東京は、未婚率全国1位の独身天国。

人に深入りせず、きちんと自己防衛し、常に楽しさを求めること。それを守れば、この街では例えパートナーがいなくても毎日を楽しく生きられる。

しかしそんな刹那的な楽しさだけでは、満足できないこともある。私たちは時として、心の底から人との愛や絆を渇望するのだ。

「誰も人を好きになれない」と悩む倉松美佳・30歳もそのうちの一人。

昔は、もっと簡単に人を好きになっていた。
愛することなんて、当たり前のようにできていた。

でもいつからだろう・・・? 恋をすることがこんなにも難しくなったのは。

美佳(30)は最愛の恋人と婚約破談になってしまってから、人を好きになれなくなっていた。結婚願望はあるものの、なかなか彼氏ができないと悩み中。

そんな中、夫が浮気をしていると知りながらも夫婦生活を続ける友人の紗弥加の話を聞き、結婚そのものに疑問を持つ美佳だが・・・




大親友・紗弥香の旦那が浮気をしていたことを知ったのは、つい先日のこと。

相手の不貞行為を知りながらも黙って夫婦生活を続けると結果を出した紗弥香には、独身の私には計り知れない何かがあるように感じた。

「結婚って、何なんだろう」

そう思いながら、私は先日デートした次郎のことを思い出していた。



-美佳さん、よければ今度食事へ行きませんか (^^)?


二日酔いでズシリと重い頭を抱えながら、私はベッドの上でもぞもぞと手を伸ばして携帯を見つめる。

“鈴木次郎”。

今一度布団の中で名前を反芻し、ようやく思い出した。先日の食事会にいた、彼だ。 いい人だった記憶はあるが、これといったトキメキも決め手もなく、食事会のお礼を言ってから連絡は取っていなかった。だが、特に断る理由もない。

「とりあえず動かないことには何も始まらない、と言うしなぁ」

小さく呟きカーテンを開けると、燦々と太陽の光が差し込む。それが今の私にとってはまぶし過ぎるように感じる。

人間は、一人だと生きられない。

だからこそ、こんなよく晴れた週末には誰かとデートしたくなるし、ドライブをしている家族などを見ると「いいな」と憧れてしまう。


決め手には欠けるけど、嫌いじゃない男とのデート。付き合うって何ですか?


結婚できない男女を増やす、需要と供給のズレ


「ここ、来たことありましたか?」

プライベートな時間なのに、きちっとネクタイを締め、ピンと背筋を伸ばして座る次郎が心配そうにこちらを見つめている。

彼が予約してくれたのは『ビストロ エビス』だった。




正直、このチョイスは意外だった。ここは決して派手な演出や大々的なプロモーションはしていないものの、グルメな友達が足繁く通うお店である。

「いえ、実は初めてなんです!ずっと来たいと思っていたから、嬉しいです」

素直にそう伝えると、次郎は目を輝かせながら“良かったぁ”と喜んでいる。本当に、どこまで彼はいい人なのだろうか。

「美佳さん、ご趣味はなんですか?」
「ご趣味、ですか!?そんなお見合いみたいな堅い話、やめてくださいよ(笑)」

真面目な次郎に、思わず笑みがこぼれる。1回のデートだけでは判断できないことも多いとは思うが、真面目でいい人なことに違いはない。

「あの、次郎さんって何でそんないい人なのに独身なんですか?」

美味しい料理を食べながら、素朴な疑問をぶつけてみる。彼みたいな人はモテるだろうし、周りが放っておかないだろう。

「一応、言い寄ってきてくれる女性たちはいるのですが、どうも心が動かなくて。みんな良い子だし素敵な女性ですが、僕は何か頑張っていたり、自分の知らない世界を知っているような、尊敬できる女性が好きなんです!」

「ナルホド・・・ 」

次郎の言いたいことが、痛いほどよく分かる。

きっと彼は、同じ会社で働くOLたちから相当モテるだろう。大手企業勤めで爽やかなイケメン。彼女たちが放っておくはずがない。

でも、彼の理想はもう少し破天荒で自由奔放なタイプ。

しかしそんな女性たちは、次郎のような堅い男を選ばない傾向にある。彼女たちは外資系の超絶エリートや経営者や芸能人など、華やかで競争率の高い男性を狙うから。

そう、この東京では需要と供給がマッチしていないのだ。

恋は常に一方通行で、どちらかが諦めたり、目をつぶればマッチングする。しかしそうでない限り、永遠に報われないシステムになっている気がしてきた。

「美佳さんのタイプは、どんな人ですか!?」
「タイプ・・・。何でしょうね。もう自分でも分からなくなってきました」

お金持ち?イケメン?高学歴?

