AV強要「業界と規制派の仁義なき戦い、これでは解決しない」男優・辻丸さんが警告
アダルトビデオ(AV)出演強要問題をめぐって、政府は3月下旬以降、首相官邸で対策会議を開くなど、本格的に対策に乗り出した。5月中旬をめどに、今後の取り組みについて方針をまとめるとしており、その動向に注目があつまっている。
こうした状況を受けて、AV業界の健全化を図る「第三者委員会」が4月1日、発足した。AVメーカーでつくる業界団体「NPO法人知的財産振興協会」(IPPA)などが、正会員として名を連ねており、「根源的な改革を断行すべき」という提言を発表している。
一見、問題の解決に向けて大きく前進しはじめたように思えるが、政府が動いたことを考えれば、業界側は「追い詰められている」といえなくもない。AV出演強要問題について、SNSなどで積極的に発信している、業界歴30年の現役AV男優、辻丸(つじまる)さんに聞いた。
●業界は「追い詰められている」のか?−−昨年9月のインタビューで、辻丸さんは「次に検挙されるのは僕かもしれない」(https://www.bengo4.com/internet/n_5043/)「無名の出演者をおきざりにしないでほしい」(https://www.bengo4.com/internet/n_5046/)と語りました。半年経ちましたが、現在までどういうことを考えましたか?
皮肉にも、実際には、僕ではない男優が逮捕される事件がありました。容疑は「無修正AV」に出演したというものです。正直にいうと、「なぜ、あの人が・・・」という真面目な人柄の男優でした。容疑はどうであれ、顔も本名も晒しものにされました。しかも、不起訴になっているわけですが、そういう検挙の仕方について、まず疑問を抱きました。
また、AV出演強要問題については、これまで業界のトップが表舞台に出てきていません。業界というのは、あまりにもぼんやりした概念ですから、あえていうならば、大手メーカーのトップのことです。彼らは、これまで、公式な声明発表や記者会見をおこなっていません。僕からすると、「追い詰められている」という意識すらない、思考停止状況だと思います。
−−業界は「追い詰められている」のでしょうか?
ボクシングでたとえるなら、試合開始のゴングが鳴っているにもかかわらず、まだリングにすらあがっていない状況だと思います。控室から出てきていないどころが、会場にいるのかすらわからない。しかも、対戦相手は、最強の相手(政府)です。負けてもいいから、リングにあがる姿勢が大事で、リングにあがれば、かならず応援する人が出てくると思うのですが・・・。
−−なぜ、「追い詰められている」という意識がないのでしょうか?
一つは、AVが売れなくなっていることから、目の前の商売のことしか考えられなくなっていることがあると思います。もう一つは、AVそのものを肯定する仲間意識・プライド意識が強いため、「強要」と聞いてもピンとこないから。
また、業界が一つにまとまっていないこともあります。誰かが音頭をとることも嫌がるし、誰も責任をとりたがらない。さらには、プロダクション摘発や無修正摘発だけで、本当の意味で、メーカーが「追い詰められていない」からかもしれません。余程のことがなければ、メーカーが摘発されることも、つぶされることもないわけですから。
もしかしたら、自分たちや会社が生き残れるなら、業界全体がどうなろうとかまわないというスタンスなのかもしれません。日本にAVメーカーが1社しかなくなっても、「自分がそこに入っていればOK」というか。いずれにせよ、メーカーは一部の売れる女優を守るだけで、無名の出演者、とくに女優たちはおきざりにされています。
−−業界内には、危機感を持っている人はいないのでしょうか?
危機感があるのは、一部の監督など、表現にプライドをもって仕事をしている人たちです。そういう人たちは、表現規制や思想統制につながる話だととらえています。業界全体として、きちんとした動きがほとんど期待できなかったため、個別で声をあげている人もいます。
一方で、たとえ「本番禁止」になっても、なんとも思わない業界人も少なくないのではないでしょうか。「本番禁止」でも、お墨付きがもらえるなら、安心して商売できると思っているかもしれません。「本番禁止」で、セクシービデオに近づけば、差别・偏見もなくなり、万々歳じゃないかと。ただ、そうなれば、志のある監督や女優たちが影響を受けることになるでしょう。
●「業界と規制派はお互いに歩み寄れ」−−この間、政府も対策に乗り出しました。今の状況についてどう考えていますか?
業界が「モンスター化」されて、政府・警察は、厳罰主義でのぞもうとしていると感じています。しかし、AV問題だけでなく、あらゆる犯罪もそうですが、一方だけを「モンスター化」して、厳罰主義でのぞんでも、根本的な解決にはつながらないと思います。
業界がモンスター化された理由の一つは、世間が無関心であることです。たとえば、AVがこれだけ普及しながらも、現実ではネットの無料動画を見ているわけです。要するに、業界がつぶれていこうと、無料ならそっちのほうがいいと。たかだが数千円のDVDを買わない。世間の関心はその程度です。
世間の無関心が一番こわいことです。このままだと、知らないうちに「共謀罪」と同じくらい大きな決定がされるかもしれません。そして、本質的な意味で何も変わらず、被害者だけでなく、業界の人間が差别・偏見から救われることもなく、ますます「モンスター化」が進んでいくと思います。
−−被害者の相談を受けた人権団体は「規制」を提言しています。
人権団体をはじめとした規制派は、業界を「加害者」だと見ています。しかし、こうした一方的な見方は、本当の意味で被害を防ぐことができないと思います。たとえば、ある犯罪が起きたとして、なぜその犯罪が起きたのか、加害者の立場に思いをはせないと、根本的な解決につながらないのと同じです。
業界側も、規制派を「敵」だとみなしています。しかし、本当は、敵ではありません。人間がやることだから、ついつい偏りがちだし、見落としている部分もあるだろうし、顧みないといけない部分もあります。それらを素直に認めて、お互いに対話することが必要だと思います。そうすることで、被害者を救い、そして女優を守る方向につなげていくべきではないでしょうか。
そうするためには、双方が、プライドやナルシズムを一度捨てることです。そうすれば、モンスター化をなくして、本当の解決の一歩につながると思います。ただ、やはり業界側は、「加害がある」とされていることについて、真剣に向き合っているように思えません。きちんと内部調査して、その結果を発表すべきでしょう。
−−現状を変えるためには、どうするべきでしょうか?
本来ならば、業界側と規制派がお互いに歩み寄って、協力体制を築けばよかったと思います。だけど、もう「後の祭り」かもしれません。くり返しになりますが、お互いを「敵」と考えて、「どちらが勝つか」という次元にとどまっているかぎり、何も解決しません。
そして、もし仮に、業界側が一方的に「負ける」ようなことになれば、無名の出演者たちは一番の犠牲になってしまう。売れている女優と、その恩恵を受けている大手メーカーだけが生き残るだけです。まさに『仁義なき戦い』です。末端のチンピラが死んで、幹部クラスが生き残る。だけど、それだとダメなのです。
だから、業界側も規制派も意識改革して、「戦い」という考え方をやめるべきでしょう。お互いに理想は異なるかもしれませんが、女優を守りたい、被害者を救いたいという点では一致していると信じています。
(弁護士ドットコムニュース)