府立北野高等学校(大阪)「強みは理解力!目指すは勉強も野球も出来る北野!」
昨秋、大阪ベスト8入りを果たした北野は府トップの進学校として有名で、今年3月に卒業した生徒の中では野球部からも東大2人と大阪市立大の医学部に現役合格者を輩出している。進学校ということもあり下校時間はかなり早い。17:45にはグラウンドの照明が一斉に落ち、18:15の下校時間に遅れると、人数や程度にもよるがその部活動は数日間の活動停止となってしまう。テスト期間ともなれば1週間前から部活動は自主練習のみで、17時下校という環境である。
二塁送球練習の様子(府立北野高等学校)
こうした事情を知ると北野はガチガチの進学校という印象を受けるかもしれない。だが北野は学校行事も真剣にやって盛り上げていこうという気風がある学校で、体育祭、文化祭以外にもマラソン大会、水泳大会、球技大会、文化芸術祭など学校行事が盛んで毎月カレンダーにはテストか行事が記されている。
しかも各行事はどれもその日1日やって終わりではない。例えば水泳大会なら、公立校としては珍しく50メートルプールがあり予選、決勝に分かれ2日かけて行われる。全校生徒による集団行動が圧巻の体育祭ともなれば、2ヶ月以上前からみっちり練習が行われるのだ。
だが部活動は、練習時間以外の制約もある。大阪府の公立校はグラウンドは他クラブと共有というケースが多いが、北野も例外ではない。そのため曜日で割り当てられ野球部の使用状況はこんな感じだ。
月曜日 半面火曜日 半面水曜日 ごく一部木曜日 全面金曜日 ごく一部
となっている。半面とは言っても練習中、ライト方向からはサッカーボールが転がって来たり、陸上部の長距離部門の選手が横切る度に一時中断する。部長はおらず顧問は小谷内 和宏監督ただ一人。2年生のクラス担任と保健体育の授業も受け持っているため、毎日フルにグラウンドに顔を出すことは不可能。
部室は野球道具でいっぱいになっているため、部員は放課後になるとカバンを通路に置いて更衣室で着替える。この環境でこの秋4勝。旧チームは昨春3勝を挙げた。文武両道を掲げるだけでなくきっちり結果を残しているのだ。その理由は個性的な選手の存在と、その選手の持ち味を生かした小谷内監督の指導にあった。
ピアノも堪能!野球以外にも多彩なキャプテンキャプテン・大山 亮選手(府立北野高等学校)
自身も北野OBの小谷内監督は「長所が何なのかを考えていかないと時間がなくなってしまう。彼らの強みは1言ったら10も100もやってくれる子が多い。だからその力が消えないようにとだけは考えてますね」という指導を心掛ける。
理解力のある選手が多いだけに、与えるのは答えではなくヒント。恵まれない環境だからこそどうすればいいか考える力がつくという。「勉強も気合いと根性が要りますから。時間の使い方を習慣付けてほしいと思いますね。移動中も単語帳を見たり、試合中でもイニング間のゴロ捕球を、なんとなくではなく大事にしてほしい。ベンチにはベンチの役割があるし次はこれ、次はこれっていうのを大事にしてほしいですね」
そんな願いにキャプテン・大山 亮(2年)はしっかり応えている。打っては1番打者として4割近い打率を残しチームを引っ張った。特に強いのが第1打席。出塁率がなんと.750。さらに野球で好結果を残すだけでなく300人いる学年の中でも成績はトップクラス。「授業のポイント、覚えなければいけないところだけ覚えて、考えればわかることは考えて、効率良くやるようにしてます。それに勉強でうまくいかないことがあっても野球をやる時は野球、野球で調子が悪くても勉強する時は勉強と切り替えてやってます」
野球だけでなく勉強もしっかりしたいからと家から少し離れた北野への進学を選んだ一人だ。小さい頃習っていたピアノも堪能で、大きなホールを貸し切って行う文化芸術祭ではミュージカル レ・ミゼラブルのソロ歌唱パートを任された。これは学年で数人しかいない。実に多彩なキャプテンだ。
