調達購買を巡る昨今の動向/野町 直弘
昨今の調達購買に関する興味深い動向について考察を述べます。
私の手元に調達購買に関する興味深い記事が3本ほどあります。
まず1本目は購買ネットワーク会の幹事である日本IBMの寺島さんからご紹介が
あったもので、米国アップル社のCEOであるTim Cook氏の株主総会での発言に関する記事です。
http://www.forbes.com/sites/stevedenning/2014/03/07/why-tim-cook-doesnt-care-about-the-bloody-roi/
リンクはForbesの記事になりますが分かりやすく書かれています。
内容はアップル社の株主総会で株主の一人であるシンクタンクから「アップル社のEnergy Sustainability Programについて、それにかかっているコストの公開を求め収益へ貢献していることだけ実行すべきである。」という指摘をしたのに対してTim Cookは声を荒げ「こういう取組みに対してROI(Return on Investment:投資収益率)云々は関係ない話だ。」「ROIだけにフォーカスした経営を期待するのであれば、株を売っていただいて結構。」という発言に関するものです。
この記事ではこう書いてあります。『これは環境問題、労働者の人権保護、その他のすぐに利益を生まない中長期的な課題に対する取組みも全く同じことが言える』と。
また、『ROI至上主義は20世紀型の古臭いマインドセットであ。米国企業はこの短期的収益を追求させることで多くの企業がダメになった。それに対して21世紀型の創造的な価値観とは、アップル社のように顧客に(総合的に)価値を与え続けることで短期でも中長期でも大きな収益を取っていく企業モデルである』とまで言い切っています。
以前このメルマガ(ブログ)でも触れましたがアップル社はサプライヤ責任に関する進捗報告書を毎年発表しています。また主要サプライヤリストも毎年公開しています。
今年の進捗報告書では451件の監査を実施しており、150万人のサプライヤ従業員を対象にトレーニングを実施するなど、膨大はコストをかけています。
弊社で実施してきた過去の調達・購買部門長向けのアンケート調査でも多くの日本企業でサプライヤのCSRを最近重視する傾向がありますが、正にそれを象徴するような事件(?)だったと感じます。
2本目は2014年3月20日付の日本経済新聞電子版に掲載されたソニーの記事です。
「ソニー、部品メーカー選別 4分の1の250社に」というものです。
内容はソニーが部品調達を抜本的に見直し調達先約1000社のうち、世界の有力250社を選別し戦略パートナーとして密接な関係を築き製品開発期間の短縮や商品の競争力につなげるというものです。
ソニーの調達改革は非常に有名な話ですが、2008年から部品調達を調達本部に集約し、集中購買を推進する一方でサプライヤの集約を図り2500社から1000社にまで削減したという実績があります。
注目すべきなのは今回の戦略パートナー選定については以前のサプライヤ集約
とはその狙いに違いがあることです。記事ではその目的を「部品大手とより密接
な関係を築き製品開発期間を約2割短縮、商品の競争力を高める。」と記しており、従来のサプライヤ集約=ボリュームメリットの享受=コスト削減、という画一的な活動とは一線を画した活動と感じられます。
サプライヤとの関係性を深め、それによりサプライチェーン全体として競争力を強化するという取組みは、これも以前メルマガ(ブログ)でも触れましたがコマツの協力会組織であるコマツみどり会を軸にしたサプライヤマネジメントが事例として上げられます。正に昨今を代表する調達購買の動向事例と言えるでしょう。
最近クライアントからよく耳にする話として値上げと供給力強化が上げられます。
この先少なくとも2020年の東京オリンピックまでは石油製品や工事費などの人件費・資材費は高騰を続けるでしょう。また値上げとセットになるのは供給力不足です。
リーマンショック以降D”Delivery”に対する意識が低くなってきましたが、一方で供給力不足に悩む企業も出ていることは事実です。こういう時期だからこそ、「良いサプライヤを囲い込む」関係性づくりが必要になってきているのです。
3本目は日経BP社のTech-Onに掲載された「電子立国は、なぜ凋落したか」という元・日経エレクトロニクス編集長で技術ジャーナリストの西村吉雄氏が書かれた記事です。
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20140124/329764/
この中の連載第7回の「Appleにも鴻海にもなれなかった日本メーカー」はとても興味深く読ませていただききました。
内容は企業の水平分業と垂直統合について書かれたもので、特に電子産業や半導体産業では設計と製造の分業が進展しEMSが大発展をした。その代表が鴻海精密工業であり、設計側の工場を持たない所謂ファブレスの代表がアップルです。
この水平分業が進展したことには道理があって進展しており、これは世界規模で
製造業の再定義が行われていることに他ならない。(「工場を持っていないメーカーと工場を持ってハードウエア製造に従事するサービス事業者の組合せ」)
