捕って楽しむキャッチボール…のはずが、その昔は痛い痛い笑えないものだった!?

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 球春到来。日に日に暖かくなる陽気に誘われ、「週末は子どもと公園でキャッチボールしよう!」と考えているお父さん方も多いはず。親子のキャッチボール、友達とキャッチボール、会話のキャッチボール……。今日では友好的でハートフルなイメージが強いキャッチボール。しかし、日本野球黎明期のキャッチボールを調べると驚くべき起源が隠されていた。

 キャッチボールを調べるべくあたったのは、中馬庚(ちゅうまん・かなえ)著の『野球』だ。1897年に野球指導書として出版された『野球』は、瞬く間に全国に行き渡り、野球の知名度を大幅にアップさせた日本野球史に残る歴史的文献だ。

 中馬はベースボールをはじめて「野球」と訳し、ショートストップを遊撃手と訳すなど、現在の野球界にも残る用語を多々生み出してきた人物。のちに教育者としても活躍し、野球殿堂入りを果たした中馬はキャッチボールをどのように伝えたのだろうか?

 そこには恐怖のキャッチボールがあった……。

恐怖1.素手

 グラブやミットがまだあまり輸入されていない時代、野球選手たちは簡素な手袋をつけて練習や試合を行っていた。しかし、中馬に言わせれば、手袋は甘えだ。

「──タビ手袋ヲ用ヒテ是ニ依頼スルノ念ヲ生ジ従テ受ケ方ノ正式ヨリ逸脱スルノ悪癖ヲ手掌ニ生セシムルノ害──」(『野球』中馬庚/以下同)

 と、手袋を使うと、それに頼りきりになってしまい悪癖を生むと主張。初心者は絶対に素手で行うべきだと鼻息荒く書き綴っている。

恐怖2.痛みの描写

『野球』のキャッチボールにおいて最もバイオレンスなのが、痛みを強調する中馬独特の書き口だ。特に初心者は下手なゆえにキャッチボールのときにケガをしてしまうと中馬は書いている。

「指頭ヲ痛メ掌底ヲ腫ラシ堅球一タビ是ヲ打テバ疼痛掌背ニ徹シ延テ全身ヲ緊縛スルノ想アリテ覚ヘス熱涙ノ両頬ヲ下ルコトアリ」

 つまり、痛すぎて思わず泣いてしまうこともあるということだ。そりゃそうだろう、素手なんだから……。

恐怖3.冬場の練習の生々しさ

 中馬の痛みの描写はそれだけに留まらない。特に指がかじかむような冬場に行うキャッチボールの体験談は常軌を逸している。

 1球目を受ければ「石ヲ打ツカ如ク」痛みに襲われ、2球目を受ければ「奇痛全身ニ徹ス」。奇痛が出た時点で止めればいいのにと思うのだが、中馬いわく、そのまま続けると、10球を超えたあたりで痛みは痒みに変わり、体温が上がって、そのうち両者とも上着を脱ぎ、そのうち裸体となってキャッチボールを続けるのだという。

 さらに冬場のキャッチボールの問題点として、中馬はこのように語っている。

「冬期練習ノ患フル所ハ指ノ着根ノ脂肪ヲ失フテ横ニ亀裂スルニアリ」

 指の付け根の脂肪を失い、横に裂ける……。想像するだけで痛いケガを生々しく描いた上で、中馬はその対策も併せて記している。

「若シ其徴候ヲ見バグリスリン其他胼ノ薬ヲ浴後ニ用フベシ」

 入浴後に薬を塗れ。対処法はそれだけである……。

恐怖4.慣れてきたら意地悪な乱暴者が登場

 手袋の使用を固く禁じ、痛みを過剰に表現する中馬だが、初心者に厳しいことを要求するほど鬼ではなかった。最初から難しいボールや強いボールを受けさせると、指を痛め、野球の面白さを知らぬまま、「野球場ヨリ消滅スル」と少しだけ優しさを見せている。よって初心者への教育者は「温和ナル性質」の者を推奨している。

 しかし、いざ慣れてきた時の先生として、中馬がおすすめするのは「意地悪キ乱暴者」だ。

 1人の意気地なしがグラウンドにいると味方全体の士気に影響する。そのため、選手のケガなど我関せずという非情な人物が、学校を代表する選手を鍛えて鍛えて鍛え上げろと中馬は主張している。

 考えただけでも恐ろしい野球黎明期のキャッチボール。中馬の名誉のためにも書いておきたいが、これが当時の野球のスタンダードだった。グラブやミットを使うのは捕手と一塁手だけというのが普通だったという。特に中馬が通った第一高等中学校(現東京大学教養学部ほか)はスパルタ教育で知られ、熱血を持ち味とした校風。中馬もそこで二塁手として苛烈な練習を耐え抜いてきたからこそ、こうした描写ができたのだろう。

 20世紀になると、選手から「痛くてかなわない」と声が上がり、国産のグラブの生産が盛んになった。

 現代に生まれた我々にとって、素手で野球のボールを捕るのはあまりないことだが、改めてグラブの大切さ、そして「温和ナル性質」の指導者の存在に感謝したい──。

(文=落合初春)

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