第9回開高健ノンフィクション賞を受賞した水谷竹秀氏

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「格差社会」という言葉が浸透し、毎年、年末はホームレスの年越しが問題になる日本。そんな日本から3000km離れたフィリピンに日本人ホームレスがいることはあまり知られていない。

 海外で経済的に困窮した日本人を「困窮邦人」という。外務省の統計によれば、2010年に援護を求めてきた困窮邦人は768名。うちフィリピンが332名と最多だ。

 なぜ彼らはフィリピンでそんな状況に置かれているのだろうか。彼らは帰国できないのか、それともしないのか。2年にわたるフィリピンと日本の取材をまとめた著書『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で開高健ノンフィクション賞を受賞した『日刊マニラ新聞』記者の水谷竹秀氏に聞いた。

 フィリピンでは、困窮邦人という存在はよく知られています。その多くは50歳以上の男性。日本のフィリピンクラブなどで知り合った女性と恋に落ち、彼女が帰国するのを追いかけて日本を出ます。

 フィリピンの物価は安く、日本で小金をためるだけでお金持ちになれる。フィリピン人女性はお金、日本人男性は若い女性を求めて、彼らは付き合い、結婚するのが実情なのです。しかし後先考えずに所持金を使い果たし、フィリピン人女性から捨てられると、彼らは異国の地でホームレス同然の状態になる。

 しかしホームレスになっても、フィリピン人は優しい。貧困層でも、困っている人を見たら、それが縁もゆかりもない日本人でもご飯を分け与えます。この優しさが、困窮邦人が増える一因になっているのかもしれません。

――なぜフィリピン人女性に夢中になってしまうんでしょう。

 フィリピンクラブは特別なのだと、私が取材した人たちは言っていました。寮と会社を往復するだけの毎日で、仕事は単純作業、残りの人生から希望が感じられず、普段は誰にも相手にされない。しかし、そんな自分にフィリピンクラブの女性は笑顔を向けてくれて、おまけに抱きついてキスしたりするのだと。

 そんなときの高揚感・開放感が忘れられず、まだ輝ける世界があると日本を飛び出す。そしてお金がなくなると、帰国できないまま年を取り、病気になって亡くなる人もいるんです。

――悲惨な話ですが、フィリピーナのお姉ちゃんにハマっちゃったということですよね。あまり同情できなくなってしまうのですが……。

 よくわかりますよ。私も最初は同情から興味を持ったのですが、取材をするうちにできなくなりました。平気でウソをついたり、支援してくれるフィリピン人をぞんざいに扱う困窮邦人の様子を目の当たりにしたからです。

――一方で、彼らの弱さに対して批判一辺倒でもありませんね。

 彼らにも日本での大変な生活があって、フィリピン人女性に入れ込むわけです。取材したなかに、フィリピンに来る直前まで愛知県の自動車工場で派遣工をしていたという48歳の男性がいました。その人は、いつも年下の正社員にノルマをせっつかれて、いつクビになるかわからない毎日だった。派遣先で友達もできず、自分は孤独だったと語っています。

 実は、かつて私もタイの売春街で知り合った女の子に入れあげたことがあったんです(笑)。もともと私は売春否定論者で、そんなことをするヤツは最低だと思っていた。それが、タイを旅行した時に海外の開放感があり、あとは自分の進路が決まってなくて不安定な時期だったということも重なって、価値観が逆転してしまった。人間には弱い部分もあるし、どんな人でも境遇によっては転げ落ちることがある。

――読み進めるうちに、同情できる・できないの揺れが行間から垣間見えました。ですが、彼らの半生を追うべく日本で取材を続けるうちに、そんな同情の問題とはまったく違ったものが見えてきますね。