J1に帰還する「2人のレジェンド」。札幌・小野伸二と稲本潤一の今
今のJリーグには、わかりやすいヒーローが必要だ。
日本のトップリーグは長い停滞期に入っている。才能ある日本人選手が次々と海外へと渡り、アジアでの地位も潤沢なオイルマネーを有する中東勢や、サッカーバブルが止まらない中国勢などの脅威にさらされている。事実、アジアチャンピオンズリーグでも、2008年にガンバ大阪が優勝して以降は決勝にさえ残ることができておらず、Jリーグのクラブチームが「アジアの盟主」とは、口がすべっても言えなくなった。
昨年の大ケガから回復し、戦術練習にも参加する稲本 そんな、「地味になった」国内リーグにおいて、数少ない現役の”レジェンド”がJ1に戻ってくる。昨季のJ2を制したコンサドーレ札幌に所属する、小野伸二と稲本潤一だ。もしかすると若い読者の中には知らない人もいるかもしれないが、このふたりは、まだ海外に移籍するJリーガーが少なかった2000年初頭において、世界的に認められた日本人フットボーラーである。
15年前にオランダのフェイエノールトでUEFAカップ(現・ヨーロッパリーグ)を制した「シンジ」は、ウェスリー・スナイデルやロビン・ファン・ペルシーら、真のワールドクラスたちが絶賛する選手だ。対する「イナ」は、欧州クラブでは小野ほどの成功に恵まれなかったものの、強豪アーセナルの名伯楽アーセン・ベンゲルが獲得を熱望して移籍、フラム時代の恩師クリス・コールマン──昨夏のEURO2016で、小国ウェールズを4強に導いた名将──からも高い評価を受けている。
また、ふたりは日の丸を背負って世界一まであと一歩に迫った経験も併せ持つ。1999年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)準優勝は、日本代表の全カテゴリーを通じた最高の金字塔だ──決勝で負けたスペインには、バルセロナとスペイン代表の最重要選手に成長していくシャビがいた。その後、ふたりは長らくA代表でも活躍し、特に稲本は2002年の日韓W杯で日本全土を熱狂させる立役者となった。
日本サッカー界の「黄金世代」の中核を担ってきた小野と稲本は、1月下旬、コンサドーレ札幌の沖縄キャンプに参加した。両者ともケガの影響で、全体練習とは別メニューでの調整だ。
しつこい股関節の問題を抱える小野は、「まだ痛いので、(全体練習は)やらないです」と、患部周辺の筋肉強化やストレッチに時間を費やしている。だが、そこに沈んだ空気はない。「いつも笑顔でいる」とチームメイトが口を揃え、「太陽」にもたとえられる男は、ブラジル人のフィジオセラピストや、共に別メニュー調整を続ける選手たちと冗談や笑いを絶やさずに自らのやるべきことを進めていた。
一方の稲本は、昨年6月に行なわれたJ2第16節(ジェフ千葉戦)で右ひざ前十字靭帯を断裂する重傷を負ったが、沖縄キャンプでは復帰に向けた最終段階に入っていた。主に体幹や筋力の強化をしながら、時には戦術練習にも参加した。「(回復は)予定どおりですね。沖縄では試合に出ないけど、(2月9日からの)熊本キャンプから合流し、試合のメンバーにも入っていけるようにしたい」と、こちらもポジティブな表情で現状を語る。
小野と稲本が口を揃えていたのは「焦らずにやる」ということ。現在37歳のふたり──誕生日は9日違い──にとって、そこが最も重要になるだろう。本来、高い能力を有するベテランは、実戦の場から長く離れていても、万全の状態になれば再びトップに君臨できる。競技は異なるが、テニス界のレジェンドである35歳のロジャー・フェデラーが、「最高のレベルに戻るために」と約半年を休養とリハビリに充て、先の全豪オープンを制したように。
小野と稲本にも、周りの雑音は気にせずに自分のことだけに専念して、100%の状態でピッチに戻ってきてほしい。そうすれば、きっとJ1の舞台で、もうひと花咲かすことができるはずだ。「希望的観測に過ぎない」と否定する人もいるかもしれないが、フェデラーが再びグランドスラムを制すことになると予想できた人もそれほど多くはなかったはず。一度、トップレベルに身を置いた選手なら、周囲をいい意味で裏切る「奇跡」は起こせるのだ。
札幌のふたりのレジェンドも、「自分らしくプレーし、チームに貢献するために」と、完璧なコンディションでの復帰を目指している。四方田修平監督も「状態さえ戻れば、(J1でも)通用するはず」と期待を寄せ、チームのもうひとりの重鎮である河合竜二も「シンジの技術とアイデア、イナのロングフィードとボール奪取力は、間違いなくJ1でも一級品」と太鼓判を押す。
チームが5年ぶりにJ1の戦いに臨む今季、奇しくも放映権料の大幅な増額というポジティブな状況が訪れている。英国発のテクノロジーの黒船、『DAZN』(パフォーム・グループ)が、Jリーグと10年2100億円という巨額の放映契約を締結した今こそ、この状況を加速させる「英雄(ヒーロー)」が必要だと、僕は思う。
小野と稲本が最高のコンディションでピッチに立つ──。そうなれば、新シーズンのJ1には、お金を払ってでも観るべき選手がふたり増えることになる。
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