森川 大作 / 株式会社インサイト・コンサルティング

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ところが、ある隊員のポケットから1枚の地図が出てきた。これを見ているうちにだんだんと元気が出てくる。尾根がこういう風に走っていて、周囲の地形がこうなっていて、どうやら我々はこの辺にいるのではないかと・・・。今、太陽がこの辺に出ていると言うことは、東はこっち・・・。地図の上に下山のルートの印をつける作業が始まった。つまり、ストーリーを組み立て「下山戦略」を皆で共有したわけです。

下山の過程には想定しなかった幾多の困難がありましたが、印をつけたルートを皆で信じて、それを頼りに困難をひとつまたひとつと乗り越え、奇跡的に下山をすることができた。ゴール達成というわけです。

この話から学びたい点は、実はこの後のオチです。雪崩の状況は山麓にも届いており、麓の人々は救援隊を組織していました。しかし、上空から探しても手がかりは見つからず、生還は絶望的という半ばあきらめの状況に、登山隊が生きて自力で戻ってきたのですから、驚いたはずです。「あの状況で、いったいどうやって戻ってこれたんですか?」という質問に、登山隊のリーダーは、一枚の地図を取り出し、「この地図のおかげで助かりました」と見せる。それを見た救援隊は、笑ってこう言いました。「こんなときによくそんな冗談を言う余裕がありますね。これはアルプスの地図じゃないですか」。隊員たちが良く見ると、確かに、それはピレネーではなくアルプスの地図だったのです。*

この話の一番重要なポイントは、皆でゴールを共有したことだけではなく、戦略というのは、きわめて主体的な意思を問うものだということです。われわれはこの道筋を進んで行こうという明確な意思、これが戦略を成功させる本質的な部分だということです。もちろん、たとえ間違っていてもどんな戦略でも良いと言っているのではなく、戦略の筋の良さも必要ですが、主体的な意思=当事者性の重要性がよく学べます。

この種のことは、我々の人生においても生じることではないでしょうか?当初設定したゴールと道筋は必ずしも到達可能で完璧なものではなかったにしても、筋が良ければ、そして当事者としてそれに取り組めば(自分の人生ですから)、その道を歩んでいる過程が統御され、思考が束ねられ、迷いを打ち払い、エネルギーが終結し、結局は目指さなければ決して到達し得なかったものに到達できるという経験をするものです。

企業における戦略立案と実行においても同じです。主体的な意思の価値を織り込んだ命ある戦略が求められるということです。

* 「ストーリーとしての競争戦略」 楠木 健 (東洋経済2010)