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春、何かを新しく始めるには最適な季節だ。例えば、ランニング。走ろうと思いつつ、初めの一歩が踏み出せない人は多い。そんな先延ばし症候群の人に向けた、元箱根駅伝ランナーでランニングクラブも主宰している酒井政人氏の「走らないことの3つの損失」とは――。

■「今、走らない人」が確実に損する3つのこと

先日の2018東京マラソンでは設楽悠太(ホンダ)が16年ぶりの日本新記録を出した。マラソン中継を見て、自分も走ってみようかなとやる気になった方もいると思う。また春が到来し、ダイエットのためにランニングでもしようかなと考える向きも少なくないだろう。

しかし、だ。

そう心の中で思っても“初めの一歩”を踏み出せずにいる人は案外多い。今回は、そんな人々の背中を押すべく、「今、走らないこと」の「損失」を考えてみたい。

走りたいけど、走れ(ら)ない。そんな心のモヤモヤ状態は精神衛生上良くない。宿題を終えていないのに、遊んでしまう子供の心理に似ているかもしれない。この時点でメンタル的にネガティブになっている可能性がある。行動を先送りしてしまうことは、「PCN症候群」と呼ばれている。仕事なら「締め切り」があるので、それに合わせてやるが、ランニングはいつ走ってもいい。だから、かえって後回しにしてしまうのだろう。それにより“損失期間”が積み重なってしまうのだ。

走らないことの「損失」とは何か。

(1)贅肉を減らす機会を失う

わかりやすい話、消費カロリーが増えない。例えば、体重70kgの男性が週に1回、5kmのランニングを始めたとしよう。ランニングの消費エネルギー(kcal)は体重(kg)×走行距離(km)で、およその数値がでるので、1週間で約350kcal(70kg×5km)。1年間で約1万8200kcal(350kcal×52km)が消費されることになる。

脂肪1kgを燃焼するには、7200kcalが必要になるので、摂取カロリーが変わらなければ、1年で約2.5kgの減量になる。週に10km走れば、1年で約5kg。週に20km走れば、1年で約10kgもの体脂肪を燃焼できる計算だ(実際は体重が減っていくので、消費エネルギーはもう少し低くなる)。なお統計的には、体脂肪が1kg減ると、標準的な体格の男性でウエストが1cm減るので、お腹まわりもスリムになる。お腹周りが気になる人々が走らないのは本当にもったいない。

週に5kmなら、走るのは毎朝1km未満でいい。週10kmだとしても、同1.4km程度。土日だけ5kmずつ走るというのも、それほどハードルは高くないのではないか。ランニングすることが習慣になれば、2.5kg〜5kgが自然と減るのだ。肉の量、5kg(5000g)といえば相当なものだ。走らない人はそれを減らす機会を丸ごと失うことになる。

■今、走って「筋肉貯金」をしておくと老後はハッピー

(2)老後の「筋肉貯金」ができない

フィジカル的にいうと、ランニングは下半身強化につながる。日々の生活で動かす機会の多い上半身と違い、下半身は筋力の衰えが早い。日本老年医学会『日本人筋肉量の加齢による特徴』によると、個人差はあるものの、筋肉の萎縮・衰退は40歳くらいから始まるという。中でも下肢の筋力ダウンが大きく、50歳で約10%、80歳で約30%もの筋肉量が減少する。だからこそ、ランニングで意識的に鍛えたい。ウオーキングも初歩的なエクササイズとして悪くはないが、筋肉への刺激・効果という点ではランニングには及ばない。

下半身は、お尻の「大殿筋」、太ももの「大腿四頭筋」、ふくらはぎの「下腿三頭筋」など上半身と比べて、大きな筋肉が多い。ランニングによって筋肉量が増えると、基礎代謝量がアップするので太りにくくなる。

ランニングで主に強化できる遅筋(持続的に小さな力を発揮できる筋肉)は、速筋(瞬間的に大きな力を発揮できる筋肉)と異なり、加齢による衰えが小さい。そのため、フルマラソンはもちろん、ウルトラマラソン(100km走や24時間走など)でも50〜60代の健脚ランナーは少なくない。

ちなみにマスターズのマラソン日本記録はM60(60〜64歳)が2時間36分30秒、M80(80〜84歳)が3時間30分18秒。彼らは必ずしも元アスリートや陸上部出身者ではない。努力すれば年齢を重ねても、元気一杯でいられることが理解できるだろう。

下半身の筋力が衰えると、出歩くのがおっくうになる。高齢者であれば、下半身の筋力低下の影響で転倒したり、運動不足によって肥満になったり、引きこもってしまったりすることは多い。かといって高齢になって、いきなり走るのは心肺への負担も大きい。筋力低下が顕著になる前からランニングを習慣化しておくことで、老後の“筋肉貯金”と“心肺機能の強化”につながっていく。これこそ健康長寿の秘訣である。また、これは男性に限った話だが、血液の循環が良くなることで勃起力も高くなると言われる。当然だが、走らないと、この利益も享受できない。

