石塚 しのぶ / ダイナ・サーチ、インク

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スモール・ジャイアンツ・コミュニティの「お父さん」

アメリカのスモール・ジャイアンツのグループに、トムさんという方がいます。シカゴ郊外にあるケータリング・サービス会社の創設者でありチーフ・カルチャー・オフィサーですが、アメリカのスモール・ジャイアンツ・コミュニティにとっては皆のお父さんのような存在です。



私と歳は同じくらいなので、「お父さん」というのも厚かましい話なのですが、スモール・ジャイアンツについて学ぶにあたってとてもお世話になってきた人なので、大変尊敬していますし、生涯の友人だとも思っています。



「スモール・ジャイアンツになる」、あるいは「コア・バリュー経営を実践する」うえでの大変さと、それを経営者/リーダーが乗り越えた時にいかに素晴らしいことが起こるか、それを体現するのが、トムさんのストーリーなのです。



社員からの三行半


トムさんは弟二人と裸一貫からホットドッグ・スタンドを立ち上げ、シカゴ周辺、そして全米で尊敬されるケータリング・サービス会社に育てあげました。



創業から約15年が経ったある日のこと、朝のコーヒーを楽しんでいたトムさんのもとに三人の若手社員がやってきました。



「お話が・・・」というので聞くと、「会社は変わらなければならない。皆が社長の顔色ばかりうかがって、言われたことだけをやっているような会社はダメだ。変われなければ、私たちは会社を辞めます」と三行半を渡されたのです。



それまで自分の独断で会社を切り盛りしてきたトムさんにとって三人の要求は衝撃でした。怒りもありましたが、何より驚愕しました。「変われ」と言われても、ピンときませんでした。「何を?」と聞き返すしかありませんでした。困惑するトムさんに、三人の若者たちは「社員が自主性をもって働ける会社をつくる必要性」を説いたのです。



「社員が自主性を持って働ける会社」と言われても、それがどんなものか、どうやってそれを実現したらいいのか、皆目見当がつきませんでした。「なんだ生意気な」「自分のやり方に従えないのなら辞めればいい」と突っぱねることもできたかもしれません。しかし、三人はトムさんが「会社の将来を背負って立つ」と期待していた若手でもありました。指摘されるのは辛いことで、腹も立ちましたが、「みんなが社長の顔色ばかりうかがっている」という言い分はわかるような気もしました。



でも、「自分が」どうやって変わったらいいのかはわかりませんでした。そこでトムさんは、じっくり考えて結論を出したのです。三人を呼んで、「自分には変わるということがわからない。変われるかもわからない。でも、それが会社の将来にとって必要なことだというのなら、そして、君たちにそのアイデアがあるのなら、私はそれを全力でサポートしたい」と告げました。



リーダーの英断が唯一無二の会社をつくる


トムさんは、その日、自分のエゴを脇において、「会社のために」重大な選択をしたのでした。その後、この会社は、会社の核となるコア・パーパスとコア・バリューを定め(これを決定する会議には会社の全部署から代表者が出席したのですが、その席上で、トムさんは「オブザーバー(観察役)」に徹することを若者たちに約束させられたそうです)、それらを基盤に、個々の社員が自分で考え、判断し、行動する企業文化を築いてきました。



その結果、トムさんの会社は、イリノイ州やシカゴ地域の「最も働きたい会社」として表彰されるばかりではなく、平均離職率が50%以上といわれるケータリング業界においてわずか2%という驚異的な離職率の低さを維持しているのです。従業員エンゲージメント率も98%という奇跡的な高さ。全米心理学協会からは、「全米で心理的に最も健全な職場」として何度も表彰を受けています。



「良い会社」をつくるにあたって、「何をやるか」はもちろん重要ですが、それより何より、まずはじめに、「経営者の覚悟」がいかに重要かということを、トムさんのストーリーは物語っているといえます。「会社を変える」ことについて、まず、経営者が覚悟を決め、固い意志と情熱を持ち続けること、そしてそれを全社員に態度で示し続けること。それで勝負は決まったようなものだといっても過言ではありません。