鬼本 昌樹 / 戦略人財コンサルタント

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困った社員の相談

人事コンサルティングを行と必ずマネジメントや社員の話題が出てくる。

ある外資系企業のコンサルティングを行っているとき、ある戦略部門の課長から「困った社員がいるので相談したい」との依頼があった。

「35歳の男性ですが、目標設定した成果が全く出てこないのです。成果と言っても、顧客先に提出する資料の作成や、社内イベント用のプレゼン資料の準備といったものですが、この1か月がたっても何にもできていないのです。何も言ってこなかったので、彼に、進捗を聞いて見たら、まだ、何にも着手していないことが判明したんです。質問してみると、何を作ったらいいのか分からないでいるんですよ。国立の有名大学を出て、さらに大学院まで出てこの有り様です。しかも、人が話して指導しているのにも、目を見ようともしないじゃないですか。これって、どういうことですかね。」と。

このように訴えられるような勢いで、話が始まりました。

この時は、話を聞いていてもアスペルガー症候群の気配には特に感じなかったので、

「仕事の与え方を少し工夫してみましょう。前職とは業界も違っていたし、慣れていないかもしれませんね。与える仕事も大きな仕事を一度にではなく、いくつかに細分化して、それぞれの小さな仕事ごとに成果物を求めてみましょう。作業量としても、1週間程度か、2・3日程度で完成できそうな資料作成を指示してみましょうか。しかも、求めたい成果物の見本も提示し、このような資料を作成してほしいけど、あなたなら、どのような手順で作成するか、作成するために必要なデータや資料は何か、いつまでにできるか、と言うように相手に自分でプロセスを考えてもらってみてください。 仕事を着手するまえに、彼から必ず段取りを聞いてください。自分自身でプロセスを決めるので、今度は、期待を持ってもいいでしょう。」と、アドバイスしました。

それから、1週間。

「この1週間は無駄な1週間でしたね。1ページものの資料を作成するように指示し、それを作成するための手順を検討させたのですが、この検討する時点で、どうも彼の頭は無限ループに入ったみたいでパニクッテしまいましたよ。こんな状態だったので、「おまえ、しっかりしろ!」と激を飛ばしたら、「しっかりしてます」と小声で言ってくるではありませんか。驚きました。『おまえ、そういう問題じゃなく、自分で手順を検討し、自分でスケジュールを決めて、必要なことを検討できるようにと配慮しているのに、何もできていないじゃないか!』と言ってやりました。」と、言われた。

それを聞きつつ、まさかとは思いつつ、課長に確認の質問をしてみました。

「彼は、コミュニケーションを取るのが、とても苦手だと感じますか?」

「自分で自ら考えて行動することが苦手のようですか?」

「1人で過ごしていませんか?」

「進捗を聞いたとき、どうでもいいような報告から始まっていませんか?」

「いわゆる、空気が読めないタイプですか?」

「チームプレイに苦手意識をもっていると感じますか?」

簡単な質問をしてみると、すべてにあてはまってしまった。

そこで、「彼には、アスペルガー症候群の症状があるようですが、専門医の診断が必要ですね。」と申し上げました。「アスペルガー?」


アスペルガー症候群の特徴を整理してみると、

  1. 社会的環境に溶け込めないので、グループの中に入るのが嫌い
  2. コミュニケーションを上手く取れないので、一方的に喋ったり、聞かれたことしか答えない傾向にある
  3. 非常に細かなところにこだわりや思い込みが強い
  4. 人の言葉をそのまま信じて、その時の状況や発言の意図が判断ができない
  5. 外見からは障害の有無は判断できない
  6. 会話をしていても目の動きがあまりない
  7. 顔の表情にあまり変化がない
  8. 相手の表情があまり分からない(職場の空気が読めない)
  9. 本人がよく知っている分野は博士級だが、そうでない分野はゼロ
  10. 的外れな質問をすることが多い
  11. 言葉の選び方、敬語などの使い方がおかしい
  12. 自分では、感情のコントロールが下手
  13. 話す時、予め要点を整理してとか、簡潔に話すことが出来ない
  14. 自分の気持ちや意見を的確に伝えることができない
  15. しぐさや話し方で時々違和感がある
  16. 一度に、複数のことを処理するとどれもできなくなる
  17. 曖昧な指示を出すと何もできなくなる
  18. 経験による学習が苦手
  19. 冗談が通じない
  20. アフターファイブの飲み会、親睦会、打ち上げ会には参加したくない
  21. 人間関係を改善しようとすることができない
  22. 非常に高い集中力がある
  23. こまかな作業が得意
  24. 予めスケジュール化された、ルーチンワークが得意

