このおかしな世界では、プリツカー賞でさえ「政治」で決まる:RCRアーキテクツが受賞

写真拡大 (全12枚)

「建築界のノーベル賞」とも呼ばれるプリツカー賞を今年受賞したのは、スペインの小さな建築事務所・RCRアーキテクツだ。難民を積極的に受け入れている地域で活躍する彼らの受賞は、昨今の国際情勢に関連しているのだろうか? 『WIRED』US版記者が読み解く。

SLIDE SHOW 「このおかしな世界では、プリツカー賞でさえ「政治」で決まる:RCRアーキテクツが受賞」の写真・リンク付きの記事はこちら

2/11RCRアーキテクツは屋内と屋外をつなぐような建築アプローチで知られている。写真はスペイン・オロットのレス・コルズ・レストラン。PHOTOGRAPH BY HISAO SUZUKI/PRITZKER ARCHITECTURE PRIZE

3/11別の角度から見たレス・コルズ・レストラン。PHOTOGRAPH BY EUGENI PONS/PRITZKER ARCHITECTURE PRIZE

4/11ラ・リラ劇場のパブリックスペースは、ほとんど屋外のようだ。PHOTOGRAPH BY HISAO SUZUKI/PRITZKER ARCHITECTURE PRIZE

5/11スペイン・バザルーにある、カラフルな柱が特徴のペティ・コンテ幼稚園。PHOTOGRAPH BY HISAO SUZUKI/PRITZKER ARCHITECTURE PRIZE

6/11広い中庭は、安全な遊び場を確保すると同時に生徒と先生が外に出る機会を与える。PHOTOGRAPH BY HISAO SUZUKI/PRITZKER ARCHITECTURE PRIZE

7/11スペイン・パラモースのベルロック・ワイナリーは、地中に埋まっている。PHOTOGRAPH BY HISAO SUZUKI/PRITZKER ARCHITECTURE PRIZE

8/11ワイナリーの屋根にも使われているように、3人は暗い黄土色の鉄を好む。PHOTOGRAPH BY HISAO SUZUKI/PRITZKER ARCHITECTURE PRIZE

9/11フランス・ネーグルペリスのラ・キュイジーヌアートセンター。歴史ある城のなかには、現代的なガラスとスチールのインテリアが置かれている。PHOTOGRAPH BY HISAO SUZUKI/PRITZKER ARCHITECTURE PRIZE

10/11スペイン・オロットの鋳造所を改装した建物に、RCRアーキテクツのオフィスはある。PHOTOGRAPH BY HISAO SUZUKI/PRITZKER ARCHITECTURE PRIZE

11/11RCRアーキテクツの作品は田舎に建てられることが多いが、バルセロナにあるサン・アントニ-ジョアン・オリバー図書館、高齢者センター、カンディーダ・ペレス庭園の複合施設は例外だ。PHOTOGRAPH BY HISAO SUZUKI/PRITZKER ARCHITECTURE PRIZE

Prev Next

グローバルポリティクスに関する曖昧なコメントとともに、プリツカー賞の審査員は、建築家にとって最も名誉な賞を、ほぼ無名といえるスペイン人建築家3人組に与えた。現代的なデザインのなかで、地元の地形や文化に丁寧に敬意を払う建築家たちだ。

ラファエル・アランダ、カルメ・ピジェム、ラモン・ヴィラルタは、移民を受け入れることで知られるカタルーニャ州オロットにある、小さなスタジオ「RCRアーキテクツ」の代表だ。

スタジオの作品は、どれも地方につくられることが多い。レストランの傾いたキャノピー(ギャラリー#2)やテクニカラーの学校(#5,6)、地面に埋まるワイナリー(#7,8)といった彼らの有名作は、すべてスペイン・ジローナ地方にある。

この3人は、暗い黄土色の鉄と、屋内にいても外の景色を望むことができるガラスのパネルを好む。「しかし、彼らが際立っている理由は」と審査員は書いている。「地域性があると同時に、普遍性のある建物と空間をつくるアプローチにあります」

つまり審査員が言いたいことは、RCRアーキテクツは、建設現場における景観と文化を考慮しながらも、すべての訪問者の心に響く作品をつくり上げたということだ。

「それぞれの建物は、それがある場所にのみ存在できます」と、プリツカー賞審査員長のマーサ・ソーンは言う。「その場所には、気候、地形、歴史、文化、そして、空や星を含む景観がかかわっています。しかし、それを経験して気分が高揚したり、安心したり、感情的になったりするために、その場所に住む必要はないのです」。言い換えると、RCRアーキテクツは、異なる世界を理解するための象徴としての役割を担っているといえる。

政治的な建築賞

1979年に設立され、ハイアット財団によって運営されるプリツカー賞は、近年は“セレブリティ”を選ぶ色合いが強くなってきた。よく「建築界のノーベル賞」と例えられ、建築家の一連の作品に賞が与えられる。それは、坂茂、ジャン・ヌーヴェル、ザハ・ハディッドのような、一般的に注目を浴びているデザイナーに賞が与えられることを意味する。

