新規事業における素朴な疑問 (8) 軽視される基本仮説の検証/日沖 博道
ここで「基本仮説」と呼ぶのは、そのビジネスが新事業として成立するための基本的な前提条件のことである。典型的には3つほどあって、1)本当の顧客は誰で、その本質的ニーズが十分強大なのか、2)既存の流通の仕組みや市場プレイヤーたちの対応に重大な不備・不満があるのか、3)自社のソリューション(解決法)は十分効果的で納得性のあるものなのか、といったものだ。
最近もあるプロジェクトの一つのチームで、散々議論して練り上げた事業アイディアに関して小生がこの基本仮説の検証具合をしつこく追及していると、メンバーの一人が「もう十分なんじゃないですか?先に進みましょうよ」とうんざりした表情で訴えた。
しかし実際のところ、ヒアリングの数だけは重ねていたが、1)2)3)とも十分といえる証拠・証言をほとんど得られていなかったため、小生はかなり厳しい表現で検証継続の必要性を訴え、結局チームメンバーにはその証言集めにしばらく集中してもらうことにした。
ある意味、こうした発言はやる気の表れでもあるのだが、この部分の検証をいい加減に済ませてフライング気味に「先に進む」と、どこかで根本部分が怪しくなって後戻りせざるを得ない事態が予想されるからだ。小生も顧客先で時折耳にするし、過去には推進担当者としてえらい目に遭ったこともある。
それに打診された協業候補先からすると、とんでもない迷惑を被りかねない。実は根拠の薄い思いつきを聞かされただけに過ぎないのに、真剣に検討を重ねたあげく、次のミーティングで「ああ、あれですか。よく考えてみると難しいと思えてきましてね…」と聞かされるのでは、噴飯ものだ。次からはまともに取り合ってくれないだろう。
実際の効用としても、基本仮説の検証を進めているうちに問題点が明確になって構想案の修正やブラッシュアップが進むことは多い。そして担当するメンバー間でのイメージ共有が着実に進むため、「ええ?そういう話だったの?」といった類の食い違いはかなり解消できるので、その次のステップに進んだ際の迷走や後戻りは抑制される。
では基本仮説の検証というのはどんなことをするのか、最近有名になってきたUberを例に使って簡単にご説明しよう。Uberというのは米国生まれの配車サービスなのだが、日本への導入を検討するといったシチュエーションを想像していただきたい(実際には既に導入されているが)。
実はUberには大きく分けると2つのサービスタイプがあり、プロのタクシードライバーの配車サービスであるUber BLACKと、素人のドライバーを配車するuberXがある。後者はいわゆる「白タク」に相当するので世界的にも物議を醸しているし、日本では現実的に一部の「特区」でないと実現が難しいとされるので、とりあえずここでの想定対象は前者のUber BLACKとしよう。
Uber BLACKの1)満たすべきニーズというのは、特定地区においてどんな時間帯でも10〜10数分程度で自分のいる場所に着実にタクシーが配車され、しかもそれがスマホ上で手軽に指示・完了されることだ。そのためなら多少の料金上乗せを受容できる上級の都市生活者もしくはビジネスパーソンが顧客層だろう。
この検証のためには、想定客のプロファイルに合致した人たちへのグルインなどを繰り返して、どういうシチュエーションで、本当に上乗せされた料金を払ってくれるのか、どれほどの頻度でサービスを使ってくれるのか、といったことを聞き取り調査するのがベストだろう。もちろん、並行してそうした顧客層のボリュームを推定することが欠かせない。
では2)の既存の仕組みの不備不満はどうだろう。日本の大都市圏では、タクシー配車があるだけでなく「流し」もそれなりに走っており、それへの不満は大きくないかも知れない。ただし地域・時間帯によっては競争があまりなく、タクシー配車も流しも当てにならない「空白地帯」が存在する可能性はある。例えば夕方以降の密集住宅地は意外と穴場かも知れない。
そうした多少具体的な仮説を幾つか見つけられたら、それぞれの候補地区へ想定する時間帯に実際に行ってみて、流しのタクシーがどれほど通るのかをチェックした上で、既存のタクシー会社に電話して配車をお願いしてみる。これを想定するプロファイルの地区で幾つか繰り返せば、基本仮説の2)が検証できるはずだ。
最後に3)の自社のソリューション(この場合、Uber BLACK)の有効性と納得性だ。アプリの使い勝手のよさや位置把握機能など、そしてドライバーのサービスレベルなどについては世界的に評価が定まっており、相当な裏付けが既にあるといってよかろう。あえて追加検証するとしたら、日本のゴミゴミした大都市でも競合他社以上に素早く配車を完了できるだけのメッシュの細かさ(参加タクシーの待機密度)を、あらかじめ十分な試行により割り出して、それが現実的かどうかを検討することは必要だろう。
以上、新しい事業の「基本仮説」なるものを何故十分検証する必要があるのか、どんなことをやるべきかを簡単に述べてきた。当然ながらそれぞれの会社によって新事業のテーマやビジネスモデルは千差万別なので、どこまでピンと来るものなのかは分からない。でも担当者諸氏においては、上申した役員に「そんなことも確認してなかったのか」などと非難されることのないよう、現実的に可能な限りは事前に済ませておくことをお薦めする。