会社の研修レポートがきっかけで作家になった男

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 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第61回の今回は、8月27日に新刊『ギフテッド』(幻冬舎/刊)を刊行した山田宗樹さんです。
 『百年法』『嫌われ松子の一生』など、印象的な作品を次々と世に出している山田さんですが、この『ギフテッド』もこれまでの作品以上に、私たちを引きつけてやまない極上のエンタメ長編。新たに発見された「未知の臓器」の謎と、その臓器を持つ子ども達<ギフテッド>の運命が、現在と過去を往復する物語の中で少しずつ明らかになっていきます。
 この大作がどのように生まれ、育っていったのか。
 『ギフテッド』誕生の秘密を山田さんに伺いました。最終回は、山田さんが小説を書きはじめたきっかけについて。

■新人研修のレポートがウケて作家を目指すことに
―作家になる前はまったく別の仕事をされていたそうですが、作家になろうと思ったきっかけはどんなことだったのでしょうか。


山田:僕は大学院を卒業してある製薬会社に入ったんですけど、入社してすぐに2週間くらいの新人研修があったんです。その研修でレポートを書かされたんですよ。毎日レポートを書いて上司に提出しないといけなかったんですけど、普通に書いても面白くないと思って、ちょっとふざけてエッセイ風に書いて提出しました。
だから、怒られるかなと思っていたんですけど、当時の上司ができた人で、怒るどころかそのレポートを面白がって、文章の才能があると言ってくれたんです。それでその気になってしまったところがありますね(笑)。「そうか、じゃあそっちのほうを目指してみようかな」と。

―先見の明がある上司だったんですね。

山田:そうですよね。その一言がなければ小説を書こうとは思わなかったでしょうし。その上司は僕のレポートを読んだだけでなく、面白いから読んでみろということでみんなに回したらしいんですよね。回覧した人からも面白いと言われて余計に調子に乗ってしまいました。

―それ以前から小説や作家に関心はあったんですか?

山田:まったくありませんでしたね。10代の頃はほとんど本を読んできませんでしたし。大学の後半から少し読むようになったのですが、作家になろうとは思っていませんでした。

―大学時代に読んでいた本はどんなものですか。

山田:それまで読書の蓄積がほとんどないのに、よりによってドストエフスキーに手を出してしまったんですよね。最初はわからなくて、素人が手を出すものじゃないなと(笑)。
でも、繰り返し読んでいると、それなりにわかるようにはなりました。
小説家になろうと思うようになってからは、日本のエンタメ小説を重点的に読んでいました。

―本格的に作家になろうとしたのはいつごろですか?

山田:小説を書きはじめたということでいえば、レポートの件があってから2年後くらいですかね。最初のうちは新人賞に応募しては落ちてというのを繰り返していましたが、書き始めて5年目にデビューはできました。うれしかったですね。

―当時の作品を読み返したりということはされますか?

山田:いやあ、読みたくないですね。文庫になる時などにゲラで読むことはあるんですけど、嫌な作業です(笑)。
新人の頃ってとにかく自分の持っているものを全部作品に注ぎ込もうとして肩に力が入っているから、バランスが悪いんですよ。書かなくていいだろうということも書いているし、若かったなと思います。

―山田さんが人生に影響を受けた本を三冊ほどご紹介いただければと思います。

山田:10代の頃ほとんど本を読まなかったというお話をしましたけども、小学5年生の時に買った、夏目漱石の『坊っちゃん』だけは繰り返し読んでいたので、これを一冊目にします。
いろいろと深読みしようと思ったらいくらでもできる作品だとは思うのですが、話の筋を見るとエンタメ小説と呼べなくもないんですよ。この作品のそういうエンタメ的な部分が面白くて、当時は暇さえあれば読んでいましたね。このあいだ久しぶりに読み返したら自分の文章とテンポが似ていて、意外にこの頃の読書から受けた影響が今でも残っているんだなと思いました。
二冊目は、先程お話に出た、『屍蘭』です。これは「一気読み」の快感を教えてくれたということで、自分の作家としての方向性を決定づけられたところがあります。
最後は塩野七生さんの『ローマ人の物語』にします。この作品に触れたことで、歴史に対する視点を得られたような気がしています。自分が小説を書くうえでもすごく助けられましたし、もしこの作品を読んでいなかったら『百年法』もああいう形では書けなかったはずです。

―最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いできればと思います。

山田:繰り返しになりますが「一気読み」してもらえる小説を書くということだけはブレないようにやっているので、やはり「一気に」楽しんでください、と言いたいですね。
(インタビュー・記事/山田洋介)