2016年の受賞は例外といっていいだろう。低所得者のための集合住宅で知られるチリの建築家、アレハンドロ・アラヴェナ[日本語版記事]が受賞したのだ。しかし、受賞の前からアラヴェナは名声を得ていた。彼はすでにTEDトークを行い、同年のヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展のディレクターを務めている。

賞を「政治的」なものにするのは、プリツカー賞審査員の仕事ではない。しかし、いまではそうなってしまっている。以下は、審査員のコメントの一部で、RCRアーキテクツに賞を与えた理由を説明したものである。

現代社会には、世界中の人々が問いかける重要な問いがある。それは建築に関してだけでなく、法律、政治、そして政府に関してである。わたしたちはグローバルな世界に住んでいて、国際的な影響、貿易、議論、取引などに頼らなければならない。しかし、ますます多くの人がこの国際的な影響により、地元の価値や芸術、習慣を失うことを心配し、恐れるようになっている。

ラファエル・アランダ、カルメ・ピジェム、ラモン・ヴィラルタは、地域性と国際性の両方を維持することができるかもしれないということをわたしたちに教えてくれている。彼らは、この問いに対する答えは「どちらか」ではなく、少なくとも建築に関しては、両方を維持することができると、最も美しく、詩的な方法で、わたしたちに教えてくれたのだ。根はしっかりと地元に生やしながら、腕はほかの世界へと伸ばすことができるのだと。もし現代人の生活にもその性質を当てはめることができれば、彼らの答えは、素晴らしく心強いものになる。

審査員はこのコメントに、非常に無難な政治的発言を加えた。それは、閉鎖的な思考と包括的なイデオロギーという、まったく異なる考えにまたがるものだった。

RCRアーキテクツが、大都市バルセロナではなく人口3万人の街に自身のスタジオを開いたことについて考えてほしい。実際のところ街の個人商店みたいなものなのに、それでも3人の建築家は誰もが楽しめるオープンな建築をつくっている、と審査員たちは語る。おかしな話である。こうなると賞は、選出されたものというよりは“軽めのアナウンス”のように思えてくる。女性建築家ならジーン・ギャング[日本語版記事]、イランのスタジオならAdmun Studioというように。

-->-->-->-->-->-->

左から、ラファエル・アランダ、カルメ・ピジェム、ラモン・ヴィラルタ。PHOTOGRAPH BY JAVIER LORENZO DOMÍNGUEZ/PRITZKER ARCHITECTURE PRIZE

「プリツカー賞が目指すのは、高い建築水準を満たす一連の建築作品をつくり上げ、人々に貢献する建築家を称えることです」とソーンは言う。「『建築家』というカテゴリーをつくっておいて、それに当てはまる人を探すのではありません」。そのためにソーンのチームは毎年、広範囲にわたる建築家のリストを候補に挙げる。

今年の審査員8人は、オーストラリア、米国、中国、イギリス、スペイン、インド、ドイツといったさまざまな国から参加した。そして彼らは、建築家、建築教授、建築評論家のいずれかである(米連邦最高裁判事のスティーヴン・ブライヤーだけは別である)。

毎年、審査員は建築作品を見学し、話し合うために、ともに1週間の旅に出る。そしてこの期間に受賞者を決める。ソーンによると、グループは政治的な出来事について話すことはないが、「審査員が世界で何が起きているかを気にしていない、というのはおかしな考えです。なぜなら彼らは気にしているからです」。

そのようにして、審査員は当たり障りのない気楽なメッセージを選ぶことになった。光が差し込み、緑豊かなRCRアーキテクツの建築物も、同じような感覚を呼び起こさせる。

INFORMATION

『WIRED』日本版 VOL.24・特集「NEW CITY 新しい都市」
──未来の建築家は、なにをデザインするのか?

2016年8月9日(火)発売の『WIRED』VOL.24は「新しい都市」特集。ライゾマティクス齋藤精一と歩く、史上最大の都市改造中のニューヨーク。noiz豊田啓介がレポートするチューリヒ建築とデジタルの最前衛。ヴァンクーヴァー、ニューヨーク、東京で見つけた不動産の新しいデザイン。未来の建築はいま、社会に何を問い、どんな答えを探していくのか。第2特集は「宇宙で暮らそう」。宇宙でちゃんと生きるために必要な13のこと、そして人類移住のカギを握るバイオテクノロジーの可能性を探る。漫画『テラフォーマーズ』原作者が選ぶ「テラフォーミング後の人類が生き残るための10冊」も紹介する。そのほか、NASAが支援する「シンギュラリティ大学」のカリキュラム、米ミシガン州フリントの水汚染公害を追ったルポルタージュ、小島秀夫+tofubeatsの「未来への提言」を掲載!

RELATED