しかし、一方で日本企業はそのどちら(工場を持たないメーカー、もしくは工場を持ち製造に従事するサービス事業者)にもなれなかった、というものです。
詳細は是非記事を読んでいただきたいのですが、まずはこの製造業の再定義が進んだ理由として筆者は以下の点を上げています。1.インターネットの普及による社外との取引コスト低下が爆発的に進んだこと。2.(特に米国企業では)ROAやROEを上げ株主価値を最大化する圧力が強く、自社工場や設備をEMSに売却するもしくは設備投資をしない方が効率的な経営とみなされること。3.従来であれば自社のためだけの工場であったものが顧客が分散化することでコスト削減につながったこと、という点を上げています。
一方で何故日本ではこの動きが活性化しなかったという理由がとても興味深いものものです。筆者が上げている理由としては1.元々日本企業では製造受託する企業はOEMと呼ばれ「下請け」とみなされてきた。OEMの発展形とも言えるEMSについても日本企業は「下請け」のイメージを持ち続けたことで「ものづくり」が得意なはずの日本にEMSとなろうとする企業が現れなかった。2.資産圧縮の動機は日本企業にはなく特に20世紀型の日本経営では設備投資の原資は銀行からの借り入れ(所謂メーンバンク制)であったため、資産(特に土地)を売却するなど、担保がなくなってしまう等あり得なかった。3.ハードウエア製造を社内に持ち続けることで国内雇用を維持する必要があった。などの点を筆者は上げています。
私はこの業界出身でもありませんし、専門家でもないので筆者の言っていることが正しいかどうか判断できません。しかし、すくなくとも3.の雇用維持に関しては現在多くの日本企業が海外に生産拠点を移転していることは事実です。また結果としてAppleや鴻海のような(成功?した)企業がないことも事実です。
それ以上にこのような水平分業が日本で活性化しなかった理由をに共通しているのが「日本的な社会構造や企業文化」であることがとても興味深いことなのです。
このような製造業の再定義とまで言える構造改革を従来なら「ものづくり」が得意であった日本企業が「下請け」というイメージやメーンバンク制、終身雇用などの所謂「日本的なもの」で制約を受け、結果的に国際的競争力を損なってしまう結果につながったということなのです。
今後国際的な競争力の強化のためには設計と製造の分業は進展していく方向
でしょう。そのためにはより一層調達・購買の機能は重視される方向になります。
またそれだけでなく、アップルの記事に見られるような短期的な収益だけでない
(コスト削減だけでなく)環境や人権などのCSRへの取組みの強化、ソニーの記事に見られるようなサプライヤとの関係性作りとそれによる製品力の強化、これらの動向を国際的な動向と捉え、「日本的なもの」などの既成概念などを制約とせずに競争力強化を行っていく、このことの必要性を改めて感じる機会となりました。
私の手元に調達購買に関する興味深い記事が3本ほどあります。
まず1本目は購買ネットワーク会の幹事である日本IBMの寺島さんからご紹介が
あったもので、米国アップル社のCEOであるTim Cook氏の株主総会での発言に関する記事です。
http://www.forbes.com/sites/stevedenning/2014/03/07/why-tim-cook-doesnt-care-about-the-bloody-roi/
内容はアップル社の株主総会で株主の一人であるシンクタンクから「アップル社のEnergy Sustainability Programについて、それにかかっているコストの公開を求め収益へ貢献していることだけ実行すべきである。」という指摘をしたのに対してTim Cookは声を荒げ「こういう取組みに対してROI(Return on Investment:投資収益率)云々は関係ない話だ。」「ROIだけにフォーカスした経営を期待するのであれば、株を売っていただいて結構。」という発言に関するものです。
この記事ではこう書いてあります。『これは環境問題、労働者の人権保護、その他のすぐに利益を生まない中長期的な課題に対する取組みも全く同じことが言える』と。
また、『ROI至上主義は20世紀型の古臭いマインドセットであ。米国企業はこの短期的収益を追求させることで多くの企業がダメになった。それに対して21世紀型の創造的な価値観とは、アップル社のように顧客に(総合的に)価値を与え続けることで短期でも中長期でも大きな収益を取っていく企業モデルである』とまで言い切っています。
以前このメルマガ(ブログ)でも触れましたがアップル社はサプライヤ責任に関する進捗報告書を毎年発表しています。また主要サプライヤリストも毎年公開しています。
今年の進捗報告書では451件の監査を実施しており、150万人のサプライヤ従業員を対象にトレーニングを実施するなど、膨大はコストをかけています。
弊社で実施してきた過去の調達・購買部門長向けのアンケート調査でも多くの日本企業でサプライヤのCSRを最近重視する傾向がありますが、正にそれを象徴するような事件(?)だったと感じます。
2本目は2014年3月20日付の日本経済新聞電子版に掲載されたソニーの記事です。
「ソニー、部品メーカー選別 4分の1の250社に」というものです。
内容はソニーが部品調達を抜本的に見直し調達先約1000社のうち、世界の有力250社を選別し戦略パートナーとして密接な関係を築き製品開発期間の短縮や商品の競争力につなげるというものです。