(3)“脳の働き”をよくできない

カラダが変わるだけでなく、ランニングはメンタル面にも大きく作用する。純粋にカラダを動かして、汗をかくことが気持ちいいし、ランニングなどの一定のリズム運動が「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンの分泌を促すからだ。セロトニン(脳内で働く神経伝達物質)は精神を安定させる物質で、朝日を浴びることでも増やすことができる(そんなわけで、ストレスを発散するには、“朝ラン”がお勧めだ)。

また、走ることで脳の血流もよくなるので、集中力や決断力が高まるなど、ビジネスへの好影響も期待できる。毎日10km走るのが日課だという脳科学者の茂木健一郎さんはプレジデントオンラインで、「走っている間に、脳がアイドリングして、特別な回路が活性化し、さまざまな記憶が整理されたり、ストレスが解消されたりといった効果もある」と書いている(http://president.jp/articles/-/23535)。また、レースに出場して、ゴールまで走り切れば、「達成感」を味わうことができるだろう。

■どうしても「初めの一歩」を踏み出せない人へのアドバイス

他にも走った後のビールやご飯はおいしく感じられ、ランニング仲間ができれば友達が増えることになる。ランニングをしようと思っているのに、走らない人は、さまざまな面で「損失」があるといえる。

では、どうしたら走りだすことができるのか?

社会人になると、仕事や家族のことで手いっぱいになり、自分のプライベートは後回しになりがちだ。「仕事が一段落したら」「時間ができたら」「もっとやる気が出たときに」なんて考えていると、そのときはなかなか巡ってこない。

そこで、なかなか走りだせない方は、ランニングのプライオリティを上げていただきたいと思う。ズバリ、走る“必要性”をつくるのだ。そのためには2つの方法が有効になる。ひとつはランニングを「用事」にしてしまうことだ。例えば、水曜日の夜にランニングクラブ(会社内のサークルを含めると、都内だけで数百ある)に通うことになれば、どうにか時間を作ろうと工面するのではないか。ランニングクラブに入らなくても、誰かと走る約束をするだけでもいい。とにかく、他人を巻き込むことで、ランニングの“成功率”はグッと高くなる。

もうひとつの方法は、ランニングに「目的」をプラスすることだ。筆者がよくやっているのは、走って朝食用のパンを購入すること。お目当てのお店が電車で行くには面倒な場所なので、時間、交通費の節約にもつながるし、何より家族が喜んでくれる。最近は、「明日の朝食はパンだからね」と逆にプレッシャーをかけられることもあるほどで、「朝ラン」は家族公認の“自分だけの時間”になった。

▼まずは「ランニングウエアに着替える」が第一歩

最後に走りだすための具体的なテクニックをお教えしよう。ランニングで、最もエネルギーが必要なのは、実は「走る」ことではない。着替えて、自宅を出るまでの“助走部分”がポイントになる。今日は「何km走ろうか」という先のゴールを考えると、「嫌だな」「面倒だな」という気持ちが持ち上がってくる。それよりも最初のハードルをクリアすることだけを意識するのだ。

まずは、「ランニングウエアに着替える」。この行為ができれば、すべてがうまく回り出しやすい。「せっかく着替えたんだから」という気持ちが勝り、逆に走らないはもったいないという気分になるからだ。ランニング成功の極意は「着替える」ことにあると言っていい。スムーズに着替えるために、おしゃれで動きやすいランウエアやシューズを買って気分を上げるのもいいかもしれない。

とはいえ、たいていの人は意志が強くない。自宅に帰ると、どうしてもホッとしてしまい、緊張感が途切れてしまう。走ると決めた日は、自宅に戻る前に走ってしまうのも手だ。ランニング仲間がいなくても、都内であれば皇居近くのランニングステーションなどに行けば(都内の皇居周辺だけで20カ所以上ある)、自然と走りたいという気持ちが高まってくる。

どうしても走る時間がないという人はスキマ時間を活用してほしい。駅や会社ではエスカレーターを使わずに、階段で移動する。自宅なら、歯を磨くときに軽くスクワットをするというのもいい。日頃からカラダを鍛えるという意識を持っておくことで、自然と“アスリートモード”に入っていく。時間が確保できたときには、メンタル的にも走りだすことがずいぶんとラクになるはずだ。

ランニングを習慣化できれば持久力がアップし、自然と疲れにくいカラダになる。それは仕事でも好影響をもたらすだろう。走らなければ、カラダを若返らせる機会も得にくい。運動しなきゃ、と思っている方は、まずは花見がてら軽いジョギングに取り組んでみるのはいかがだろうか。

(スポーツライター 酒井 政人 写真=iStock.com)