これらが顕著に確認できたら、アスペルガー症候群の障害者の可能性があると思ってもいいでしょう。


人事部長への説明

「〇〇さんは、どうもアスペルガー症候群の患者に見られる言動が確認できます。これまでの、課長とのコミュニケーションを詳細に聞かせて戴いて、その可能性は半分以上の確立であるかと思います。」と説明すると、「アスペルガー?」と言われました。「何ですか!それ!」と言うことで、説明をした。

10冊程度の本を購入し、あっと言う間に全部を読んだ様子。

「課長とその後、いろいろ社内でのやりとりを確認しましたが、確かにアスペルガー症候群の障害者かもしれませんね。おそらく十中八九そうでしょうね。でも、その対応が難しいなぁ。」と言うのが印象でした。また、「彼って、これまで3回転職を経験していましてね、1社に3年もなっていない見たいですね。前職でも、左遷されて転職していますからね。」

会社の対応

「本人に、専門医への診察を勧めることには、抵抗があります。診察してけど、アスペルガーではなかったら、会社としてどのように責任を取っていいか、また、対応していいか非常に苦しみますからね。なので、診察を勧めることはしないことに決定しました。その結果、もし、本人から訴えられたら大きな問題ですよ。」

「これって、決定なのですか?」と聞くと、

「そうですね。課長の上司の部長とわたし、社長の3人で決めました。彼に十分に対応できるだけの時間とエネルギーが、弊社にはありません。この年末の締めで忙しい状況で、これ以上、現場の課長の成果が出てこない状況では、課長の評価にも影響が出てきます。実際、数か月の成果は出ていませんし、課長の責任も多少はあるかと思います。外資系企業なので毎回のパフォーマンスは大切なんですよ。」と、説明を受けたのです。

この説明を聞きながら、自分の、会社のパフォーマンスを、目の前の成果を出すことに懸命になっている姿と、ディズニー映画の「カーズ」の場面がかぶってしまった。主役のマックウィーンが全米大会のピストンカップで優勝することが唯一の目標で遣り甲斐だった。その彼が、ゴール寸前で優勝することより、もっと大切なことを選択した。感動的な映画のひとつです。

でも、正義は何かが分かっていても、いざ実行するとなるととんでもなく勇気が必要となり、しり込みする。

この企業のホームページをもう一度、読み返してみると、「人を大切にする企業」と紹介している。人事コンサルタントとしていろいろアドバイスはできるものの、最終的に判断し、決定するのは相手企業であるし、責任も相手企業にある。

人事部長からは、「彼には、残念だけど、退職をしてもらう方向で進めたいと思っています。その間は、課長にもお願いして、彼には曖昧な支持を出さず、簡単な作業を与えるように言いますよ。」と、言う説明を受けた。

企業の中には、アスペルガー症候群の診断を受けていない障害者は他にも多くいると感じる。本人も「なぜ仕事が上手くいかないのか?」苦しんでいるのではないかと思う。

多くの障害者は、診断を受けて初めて自分の病名が分かった瞬間、とても晴れやかな気持ちになった感想を述べてる。

「人を大切にする企業」の“人”って誰なんだ?と感じてしまいました。どうみても全員ではなさそうな気がした。「(私たちは、できる人、会社に面倒をかけない)人を大切にする企業」としか理解できない。

人事の役割として、人を大切にすることはどういうことなのか、具体的に明確に分かりやすい言葉に置き換えて検討していただきたい。


結論

結局、何も知らない当該の社員に対しては、会社は就職支援はすることになった。本人には、何も知らせないで退職してもらうことになった。

後は、彼の就職支援の時に、人事コンサルタントとして、産業カウンセラーとして個別対応をすることにした。つまり、性格診断と適正検査を行い、その結果を通してカンセリングを行う。どこかの時点でアスペルガーの可能性があることを伝え、専門医の診察を受けてもらえるように、また、会社には何の影響も及ぼさないように最大限の注意をして行うこととした。

この経験を通して、さらに人事の役割の重要性を感じてしまった。社内の人材をいかに活用するかという”人材”から脱して、人材がイキイキ、ワクワク仕事ができる環境と仕組みを提供し、「自己実現」が叶えられる支援ができる人事のありかたを目指したい。こうなると、採用の時点から変革が必要となってくる。できない人材を切るのは、誰でもできるが、できない人材を作らない仕組みと仕掛けを人事が変革のリーダーとなって会社を変えなければならない。いつまでたってもできない人材を切ることしかできなくなってしまう。少子高齢化、女性の活躍の場の拡大、グローバル化など人事を取巻く外部環境の変化はますます加速しており、今から、人事としてどのように会社で活躍できる人財を増やしていくか、その変革のリーダーとしていく必要があるのではないか。