ブラジルW杯は成功したと言えるのか
開催準備の遅れに始まり、昨年のコンフェデレーションズカップ以降に国内各地に広がったW杯開催反対デモ、そして今大会の開幕前に続いた交通機関のストライキと、ブラジル・ワールドカップはネガティブなニュースが世界的にクローズアップされた大会でもあった。
それに加えて日本のメディアから、犯罪件数が日本の約480倍もあるという治安の悪さも大々的に報じられると、開幕当初は実際に日本人サッカーファンやメディア関係者に被害者が続出しているといったニュースも現地から届けられた。
こうなると、ブラジルは本当にワールドカップを開催運営できるのか、という不安の声が上がるのも無理はなかったと言える。
しかし、いざフタを開けてみれば、おおよそ大会運営に大きな混乱はなかったと見ていいだろう。もちろん日本の感覚で言えば、及第点をあげるのが精いっぱいというところかもしれないが、ブラジル的には十分に合格点。ぶっつけ本番のわりには、ここまでは良くやっているという印象だ。
心配されたデモやストライキといった抗議活動も、開幕後は減少した。これについては、開幕直前までブラジル政府が各団体と折衝に折衝を重ねたことが奏功した模様で、完全になくなりはしていないものの、なんとか大会期間中の騒動だけは収めることができたようだ。現地世論調査によれば、ジルマ・ルセフ大統領の支持率もワールドカップの評価を受けて上昇しており、少しは国民のワールドカップに対する理解も深まったと見る向きもある(もっとも、これはブラジルが準決勝で歴史的大敗を喫する前の調査結果ではあるが......)。
ただし、これらはあくまでもワールドカップという短いスパンで問題を捉(とら)えた場合の話だ。我々外国人からしてみれば、大会が終われば後は人ごとの話かもしれないが、当事者のブラジル国民としては、むしろワールドカップ閉幕後の行方に不安を感じているはずだ。
中でも、今大会用に新設・改修された新スタジアムの数々がブラジル国民の大きな負債となってしまったことは、目の前にある大きな問題として捉えられている。国民の熱狂と興奮を生み出した舞台が、わずか1カ月ほどで自分たちの生活の負担に変わってしまうのだから、何とも皮肉な話である。
現地サンパウロの新聞報道によると、今回のワールドカップで使用した12のスタジアムの総工費は約71億レアル(約3260億円)とされ、そのうち銀行や地域開発基金から借り入れた負債総額は、その6割にもおよぶ約43億レアル(約1970億円)。この負債額を12~13年かけて返済した場合の利息は、実に約24億レアル(約1100億円)に上るという。
各スタジアム建設費とそのための借り入れは、それぞれの自治体(州)をはじめ、クラブや民間企業の責任で行なわれているため、少なくとも、自治体の借金については国民(市民)が税金として直接負担することは間違いないだろう。しかも、連邦直轄区の資金だけで建設されたというブラジリアのスタジアムは別としても、マナウス、ナタール、クイアバなど、地元に集客力のあるクラブが存在しないスタジアムなどは、借金返済に加えて莫大な維持費がかさむにもかかわらず、今後の使い道や資金回収方法さえ目途が立っていないのが現状だ。
また、問題はスタジアムだけにとどまらず、道路、橋、鉄道、空港など、国民の血税によって実行されたインフラ整備についても、ワールドカップの大きな負の遺産となって、さらに国民に重くのしかかってくることは間違いなさそうだ。しかも、当初予定されていた公共事業のうち、実際に完了したのは全体の約半分とされ、残りの半分についてはまだ工事の途中段階なのである。
例えば、クイアバの街に計画された鉄道建設は、開幕を迎えた段階でも一部しか完成されていないというのが実情だ。実際に現地を訪れた際も、空港から市内までの大きな道路の中央には、鉄道建設のための土地が空地状態として放置されていたのを確認できた。これは、サルバドールの地下鉄工事についても同じことが言える。
今後は、工事予算が膨らむ可能性もあるこれらインフラ整備をこのまま続行するのかどうかも含め、ブラジル政府の判断に注目が集まる。だが、いずれにしても国民の負担はさらに重いものとなることは火を見るより明らかだと言えよう。
結局、昨年のコンフェデレーションズカップを機に国内各地に広がった開催反対デモの問題の根っこは、そこにあった。「BRICs」のひとつとして、この10年間で急激な経済成長を遂げたブラジルは、名目GDP世界第7位(2013年)という経済大国になったにもかかわらず、相変わらず一部の権力者と裕福層だけが富を独占した状態が続いている。確かにバスの運賃値上げがキッカケではあったが、若手弁護士を中心とした中産階級層たちが当初繰り広げたW杯開催反対デモの最大の目的は、「富の分配」というブラジルが抱える国内問題の解決にあったのだ。
今大会は、政府の妥協策とブラジル代表の活躍もあって、国民の抗議活動は減少傾向になったが、問題が何ひとつ解決されていないという現状を踏まえると、むしろ閉幕後にさらに大きな問題として表面化することが予想される。しかし、一度出来上がった社会構造を権力者自らが変えるとは到底思えず、今後もブラジル国民の闘争が続いて行くと見ていいだろう。
もっとも、6年後に五輪を控える東京都民は、これを対岸の火事と見てばかりはいられないはずだ。過去には、長野五輪閉幕後に県民の税金負担が大きな問題となった経験もある。巨大ビジネスと化したスポーツの祭典は、人に夢を与えるばかりではないという現実も、我々は認識しておく必要があるかもしれない。
中山淳●文 text by Nakayama Atsushi

