県立武岡台高等学校(鹿児島)「誰でも出来ることを徹底して積み重ねることが進化につながる」【後編】

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 普通科公立校として唯一、ベスト4まで勝ち進んだ武岡台。前編では選手たちの目の色を変えるきっかけとなった試合などを振り返っていきました。後編では、快進撃を見せる秋の大会の模様を振り返りつつ、普通の高校生が成長を果たすには、何をするべきなのかを考えていきます。

一戦ごとに成長

快進撃の原動力となった1年生右腕・宮田 悠希(県立武岡台高等学校)

 屈辱的な大敗から約1カ月後の秋の大会で、武岡台は快進撃をみせた。「特別な強さがあったわけではない」と濱涯 聡監督。市内大会からの1カ月間で劇的な成長を感じて大会に臨めたわけではなかったが、「勝ち進むごとに自分たちの野球に自信をつけていった」(永井 千尋主将)大会だった。

「宮田の存在は大きかった」と濱涯監督は勝因の一つを分析する。背番号11の1年生右腕が投手起用の柱だった。170センチ、56キロ、野球選手としても決して恵まれている体型とはいえないが、多彩な変化球と安定した制球力が武器で「何よりマウンドさばきのうまさ」(濱涯監督)が際立っていた。

 星峯中出身の宮田 悠希は、強豪校から声はかからず、武岡台もスポーツ推薦ではなく「自分の学力で行ける学校だった」と一般入試で入った。勝気な性格で「ピンチになるとスイッチが入る」という。リードする永井主将は「後輩だけど頼りがいがあった」と振り返る。

 初戦の国分中央戦で、相手のバットがミットに当たる打撃妨害で走者を出し、ピンチを招いた場面があった。間をとろうと永井主将がマウンドに駆け寄ると「先輩のせいっすよ!」と笑顔で発破をかけられた。1年生でスタミナがない分、連投が利かない弱点があったが、初戦のシード国分中央戦、4回戦の池田戦、準々決勝・出水との再試合、準決勝・れいめい戦とカギになる試合は宮田が登板し「失点が計算でき、ゲームを作る」(濱涯監督)先発投手の仕事をやり切った。

 準々決勝までのチーム打率が4割を超え、4強に残ったチームの中で一番の高打率を残し「打のチーム」のイメージで見られたが、濱涯監督は「少ないチャンスをものにして、失点を少なくして競り勝つ」のがチームカラーと考えている。高打率は「たまたま」だ。

 秋の5試合の中で最も武岡台らしさが出ていたのは、5年半ぶりの8強入りがかかった4回戦の池田戦だった。2点を先取しながらも8回に同点に追いつかれたが、その裏、4番・永井が勝ち越しタイムリーを放ち、その1点を守り切った。それまで「ボールが速くない分、引っ張りにかかっていた」のを反省し、永井はチームのコンセプトである「センターから逆方向に打ち返す」打撃に徹し、詰まりながらもセンター前に落ちる決勝タイムリーになった。

 準々決勝の出水戦は、1対3で5回まで2点ビハインド劣勢の展開だったが雨で仕切り直しに。出水の左腕エース・濱島 優真(2年)の前に詰まって打ち上げる打球が多かったのを反省し、翌日の再試合は「スイングをコンパクトにして低い打球を打つ」(濱涯監督)イメージを徹底する。初回に永井が口火を切り、初回に7安打7得点で主導権を握り、先発全員安打を記録する15安打でコールド勝ちした。

「この差」は縮まったのか?

ランニングする武岡台の選手たち

 九州大会出場がかかった準決勝はれいめいが相手。決勝で鹿児島実に勝ってこの大会を制した強豪私学を相手に、7回まで両者無得点で競り合い、8回裏に3点を先取されたが、9回表に代打・山下 駿哉(2年)のセンター前タイムリーで1点を返す粘りをみせた。8月末に同じ強豪私学の鹿児島実に0対11の5回コールド負けし、「この差を縮める」ことを練習場の見えるところに掲げて、取り組んだことに一定の成果はあったといえるだろう。

 選手たちの感じ方は様々だ。「回を追うごとに集中力が高まり、終盤に粘りをみせることができた」と永井主将は言う。宮田は終盤までれいめいの2年生左腕・中 鼓鉄と互角に投げ合い、再三のピンチを切り抜けた自負はあったが「最後の勝負所を抑えきれなかった」悔しさをより強く感じている。サードを守っていて「どの打者も気が抜けなかった」と山下慶。上位から下位まで、打順に関係なく飛んでくる打球に力があり、守備で気が抜けなかった。「点差以上の力の差はまだある」と山下慶には感じられた。

「善戦」「健闘」し「成長」の手応えも感じられたが、強豪私学との間にある「差」を覆すことまではできなかった。それはこれから始まる冬季トレーニングの取り組むべき「課題」を示してくれた。

 取材に訪れた12月1日はテスト期間が明け、冬季トレーニングに入る初日だった。この日のメインは体力測定。遠投、ベースラン、握力、体重、反復横飛びなどの項目を測定し1人1人記録する。「まずは身体づくり」(濱涯監督)が冬季の大きなテーマであり、そのためにも個々の能力を「数値化」し、それぞれの課題がどこにあるかを明確にし、それらがトレーニングを経てどう成長するか、元になる数字を最初で出しておく。

 1年生の宮田は「連投ができる身体づくり」をこの冬の課題に掲げる。宮田自身の成長もさることながら「宮田1人におんぶに抱っこのままではダメ。2年生投手陣に何とか一本立ちして欲しい」と濱涯監督は期待する。秋に4強入りしたことで「周囲からも注目される。春以降は負けられない戦いになる」と副主将の山下 慶は兜の緒を締めた。無心で挑めばよかった秋と違って、相手から警戒されマークされたときにどんな戦いができるか。この秋の4強を意味あるものにするためにも、春以降の戦いが重要になると感じている。

 れいめい戦で感じた「あと一歩の差」を覆すために、永井主将が向き合うテーマは「厳しさ」だ。自分を厳しく追い込むのはもちろんのこと、チームメートに対しても妥協なく厳しく接する。そうすることでお互いが厳しく追い込んでいきながら切磋琢磨し、高めあえる雰囲気を作っていきたい。

 濱涯監督が掲げる理想は「スキのない野球」だと言う。ホームランを何本も打つ打者や、球速150キロを出す投手を育てることよりも、「やろうとしてできなかったことが、できるようになる」ことを日々の練習で追求していく。例えば、1つでも先の塁を奪う積極性や、打球と守備位置を計算に入れる判断力を伴った走塁ができていなかったため、ヒットはたくさん打ったが「残塁が多かった」のを秋の大会の反省として挙げる。この冬は走塁練習を日々のメニューに組み込み、実戦の状況を常にイメージしながら、最短ルートで先の塁を目指す走塁をできるようにしたい。

 普通の高校生でもできるはずなのに、見逃してやれていなかったこと、徹底できなかったことをどこまで追求できるか。「普通の高校生」の集まる武岡台は、そこにこだわってこの冬更なる進化を目指す。「今日の俺の練習はこの差を縮めるものか?」を日々問いかけながら。

(取材・文=政 純一郎)