シャープ(写真左)の自前主義のビジネスモデルを罪悪視するのは危険だ。アップル(同右)もファブレスからシフトチェンジ。

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■アップルも設備投資増やし垂直統合型へ

経営再建中のシャープが、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入ることが決まった。日本の大手電機メーカーが、外国資本の傘下に入る初めてのケースである。

シャープが経営危機に陥った原因については、「垂直統合型というビジネスモデルへのこだわり」と、それにともなう「液晶パネル生産設備、とりわけ堺工場への過剰投資」がよく指摘されるが、本当だろうか。

筆者は、そのような見方が的を射ているとは思わない。以下で検証していこう。

基幹部品(液晶パネル)の製造から最終商品(液晶テレビ)の組み立てまで、一貫して自社で行う垂直統合モデル。事業環境の変化が激しい時代にあっては、米アップルやファブレス半導体メーカーにみられるように、必要に応じて外部に生産委託する水平分業を戦略的に採り入れて、設備投資負担を軽減すべきだった――というのが、垂直統合モデルに対する典型的な批判である。

しかし、垂直統合モデルはシャープが苦境に陥った根本原因ではないと筆者は考える。このビジネスモデルは、確かに投資負担は大きいものの、より多くの付加価値を取り込み、技術ノウハウのブラックボックス化を図るための定石戦略だからだ。

実際、液晶テレビの世界最大手のサムスン電子と同2位のLGエレクトロニクスの韓国2社は、垂直統合モデルを採っており、過当競争から収益性は低下傾向だが、液晶パネルでも世界1、2位を争っている。

対照的に、生産設備を保有しないファブレスモデルの代表格とみられてきたアップルですら、2010年度以降、デバイスメーカーや製造委託先など有力な供給ソース側での設備投資資金を負担し、優れた基幹部品(キーデバイス)や精密加工技術をいち早く大量に確保する戦略に転換した。設備投資は1兆円超に達し、もはやファブレスとはいえない。

次に、堺工場への投資はどう評価すべきか。亀山工場(04年稼働開始)に続き、09年に大型テレビ向け液晶パネルの世界最先端工場として稼働開始した堺工場。4200億円という巨額の設備投資であったことは事実だ。相次いで先端工場を立ち上げたシャープは、確かに国内メーカーの中では大型投資を牽引してきたとの印象が強い。

しかし、LG、台湾の友達光電(AUO)、鴻海傘下の群創光電(イノラックス)など海外の大手競合メーカーは、00年代以降、おおむねシャープを上回る規模の投資を続けている(図参照)。ソニー、東芝、日立製作所の液晶事業を統合して発足したジャパンディスプレイと比べても、12〜14年度の設備投資はシャープが大幅に下回っている。

つまり、世界の競争相手に目を向ければ、これまでのシャープの投資規模は、堺工場への投資を含めても決して過剰ではなく、むしろ過小であったと考えられる。

特に不況局面では、日本メーカーは決算対策のため設備投資を削減し、減価償却費を抑制する傾向が強い。それは、目先の決算数値のために先行投資を犠牲にしてしまうことを意味する。一方、有力な海外メーカーは決して投資の手を緩めない。08年のリーマン・ショック以降、そうした傾向がより鮮明になっている。

中国メーカーの台頭などによる過当競争もあり、大手液晶パネルメーカーの収益性はリーマン・ショック以降低下傾向にあり、設備投資も00年代前半に比べ切り下がっているが、LGディスプレイは比較的高水準を維持している。一方、シャープの設備投資は、07年をピークに低下傾向を辿っている(図参照)。

この正念場で攻めの投資を続けられなかったことが、シャープの苦境を招いた原因の一つと考えられる。

液晶パネルは半導体とともに典型的な設備集約型産業であり、労働集約型のそれと違って、最新鋭ラインへの大型投資を継続することによって生産性向上を図ることが可能となり、それが競争力の源泉となる。

よって筆者は、シャープ液晶テレビ事業の垂直統合モデルの下で、液晶パネルの国内投資を推進した戦略自体が間違っていたとは思わない。

液晶パネルなどの「過剰投資」という論調を受けて、大手家電メーカーが薄型パネルの量産投資、ひいては設備集約型事業から手を引くのは極めて危険であると考える。アップルが10年度以降、キーデバイスの専用工場への大規模な投資を開始したように、今も家電産業において、キーデバイスとセット製品の接点・擦り合わせがイノベーションの源泉であることに変わりはない。

そもそも設備集約型事業は、安価な労働力や電力費などが決定的な競争優位をもたらす事業と異なり、事業戦略次第で国内立地でも競争力を確保できるはずだ。後述する製品企画開発力を取り戻すことができれば、国内での垂直統合モデルは十分可能である。

