アルマーニでなければ実現できないアイデンティティ とは? 意思決定の失敗モデル/増沢 隆太
・マーケティング用語の濫用
「(同小学校としての)ビジュアルアイデンティティ確立と服育を目指す」と、校長は記者会見で説明しました。ブランドの確立自体、おかしなことでも悪いことでもありません。ただし確立したいブランド、この場合校長曰く「泰明小ブランド」のコンセプトが明確に作られており、それをビジュアルで具現化したものがビジュアルアイデンティティです。基本にはコンセプトがあって、そこから派生するという順序は崩すことが出来ません。
しかしながら記者から「(校長が)具体化したいイメージとは何か?」と問われても、何ら明確な定義はなく、とにかく高級な有名ブランドを着ることが銀座にある小学校として必要だという以外に説明は聞かれませんでした。
企業のCI(コーポレートアイデンティティ)導入が流行した頃、とにかく社名を変えたり、ロゴを変更すればCIだという間違った思い込みが横行しました。実際何のために大金をかけてCI製作をしたのか全くわからない企業も少なくなく、当時は会社名の後に「X(エックス)」を付けるのが流行るなど、虚しいマーケティングごっこに終わったとしか思えない例が多々ありました。
「服育」のような、学術用語とも呼べないものを軽々しく使って説明する姿勢も含め、本当にブランドやアイデンティティというものを理解しているのか、非常に疑問に感じます。
・一貫性のない意思決定
校長はどれだけ批判があっても決定方針は変えないと強弁しています。そこまで思い入れがあるのであれば、まずは口頭で説得できない時点で、思い入れ自体に疑いを持ってしまいます。また記者会見でさまざまなツッコミを受け、特にこれが是が非でも2ヵ月後の4月導入を強行したいにもかかわらず、「2年生以上は強制しない」、「(お金の無い子は)基本セットだけで、自分の服を合わせて着ることもできる」など、オイオイ「アイデンティティ」としてどうしても導入が必要なんじゃないの?とツッコミたくなるほど、基本方針が思い切りグラついています。
学校教育における校長のガバナンス強化は時代のすう勢です。ただ本件や大阪市の民間出身校長の数々のトラブルを見ていると、間違ったリーダーが行うガバナンスはきわめて罪深いものと感じます。
・「お客様の声」という迷信
マーケティングや営業ではよく現場から「お客さんが言ってます」「お客さんの要望です」という声が上がります。私がマネージャー時にこんな意見が出た場合は常に「お客って誰?どの会社の人?」と聞き直しました。自分の都合の良い意見を「お客様の声」と勝手にすり替えてしまうのは十分あり得ます。管理者、責任者はそうしたイキオイに惑わされるのではなく、冷静に「真に求められているもの」が何かを把握する義務があります。
本件は誰も担当者をかますことなく、校長が一人で発想し、一人でアパレル各社に打診し、一人で製作依頼をしたとのこと。はっきりいえばマーケティングのど素人が、それっぽい用語で何となく自身の思いを勝手に強行したとしかいえないと感じます。
お客ではないものの、唯一最大のスポンサーである中央区には、常に連絡・報告をしていたこと。それを錦の御旗に父兄をも説得したそうです。しかしこれはとうてい「お客様の声」でも同意とは呼べません。子供という、いわば人質を抱える学校長に、面と向かって批判できる父兄がいる訳がないはずだからです。「合意形成が足りなかった」のではなく、そもそも合意など取る気もなかったと言わざるを得ません。
つまり意思決定過程、合意形成過程というものを全く無視したのか、あるいはそんなことを考えもしないで、個人的思いが暴走したと判断されるべき事態だと思います。組織をつかさどる立場の責任が問われるのは当然でしょう。