病院の共同調達は普及するか/野町 直弘
先日、日経新聞の一面に病院の「共同調達」について参加企業が今後一層増えていくであろう、という記事が掲載されていました。今回はこのテーマについて取上げます。
今年の8月の「共同調達でコストが下がるのか?」というメルマガでは、サプライヤにメリットが出ない共同調達にはコストメリットは少ない、ということを述べました。それでは病院の共同調達も普及するのは難しいのでしょうか。
結論から申し上げますと、私は病院の共同調達は益々進むと考えています。
その論拠を申し上げる前にちょっとこの事業について調べてみましょう。矢野経済研究所の「病院の購買・物流戦略に関する調査結果 2009」によりますとアンケート調査全体の8割の病院は購買・調達のあり方に「満足していない」と回答しています。「満足していない」理由の一つは妥当な価格で購入しているかどうかわからない、というものです。また現状共同購入をしている病院は全体の4割弱で共同購入を実施していない病院の約5割強は共同購入を実施したいと思うと答えています。つまり2009年のデータによりますが、協同購入に関する潜在的なニーズは高いということが分かるのです。
一方で米国では病院の共同調達は既に普及しています。米国では病院等のヘルスケア事業者の共同調達組織としてGPO(Group Purchasing Organization)が存在するのです。
全米で約600のGPOが存在し96-98%の病院がGPOを利用、全体の約72%の購買がGPOを通して行われています。このように米国ではGPOという調達組織を通じて共同調達が実施されているのがごくごく一般的です。GPOは参加病院に替り価格交渉を行い購買契約を締結しますが、実際の商流、物流は直接顧客と売り手が行います。またGPOの運営費用は売り手(サプライヤ)から医療機関への販売額へ一定の割合を乗じたContract Administrative Fee (CAF)を受け取りこれが主な収入源になっているとのこと。
もう少しGPOという米国モデルの詳細を見るといくつか特徴的なことが分かります。
1点目は情報開示です。GPOの手数料収入であるCAFは法律的に3%以内であることが決められており尚且つCAFの明細を病院に最低年1回は報告することが義務付けられています。
またCAFや購買契約価格は会員毎の購買ボリューム等によって異なるものの、契約書にCAFの料率を明記することも義務付けられているようです。つまりこれによって購買価格や手数料の情報開示が行われています。
2点目はGPOは非営利事業体であるということです。GPOはNPO法人が過半を占めているようです。またGPOの会員である病院から加入手数料を徴収する場合もあるものの、CAFも含め収入の70〜80%を何らかの形で会員企業である病院に還元しているとのことです。
3点目は2点目とも関わる点ですが、参加企業に対して大きな負担がないということ。加入手数料を徴収する場合もありますが、CAF収入も含め参加者に対して還元しており、参加コストがあまりかかりません。調査によると一般病院の98%は平均して2-3社のGPOと契約締結しているとのこと。この実態を見ても参加のための障壁が非常に低いことが窺えます。
最後は業務コストの視点です。病院にとって購買にかかる業務の手間はたいへん大きいようです。手元にある資料によりますとGPOに委託することで病院の管理コストを1/3程度に抑えられるという試算もあります。いずれにしても病院の本来業務でない購買契約やサプライヤ選定などは、そういった仕事を専門に実施する管理スタッフなどを抱えることができる大病院以外には無くしたい手間以外の何者でもないのでしょう。
ここまで見てみると勘のいい読者の方はすぐに理解されたことと思います。そうです、これは「共同調達」と言うよりもむしろ、「アウトソーシング」なのです。
例えば個人で事業をやっているお医者さんにとっては、人を雇って管理的な仕事をさせるのはコストもかかりますし、リスクもあります。そうすると自分でやらなければならなくなります。しかし、お医者さんにとって本業は医療行為ですから購買契約や発注、在庫管理などはやりたくない手間でしかあり得ないのです。冒頭の病院の8割が購買業務に「満足していない」と答え、理由の一つは「妥当な価格で購入しているかどうかわからない」
と答えている実態から推測するにお医者さんはこのような面倒な仕事をやりたくないのが本音でしょう。もし専門家に任せられるなら任せたいのです。このように考えると購買業務のアウトソーシングのメリットは大きいと言えます。
購買契約やモノを買うということは難しい仕事ではありませんが面倒な仕事です。購入先を探す、購入するものを決める、購入先を比較する、購入先と交渉をする、購入価格を決める、契約をする、等々一つ一つの業務は難しい技術や能力を必要とするものではありません。しかしそれを徹底することは中々面倒なことです。このような業務を専門的に実施する人や部署がなければ、その業務を専門家にアウトソーシングすることによるメリットは大きいでしょう。
これが冒頭で私が病院の「共同調達」は益々進むと言ったことの論拠です。しかし、アウトソーシングが成り立つ条件はいくつか上げられます。まずは利益相反がないことです。GPOの事例で考えますとアウトソーシングすることに病院もGPOも全く利益相反がありません。CAFのシステムや情報開示のやり方などはアウトソーシングを成立たせる条件となっています。次は透明性の確保です。CAFに関する情報公開は正に病院側の信頼を保つための仕組みになっています。またそもそも市場価格に対して高い価格で買っていないのか、という病院側の不安を払拭する仕組みになっていることも、アウトソーシングの向いている条件の一つと言えます。もう一つの条件は、無理なコスト削減を求めないことです。病院は最安値は求めていません。そこそこの価格でもいいので、市場価格並みの価格で買うことを求めています。価格などは需要と供給で決まるもので、ここで安価購買を求め、無理な値引きやサプライヤに負担を強いることにつながると事業の継続は難しくなります。
いいアウトソーシングを成り立たせるためにはこのような3つの条件が要件と言えます。
そう考えると病院だけでなく中小企業にもGPOのような購買アウトソーシングは有益と考えられます。従来中小企業では自社の事業の競争力に影響するような仕入については社長がやっていて、その他の買いモノについては総務のアシスタントがやっている、というのが一般的でしょう。このような環境でも「利益相反がない」「透明性の確保」「無理なコスト削減を求めない」という三つの要素は満たしやすく、何らかの形で「共同調達」は今後推進されていくと考えられます。