シャープの堺工場にもう一度話を戻そう。同工場は、畳5枚分に相当する世界最大の第10世代マザーガラスを採用した世界唯一の工場で、大型パネルの効率生産が強みだ。

シャープの経営危機の大きな契機は、堺工場の低稼働による収益悪化だった。同工場建設の判断自体は間違っていなかったと筆者は考えているが、それでは何が問題だったのか。

まず環境面では、08年のリーマン・ショック後の韓国ウォンに対する急激な円高だ。韓国勢に対する価格競争力が著しく低下し、資本費負担が重い操業初期の堺工場にとって間違いなく大きな誤算となった。

そして根本的な内部要因は、世界の液晶テレビメーカーに向けて本格的に外販を行う「グローバル液晶パネルベンダー(供給業者)」への脱皮を図れなかったことではないか。

自社工場で製造した大型液晶パネルの販売先は、自社ブランドのテレビ(AQUOS)に組み込む社内需要またはテレビメーカーへの外販となる。堺工場が建設されるまでは、両者のバランスを取ることが重要であったとみられるが、大規模な供給能力を持つ堺工場の稼働により、操業度向上・投資回収のために本格的な外販に乗り出すことが必要となった。

グローバル液晶パネルベンダーへのビジネスモデルの転換には、シャープ製パネルを長期購入するテレビメーカーやパネルメーカーを増やすエコシステム、いわば「シャープ陣営」の形成が求められる。テレビ市場で競合する企業にパネルを販売するという、難易度の高いモデルであり、顧客との信頼関係や人的ネットワーク、いわゆるソーシャル・キャピタルの醸成が欠かせない。

このモデルのこれまでの成功事例は、半導体および液晶パネルの大手メーカーであり、かつ薄型テレビとスマートフォンの世界最大手に君臨するサムスン電子だろう。

シャープは当時、国内の大手テレビメーカーである東芝、ソニーとパネルの供給で矢継ぎ早に提携した。これは、シャープ陣営形成に向けた正しい戦略だった。

しかし、やがて東芝とソニーはシャープとの提携を解消する。一部では、シャープが家電エコポイント制度などの特需で品薄の大型パネルを自社テレビ向けに優先的に振り分けたため、両社の反感を買ったとの報道もあった。販売先を失ったシャープは、膨大な在庫を抱えることになる。大型液晶パネルの需給が逼迫したその局面で、シャープはそれを自社に回すことをあえて我慢してでも、将来を見据えた顧客確保に意を注ぐべきだったのである。

シャープは、12年に事業再構築策の一環として、堺工場を鴻海グループとの共同運営に移行した。鴻海のネットワークによる新興テレビメーカーの米ビジオなど新たな販路開拓などが奏功し、短期間で黒字化したという。これは、在庫増大の原因が、過剰投資という生産能力の側にあるのではなく、販売先の確保の問題にあったことを明確に示している。

■有機ELにおいても有用な液晶技術

4月2日、郭台銘・鴻海会長とシャープの高橋興三社長が会見した場は、両社の連携の象徴ともいえる堺工場だった。郭会長は、有機ELに投資すると言明する一方、シャープが強みを持つIGZO(酸化物半導体)技術の優位性に再三言及した。

有機ELはスマホなどに搭載する次世代のディスプレイ。アップルもiPhoneに採用するといわれており、鴻海はそのアップルの主要EMS(製造受託サービス)企業だ。

郭会長の発言を受け、鴻海はIGZOの液晶パネルを強化していくだろうという観測が強まっている。IGZO液晶パネルはすでにアップルが購入しており、今後も液晶パネル分野で競争力を持つ技術となるだろう。同時に、IGZOは実は有機ELにおいても有用な要素技術となりうる。あまり指摘されていないが、郭会長の真意は、実はそちらにこそあるのではないか、という憶測も成り立つ。

郭会長は「シャープは長年にわたり、イノベーションを起こす企業であることを証明してきた」と述べた。確かに以前のシャープは、液晶ビューカム(ビデオカメラ)やザウルス(携帯情報端末)など、ユーザーをわくわくさせるようなイノベーティブな製品を次々と生んできたが、それが鳴りをひそめてしまったことも、苦境を招いた根本原因の一つだ。

社会に役立つという強い使命感と起業家精神を持って、自らがわくわくしながらものづくりに真摯に取り組まなければ、単なる技術革新を超えたソーシャルイノベーションを生み出すことは難しい。

鴻海側は会見で、ニトリに売却済みで賃借中の大阪・阿倍野区のシャープ本社ビルをできれば買い戻して、シャープ創業者・早川徳次氏の記念館をつくりたいと表明した。

本社所在地は、早川氏がシャープ前身の早川金属工業研究所を設立した地であり、シャープの歴史上、重要な場所であることを理解したうえでの発言だ。

筆者も賛成だ。シャープの再建には、創業者を尊び、人心の結束を図ることで、早川氏が創業の精神として抱いていた「常に他より一歩先に新境地を拓く」「他社がまねするような商品をつくる」という強い思いや使命感を取り戻すことが、何より必要だと考えるからである。

(ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員/明治大学経営学部 特別招聘教授 百嶋 徹 構成=小山唯史 図版作成=大橋昭一)