評価と教育をリンクさせる 1/株式会社新経営サービス 人事戦略研究所
「処遇」への活用だけが目的であれば、一般的な人事評価表を用い、上司が主観で評価
すれば、被評価者の実力と評価結果に大きな差はでないでしょう。
100点満点の人事評価表で、誰がみても優秀な社員が30点ということは起こりえません。
ただ、本気で「教育」に活用するとなると、それなりに人事評価制度を作り込む必要が
あります。
? 求める人材像を人事評価表に表現する ... 教育を前提とした人事評価表・制度
? 被評価者の現状を正確に評価する ... 評価制度の浸透、評価者トレーニング
? この2つのギャップを埋める教育施策を打つ ... OJT、Off−JT、配置、
昇進・昇格などこれらを一体的にデザインすることが、「教育」を前提とした評価制度
です。
ただし、前提として「処遇の為の評価と、教育の為の評価は、観点が異なる」ことを
認識しておく必要があります。
処遇の為の評価は、主に目に見える「成果」を評価しますが、教育の為の評価は、主に
「成長」を評価する必要があります。「成果」と「成長」。まずは、この2つの違いに
ついて考えてみます。
『成果』について、かけた時間や努力の量に正比例して成果が表れるなら良いのですが、
現実はそうはいかず、一定の時間・努力を経た後に急に現れます。一般的に「ブレイク
した」などと表現されますが、外部からみてそれと分かる程度に成果を上げるには、
一定の下積み期間が必要です。
多くの人事評価においては「成果」のレベルで人を見ています。
貴社の人事評価表は、これを測定するものではありませんか?
(例) 営業職の評価項目 「企画力」 の5段階評価
5点:非常に優れている
4点:優れている
3点:標準的である
2点:やや劣る
1点:劣る
このような評価項目において、上司は無意識に"成果性"を意識します。
「最近、彼の営業現場は見ていないが、成績が良いという事はそれなりの企画が出来
ているということだろう」という意識がどこかにあります。成績から逆算して点数を
つけているのです(評価エラーのひとつ、「逆算化傾向」です)。
処遇の為であれば、問題はありません。逆に、営業成績が良い部下の「企画力」に
ついて、点数を低くつけるのは難しいでしょう。
ここで問題となるのは、成果が目に見えるまでの下積み期間について、その成長を
評価してやれないことです。半年に1度の人事評価において、何回やっても点数が
上がらないと、自分自身の成長に諦めを感じ、それに慣れ、次第に努力の量が
少なくなっていきます(学習性無力感と言われます)。
よって重要となるのは、『成長』を評価できる人事評価表をつくることです。
かけた時間や努力の量と、成果は正比例しませんが、成長は正比例します。
それらについて、如何に評価すれば良いのでしょうか?
管理者にとって、リーダーシップとは「役割」か?「能力」か?
◆評価基準の分類
「教育」前提の人事評価と、「査定」前提の人事評価は、観点が異なることを
述べました。
その違いを更に明確にしながら、具体的な人事評価制度のつくり方を考えてみます。
社員を評価する基準として、「数字」で評価できるものと、「仕事ぶり」で評価する
ものがあります。
弊社では、前者を「成果・業績評価」、後者を「職務プロセス評価」と呼んでいます。
この2つを更に「結果」と「プロセス」に分解すると、以下のように5つの観点を得る
ことができます。
成果・業績基準 ?業績 ... 数値評価での結果
?成果 ... 数字評価でのプロセス
職務プロセス基準 ?役割 ... 仕事ぶり評価での結果
?能力 ... 仕事ぶり評価でのプロセス(応用)
?姿勢 ... 仕事ぶり評価でのプロセス(基本)
◆成果・業績評価
?は、「売上」と「利益」です。社員目線なら売上、会社目線なら利益といったところ
でしょうか。様々な取組みの"最終結果"として表せるものです。
?は、いわゆるKPI(key performance indicator)です。営業職なら「見積件数」、
製造職なら「歩留率」、企画職なら「企画立案数」など、業績をアップさせるための
プロセス指標と言えます。
これらは主に、営業会議や責任者会議で扱われるため、人材育成よりも、経営戦略の
進捗度や営業管理に使用されます。人事評価の視点においても、一定期間内の結果
として評価され、人事評価表内のウエイト配分では上位職になるほど責任を重くする
傾向があります。
◆職務プロセス評価
ここまでは難しくないと思います。では、「職務プロセス評価」を3分類する意味は
何でしょうか? それが、冒頭で投げかけました、「リーダーシップとは、役割か?