エースは大阪選抜の一員として台湾へ大山がチームの柱なら守備の中心はエース・牧野 斗威(2年)。130キロ後半を計測する速球と本人が自信を持つスライダーをコンビネーションに、まとまった投球ができる好左腕だ。
牧野は高校での成長を「変化球のキレやストレートの質が格段に上がりました。走り込みが増えたのもインナーやウエイトで体作りしたからだと思います」と話す。入学時62キロだった体重は現在74kg。1年半で10kg以上の増量に成功している。ただ秋の前には苦い記憶もある。夏の大会前の練習試合でエースがピッチャー返しの打球を受け負傷。先発マウンドは、本職はサードの3年生が任された。
牧野は1点リードの場面で登板するが打たれて同点を許し、最後は3年生エースが延長戦のマウンドで涙を飲んだ。それだけに秋に懸ける思いは強かった。準々決勝で大阪桐蔭に敗れたもののベスト8に進出。大阪のメイン球場である舞洲ベースボールスタジアムで公式戦を戦うという貴重な経験を積んだ。「最初は緊張しました。スタンドも凄かったですし、球場に入っただけで身が引き締まる思いでした。マウンドは投げやすかったです」
それから1ヶ月後の11月、大阪府高野連から小谷内監督に電話があり、牧野が台湾で行われる親善試合の府の選抜メンバーに選ばれたことを伝えられた。茨木工科との3回戦、会場となったのは履正社グラウンド。その試合で完投した牧野の投球が履正社・岡田 龍生監督の目に留まった。「選ばれるとは思ってませんでした。最初は混乱したんですけど嬉しくて、すぐに行きますと言いました。履正社や上宮太子の選手といっしょに練習出来るので、吸収出来ることは全部吸収したいです」
急いでパスポートを取得し合同練習では神宮を制した履正社にこの秋の公式戦唯一の黒星を付けた上宮太子のエース・森田 輝(2年)のピッチングを目の当たりにすると「そんなに大きくないのにすごい球を投げていた。体を100%使って投げてるなぁと思いました」さらなるレベルアップを誓う。
文武両道の挑戦は続くエース・牧野 斗威選手(府立北野高等学校)
秋は牧野を中心とした守備力を生かして接戦を制し勝ち上がったが、前チームは長年北野の試合を見続けてきたOB会から「過去最高に打つ」と言われたほどの打撃のチーム。これ、と言った型を作るのではなく、選手の特徴に合わせたチームを作るのが小谷内野球のスタイルだ。
3月最初の練習試合は兵庫の強豪・神港学園と行い、その後には甲子園練習見学のため関西を訪れる山形や宮城などの県外の高校と対戦する。大阪桐蔭との試合では外野手がシングルヒットの打球を弾くことさえあった。一冬でその差をどこまで埋められるか。
近年は強豪私学の壁を破れず上位進出も厳しい状況が続いていたが、北野は1873年創立の伝統校で、過去には計5度の甲子園出場を果たしてしている(1927年の全国中等学校優勝野球大会含む)。最後に聖地の土を踏んでから60年以上経ったが、春秋の好結果にOB会の期待、熱は高まる一方だ。チームが掲げた次なる目標は春の近畿大会出場。そのためには秋のベスト8から1歩進み、準決勝、又は3位決定戦で勝たなければならない。どの都道府県でもベスト8までとベスト8以降では世界が変わる。
特に北野の場合は、受験の際の長い試験時間に慣れるため普段の授業が65分×5コマ。15:00には授業が終わるが、それも放課後に勉強するため。部活動に励む生徒の声で18:10にはガヤガヤしていた校内も5分後には水を打ったように静まり返る。グラウンド上だけでなく机に向かう時間も減らせない。勉強の出来る北野から、勉強はもちろん野球も出来る北野へ。文武両道の挑戦は続く。
(取材・文=小中 翔太)