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西武・浅村栄斗内野手が、国内フリーエージェント(FA)権を行使して楽天に移籍することが2018年11月21日、決まった。FA権を行使して西武から他球団に移籍したのは、FA制度がスタートした1993年以降、12球団最多となる17人目となった。

浅村を巡っては、楽天、ソフトバンク、オリックスが獲得に名乗りを上げていた。宣言残留を容認していた西武は、19日の交渉でこれまでの3年15億円の条件から上積み提示したが、浅村が選択したのは楽天移籍だった。

リーグVのチーム主将が最下位チームへ 異例の移籍

20日夜に浅村から電話で移籍の旨を伝えらえたという西武の渡辺久信シニアディレクター(SD)兼編成部長は「何よりも浅村残留を望んでいたファンに対しては大変申し訳なく思っています」とファンに向けて謝罪の意を表したが、西武のFA流出は浅村だけにとどまりそうもない。

西武からFA権を行使した炭谷銀仁朗捕手の獲得に巨人が3年総額6億円を用意。16日の初交渉で、大塚淳弘球団副代表を通じて原監督からメッセージを受けた炭谷は、巨人移籍に前向きな姿勢を示しており、西武のFA流出は避けられない状況だ。

リーグ優勝をした球団の主将が、その年の最下位のチームに移籍すること自体、異例のことだが、炭谷捕手が巨人に移籍すれば「ワースト記録」の更新となり、来季の戦力ダウンは必至だ。

FA制度がスタートした1993年以降、2018年11月21日現在、西武から他球団にFA移籍したのは以下の17人。

1994年 工藤公康→ダイエー、石毛宏典→ダイエー
1996年 清原和博→巨人
2003年 松井稼頭央→MLBメッツ
2005年 豊田清→巨人
2007年 和田一浩→中日
2010年 土肥義弘→MLB挑戦、細川亨→ソフトバンク
2011年 帆足和幸→ソフトバンク、ミンチェ→オリックス
2012年 中島宏之→MLBアスレチックス
2013年 涌井秀章→ロッテ、片岡治大→巨人
2015年 脇谷亮太→巨人
2016年 岸孝之→楽天
2017年 野上亮磨→巨人
2018年 浅村栄斗→楽天

2005年に球団設立の楽天の3人は比較対象にならないが、他の10球団と比較すると、西武の17人は突出している。2番目に多い日本ハムは14人、これにソフトバンク、オリックスの11人が続く。最もFA流出が少ないのはロッテで、過去7人しかFAでの移籍はない。

なぜここまで西武の選手のFA移籍が多いのだろうか。J-CASTニュースは、その要因を西武の元球団職員に聞いてみた。

根付かぬ西武のフランチャイズ制度

「西武の選手がなぜFAで他球団に移籍するのか。単純に言えば、西武にいい選手が多く集まっているからです」

西武のスカウト陣によるスカウティング、選手育成には定評があり、12球団では広島、日本ハムに並んでトップクラスだが、広島と日本ハムの選手にあって西武の選手に足りないのは「チーム愛」だと指摘する。

プロ野球では、地域密着のフランチャイズ制が敷かれ、西武は2008年にチーム名をそれまでの「西武ライオンズ」から「埼玉西武ライオンズ」に変更。埼玉所沢市のメットライフドームを本拠地とし、さいたま市大宮区の埼玉県営大宮公園野球場を準本拠地としている。

「西武は西武グループが持っているというイメージが強く、フランチャイズ制が他球団に比べて根付いていない。選手もその意識が強い傾向にある。優勝しても埼玉が盛り上がるというよりも、西武百貨店のセールが話題に上がるように、地域に対する選手の意識は他球団に比べて薄いでしょう」

また、年俸に関して球団に不信を持つ選手が少なくないという。かつてチームが低迷を続けていた時代には、個人成績がアップしてもV逸を理由に希望年俸に届かなった選手もいたという。優勝したシーズンでも球団の赤字経営によって、大幅な年俸アップを望めないこともあったという。

FAで大量に選手が流出した大きな要因として、前出の元球団職員は、故・根本陸夫氏の存在を上げた。広島、西武、ダイエーの3球団で監督を務め、82年から西武のフロントとして辣腕を発揮した人物である。

多くの伝説を残す根本氏だが、西武時代は意表をついた大型トレード、多くの有望新人選手の獲得など、ことごとく戦力補強を成功させ、西武の黄金時代を築き上げた。その手腕は「根本マジック」と呼ばれた。

前出の元球団職員は「今の西武には根本さんのような、選手ににらみの利く人物がいない。根本さんは選手から絶大な支持を受けていたし、選手も根本さんの言うことは素直に聞いた。そういう時代でした」と話した。

変わりつつ西武の球団体質

また、今回、浅村が楽天を選択した理由に関して「石井GMの影響は大きい。西武を出ていった人が、西武を出ていくメリットを説明するわけですから。ただ、浅村選手が楽天を選んだのは、『自分の力で最下位のチームをどれだけ引き上げることが出来るか証明したい』からだと聞いています」と言及した。

18人目のFA流出が避けられそうもない状況にある西武だが、チームの状況は少しずつ変わりつつあるという。かつての西武は、自らの意志でチームを離れた選手の出戻りを許さなかった。だが、近年では2010年にMLBに挑戦した土肥義弘選手が2014年に1軍投手コーチとして復帰。2003年にFAでMLBメッツに移籍した松井稼頭央選手は、2017年に選手兼コーチとして西武に復帰した。

前出の元球団職員は「西武というチームはある種の村社会で、外の球団を知らない選手の集まりでした。FAで出ていった選手も、二度と戻れないという気持ちで出ていった。だから土肥選手と松井選手は西武にとって良い前例を作ったと言える。これから西武は変わっていくと思いますよ」と願いを込めて締めくくった。