。
原因のひとつは、トップからのメッセージが非常にわかりにくかったり、論旨に矛盾があったりすることだ。
実際に、トップが打ち出すメッセージを、ブランディングを意識して社外の専門スタッフと一緒につくるなどといったことは、コンサルティング会社と付き合いのある大企業では一部あるものの、中小企業においてはほぼないと言っていいだろう。
Webや会社案内、広告など、社外へのメッセージには非常にこだわったとしても、社内に対するメッセージには無頓着なことが多い。トップのメッセージすら、様々な理解がある中では、ブランディングの統一はままならない。
社外に対しても、社内に対しても、統一されたメッセージができるのは、多くの企業において、やはりマーケティングにかかわる部門となるだろう。
組織に求められる機能が複雑化し、これまでの職種の範囲では、到底カバーできない状況が現在起きていると言ってもいいのだろう。