能力か?」の違いです。筆者が講師を務めるセミナー内でこの質問をすると、半数以上
は「リーダーシップは能力である」と回答されます。「リーダーシップ力(りょく)」
という言葉がありますので、間違ってはいません。
ただし、査定ではなく教育を前提とした人事評価では、リーダーシップは役割、すなわ
ち「結果」だと捉えておく方がよいでしょう。「リーダーシップを発揮していたか」を
評価基準とすると、発揮していたか否かの結果を問う事になります。処遇のみを考える
のであれば、問題はありません。
人材育成においては、結果ではなくプロセスの改善を行います。プロセスを評価す
るのであれば、リーダーシップを構成する要素を抽出する必要があります。
例えば、方向性を示せるか、強い想いを持っているか、率先垂範しているか、部下の
仕事レベルや個性を理解できるか、必要なモチベーション施策を打てるか、等になり
ます。「君はリーダーシップ力が不足しているから磨きなさい」と言われても、
漠然とし過ぎていて部下は理解できません。すなわち、成長にはつながりません。
「企画力」も同様です。ましてや、「判断力」なる評価項目は、それが備わっている
なら「全ての仕事が完璧にできる」と一言で集約できるほどの評価項目です。
あえて設定するなら構いませんが、何気なく設定しているのであれば非常に評価
づらい項目です。
是非、貴社の人事評価表をチェックしてみて下さい。
(やる気 + 能力 + 意識) × 行動 ⇒ 成果
人材が成果をあげるための方程式を説明する場合、このような公式を使うことがあり
ます。意味としては、
「やる気があっても、能力が高くても、意識が高くても、行動しなければ成果は
生まれない」
という考え方で、ともかく行動量を重視しようというものです。
能力の高いベテラン営業社員が、入社したての新人営業社員に、成績で負ける場合が
あります。多くは、ベテラン社員の行動量不足(安全志向、見切りの早さ等)に対し、
新人営業社員の豊富な行動量(怖いもの知らず、必死のアピール等)が優るためです。
こういった事例を思い起こしても、やはり行動は重要であり、上記の方程式で示すよう
に唯一の"掛け算"と考えられます。
では、こういった考え方を人事評価表に落とし込むと、どんな評価基準に
なるでしょうか?
【評価項目】 コミュニケーション(低等級者を想定)
【評 語】
D:社内コミュニケーションに対する意識が低く、業務に支障をきたしている
C:期待レベルに対し、コミュニケーション量が少ない
B:概ね期待レベルのコミュニケーション量である
A:期待レベル以上のコミュニケーション量を確保している
S:コミュニケーションにより、円滑な組織運営に貢献できた
業務に支障がある場合にD評価を使い、成果性が目に見える場合にS評価を使います。
その他、真ん中のC・B・A評価については、目に見える行動量の多さを3段階に
振り分けています。もちろん、コミュニケーションは量だけでなく質も重要ですので、
例え量が少なくても、「円滑な組織運営に貢献できた」状態であればS評価となります。
心理学には『ザイアンスの法則(単純接触効果)』という考え方があります。
「人は、見たり、聞いたり、触れたりする回数が多いほど、比例して好意は高まる」
というものです。チームワークを維持する上で、好意を持たれるというのは非常に
重要であり、裏を返すとコミュニケーションは量が重要である、とも言えます。
このように、人材育成やチームワークに関する見識があれば、それに沿ったカタチで
人事評価表を構成することができるかもしれません。
貴社の人事評価表は、如何でしょうか?
評価者教育を兼ねた人事評価表づくり人事評価制度を機能させるためのカギを握る
のは評価者です。評価者のレベルが高ければ、どんな人事評価表でもうまくいきますし、
逆に評価者のレベルが低ければ、人事評価表をいくら作り込んでも無駄だと言える
でしょう。
そう考えると、人事評価制度を導入・変更する際には、評価者への教育が欠かせません。
評価者のレベル向上を考えるに当たり、まず教育すべきは「評価基準の理解」です。
ただし、これが非常に難しいことで、作った基準を浸透させるには時間がかかります。
では、どういう方法があるでしょうか?
それは、評価基準をつくる段階から、評価者に関わらせることです。
実際に、様々な企業のご支援をしていると、人事評価項目自体に大きな差はありません。
人事評価項目は、
? 経営理念や行動指針など、会社が大切にしていること
? 職種(営業、製造など)毎に必要なこと
? 役割レベル(管理職、専門職など)毎に必要な事
といった観点で作っていきますが、仕事をする上で大切なことは、各社でそれほど
変わるわけではありません。違いが出るのは、評価項目の"定義"と"評語"です。
【例】
・ 評価項目: 報連相
・ 評価定義: 報告・連絡・相談を的確に、タイムリーに行っていたか
・ 評価評語: D...報連相がなく、トラブルになることが多かった
C...報連相はあるが、遅れることが多く、トラブルになることがあった
B...業務に支障をきたさない程度には報連相を行っていた
A...報連相を積極的に行い、業務を円滑に進めることができた
S...報連相を的確に行い、トラブルを未然に防ぐことが多かった
これでも問題ない基準だと言えますが、実際に評価をしようとすると、「どの程度まで
報連相を求めるか?」「一般社員と主任級では求めるレベルが違うんじゃないか?」
「支障をきたさないレベルと、円滑に進めるレベルの違いは何か?」といった疑問が
出てきます。そういった疑問について、経営者クラスと管理者クラスで話し合いながら、
求めるべき基準を擦り合わせていくことが、評価基準を理解・浸透させるという作業です。
社員教育を進める際に、「共通言語をつくる」というステップを踏みますが、
これはその典型だと言えるでしょう。上記【例】をベースにしながら、"定義"や"評語"
について話し合い、自社オリジナルの人事評価表を作っていくことは、非常に有効な
教育手段となります。
執筆者:森谷 克也
人事戦略研究所 マネージャー
事業会社で営業職や販売管理職を経験した後、前職ではマーケティング・営業強化の
コンサルティングに従事。現在は、5〜10年先の内部環境・外部環境を想定し、企業の
成長を下支えする「組織・人事戦略」の策定・運用が図れるよう、≪経営計画 − 人事
システム −人材育成 ≫を一体的にデザインする組織開発コンサルタントとして実績を
積んでいる。また、カタチや理論に囚われない、中小企業の実態に即したコンサルティ
ングを身上とし、現場重視で培った独自のソリューションも多く開発している。