古江 一樹 / 株式会社ISO総合研究所

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■はじめに

「いや、あそこは絶対シュートでしょう」「そうだな。ちょっと大事に行き過ぎたよな」「そうですよ。あそこはガーンと一発いっとけば・・・」

昨晩のサッカー日本代表談義に花を咲かせる桃山と栗田。2人が作業着に着替えながら盛り上がっていると控室のドアが突然開いた。

「おはようっ」

「えっ、あ、おはようございます!」「おはよう―ございまっす」

普段あまり顔を出さない突然の来訪者に戸惑いながらも無理やり声を振り絞っている。突然の来訪者は社長の熊本だった。

「磯川くんは、いるかい?」

普段は営業で外に出ているか事務所にこもってパソコンと睨めっこしている熊本が、今日は朝一番から現場に顔を出した。

「磯川くんがきたら、事務所に来てもらってよ。」

2人は珍客に戸惑いながら、すでに現場で準備に入っている磯川を呼びに走った。

「磯川さん、社長が呼んでますよ〜」「社長が・・・?」

磯川たけし、26才。大学卒業後すぐにプリ機械に入社し4年目を迎える。すでに現場リーダーとなり熊本は彼を将来は工場長候補の1人として期待している若手である。

「失礼します」

磯川は“ひょっとしたら朝から何か急なトラブルがあったのかも・・・”と抑えられないドキドキを無理やり抑え込み、事務所の社長室のドアをたたいた。

「いつも早いな。ちょっと話したかっただけだよ」

“怖ぇ〜。これが一番怖いパターンだ。絶対何かある。”内心、トラブルじゃないことにホッとしながらも、社長の作り笑顔に怯えながら磯川はソファーに座った。


■ISO9001とISO14001、今日からやってくれ

「実はな、山田さんが辞めるんだよ。昨晩急に電話あってな」

「ええっ!」

山田は磯川の親父さんよりも年上の大先輩である。板金業界一筋で社長の信頼も厚かった重鎮。厳しい大先輩ではあるが、近年は定年を超えて社長にお願いされて週に3日ほど会社に顔をだしていた。ISO9001やISO14001などの管理もこなし、若手の皆にいろいろ教えてくれる頼みの綱でもあった。

「病気・・・ですか?」「うん。詳しくは分からないけど今年に入ってずっとそろそろ身を引きたいといわれていたんだけどさ、また急な話でね。」「そうなんですか。。。」

熊本の複雑そうな表情から事の重大さはなんとなく感じた。“月曜の朝からこりゃ大変だな” 磯川は、右手の作業帽をギュッと握りしめた。

「すでに朝、工場長と話をし、山田さんの仕事をいくつか引き上げてもらうお願いしたんだよ。ただね・・」

「・・・? ただ、なんですか?」

「ただ、工場長が1つ嫌がっている仕事があってね。実は、磯川くんにISOを任せたいんだわ。」

磯川はすぐに理解した。『嫌な予感はこれか!』

「なかなか誰かに任せにくい仕事だったんだけどね。もうこうなったら無理やり誰かに指名するしかないんだ。磯川くんは将来工場長になってほしいと期待する1人だし、よろしく頼む。」「え〜、俺ですか!」

「こういうのは下っ端ではできないだろう? それに磯川くんがISO担当ってこれ以上しっくりくるもんはないじゃない?まさにISOっぶだなこりゃ。もう君しかいないや。」

こうなってはもう断れない。よくわからないか、やるしかなさそうだ。

磯川は社長室から出たのち、いったん自分の机に戻り、一呼吸置くことにした。

“しかし、実際ISO9001、ISO14001なんてじっくり眺めたことないぞ。俺の入社前から山田さんがずっとやっていたし、やるならまずは状況把握からやるかぁ”

磯川は心のスイッチを無理やりぐいっと押し、山田の机に向かっていった。

山田の机は事務所の一番奥にある。理由は分からないが重鎮の席だからか普段からあまり誰も近づくことのない超難関エリアである。スイッチを入れたとはいえまだ覚悟が決まらない磯川にはこの数メートルがジャングルの秘境に向かうごとしの気持であった。いろいろな思いをかき分けようやくたどり着いた山田の机には、「ISO文書」と名前の付いたキングファイルが威圧的な存在感でドカッとおいてあった。それだけでも自然と目頭に力がこもるものではあったが、「ISO記録保管棚」と書かれた机の横の棚を見た瞬間、眉間のしわは確実なものとなった。

“うーん、こりゃ大変そうだ”。 (第二回へ続く)