どれも当てはまるようで、当てはまらない。恋する気持ちを忘れると、好きなタイプさえ分からなくなってきてしまうらしい。自分のタイプすら分からないのに、好きな人なんてできるはずないのかもしれない。

「この後、もう1軒どうですか?」
「もちろん!今日は金曜ですしね。もう一杯、行きましょう!」

そうして私たちは2軒目へと繰り出す。“彼だったら好きになれるかもしれない”、などと色々考えながら。

しかし、そんな帰り道のことだった。

「僕、美佳さんのことが好きです!良ければ、お付き合いして頂けませんか?」

「え・・・」

あまりに突然のことで、一瞬時が止まる。

そう言って抱きしめてきた次郎の力は想像以上に強く、その腕を振りほどくことができない。すぐに答えることもできず、その場で立ち尽くしてしまった。

彼がいい人なのは分かっているし、幸せにもなれるだろう。

でもどうしてもYESと言えない自分もいる。

そもそも“付き合う”って、なんだろうか?私たちの年齢で付き合うこととは、イコール結婚前提になるの?

そんな考えばかりが先行し、結局私はハッキリと断ることも受け入れることもできず、とりあえず答えを保留にして別れたのだった。


悩む美佳。しかしまさかの“あの男”からキスをされ・・・!?


次郎と別れ、気づけば私は祥太郎にメールを送っていた。

自分でもどうして彼に連絡したのかはよく分からないけれど、彼なら今日の出来事に何か良いアドバイスをくれそうだったから。

-OK、じゃあ30分後にここで。


素っ気ない返信で指定された店のドアを開けると、既に祥太郎は席について一人で飲んでいた。

「何かあったのか、聞いたほうがいいの?それとも、黙って飲む?」

彼の淡々とした表情や言葉は、こうやって悩んでいる時にはありがたい。

「悪い人ではないし、結婚したいならベストな相手だから手放すべきじゃない、ということも分かっているんです。でもどうしてもYESと言えなくて。そもそも“付き合う”って何ですかね? 」

次郎から抱きしめられた時。

私は、ドキドキしたのだろうか。少しでも、嬉しいと思えたのだろうか。

「なるほどねぇ。彼のこと、本当に好きなの?一緒にいて孤独を紛らわしたいだけでしょ」

ズバリと言い当てられ、何も言えなくなる。私は、彼のことが好きなのだろうか?それとも寂しさに負けているだけ?

「そもそも付き合うって必要なのかなぁ。大人になった今、どこからが“付き合う”で、どこからが“付き合っていない”なのか、線引きが難しくない?」

祥太郎の言葉に、私は返す言葉もなくただ静かに頷く。

「そんなことばかり求めるから、逆に孤独を感じて寂しくなるんだよ。結局人間なんて最後は一人だし、もっと自分にフォーカスしたら?男女の恋愛関係なんて、淡い夢のようでしかないから」

白ワインの冷たさが、キンと胸を伝わっていくのを感じた。




結局答えも何も見つからないまま、私たちは会計を終えて外に出る。

「じゃあ俺こっちだから。ってか、美佳さんはどこに住んでるんだっけ?送っていこうか?」

「大丈夫、一人で帰れますから」

そんなやり取りをしながら、タクシーを捕まえるために交差点の方へ歩き始めた直後だった。

-え・・・?

不意に目の前の祥太郎が振り返り、私の視界が急に遮られた。そして、祥太郎の甘い香りにふわっと体が包まれる。

一瞬のことすぎて動けなかったけれど、たしかに私は今、彼からキスをされた。

「自分を大切にね」

悪戯っぽく笑って去りゆく祥太郎の笑顔に、私は何も言えず、ただ少しだけ頷く。

でもどうしてだろう。
私は今、久しぶりにドキドキしている。

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元婚約者・慶太現る!