ソニーの調達改革は非常に有名な話ですが、2008年から部品調達を調達本部に集約し、集中購買を推進する一方でサプライヤの集約を図り2500社から1000社にまで削減したという実績があります。
注目すべきなのは今回の戦略パートナー選定については以前のサプライヤ集約
とはその狙いに違いがあることです。記事ではその目的を「部品大手とより密接
な関係を築き製品開発期間を約2割短縮、商品の競争力を高める。」と記しており、従来のサプライヤ集約=ボリュームメリットの享受=コスト削減、という画一的な活動とは一線を画した活動と感じられます。
サプライヤとの関係性を深め、それによりサプライチェーン全体として競争力を強化するという取組みは、これも以前メルマガ(ブログ)でも触れましたがコマツの協力会組織であるコマツみどり会を軸にしたサプライヤマネジメントが事例として上げられます。正に昨今を代表する調達購買の動向事例と言えるでしょう。
最近クライアントからよく耳にする話として値上げと供給力強化が上げられます。
この先少なくとも2020年の東京オリンピックまでは石油製品や工事費などの人件費・資材費は高騰を続けるでしょう。また値上げとセットになるのは供給力不足です。
リーマンショック以降D”Delivery”に対する意識が低くなってきましたが、一方で供給力不足に悩む企業も出ていることは事実です。こういう時期だからこそ、「良いサプライヤを囲い込む」関係性づくりが必要になってきているのです。
3本目は日経BP社のTech-Onに掲載された「電子立国は、なぜ凋落したか」という元・日経エレクトロニクス編集長で技術ジャーナリストの西村吉雄氏が書かれた記事です。
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20140124/329764/
この中の連載第7回の「Appleにも鴻海にもなれなかった日本メーカー」はとても興味深く読ませていただききました。
内容は企業の水平分業と垂直統合について書かれたもので、特に電子産業や半導体産業では設計と製造の分業が進展しEMSが大発展をした。その代表が鴻海精密工業であり、設計側の工場を持たない所謂ファブレスの代表がアップルです。
この水平分業が進展したことには道理があって進展しており、これは世界規模で
製造業の再定義が行われていることに他ならない。(「工場を持っていないメーカーと工場を持ってハードウエア製造に従事するサービス事業者の組合せ」)
しかし、一方で日本企業はそのどちら(工場を持たないメーカー、もしくは工場を持ち製造に従事するサービス事業者)にもなれなかった、というものです。
詳細は是非記事を読んでいただきたいのですが、まずはこの製造業の再定義が進んだ理由として筆者は以下の点を上げています。1.インターネットの普及による社外との取引コスト低下が爆発的に進んだこと。2.(特に米国企業では)ROAやROEを上げ株主価値を最大化する圧力が強く、自社工場や設備をEMSに売却するもしくは設備投資をしない方が効率的な経営とみなされること。3.従来であれば自社のためだけの工場であったものが顧客が分散化することでコスト削減につながったこと、という点を上げています。
一方で何故日本ではこの動きが活性化しなかったという理由がとても興味深いものものです。筆者が上げている理由としては1.元々日本企業では製造受託する企業はOEMと呼ばれ「下請け」とみなされてきた。OEMの発展形とも言えるEMSについても日本企業は「下請け」のイメージを持ち続けたことで「ものづくり」が得意なはずの日本にEMSとなろうとする企業が現れなかった。2.資産圧縮の動機は日本企業にはなく特に20世紀型の日本経営では設備投資の原資は銀行からの借り入れ(所謂メーンバンク制)であったため、資産(特に土地)を売却するなど、担保がなくなってしまう等あり得なかった。3.ハードウエア製造を社内に持ち続けることで国内雇用を維持する必要があった。などの点を筆者は上げています。
私はこの業界出身でもありませんし、専門家でもないので筆者の言っていることが正しいかどうか判断できません。しかし、すくなくとも3.の雇用維持に関しては現在多くの日本企業が海外に生産拠点を移転していることは事実です。また結果としてAppleや鴻海のような(成功?した)企業がないことも事実です。
それ以上にこのような水平分業が日本で活性化しなかった理由をに共通しているのが「日本的な社会構造や企業文化」であることがとても興味深いことなのです。
このような製造業の再定義とまで言える構造改革を従来なら「ものづくり」が得意であった日本企業が「下請け」というイメージやメーンバンク制、終身雇用などの所謂「日本的なもの」で制約を受け、結果的に国際的競争力を損なってしまう結果につながったということなのです。
今後国際的な競争力の強化のためには設計と製造の分業は進展していく方向
でしょう。そのためにはより一層調達・購買の機能は重視される方向になります。
またそれだけでなく、アップルの記事に見られるような短期的な収益だけでない
(コスト削減だけでなく)環境や人権などのCSRへの取組みの強化、ソニーの記事に見られるようなサプライヤとの関係性作りとそれによる製品力の強化、これらの動向を国際的な動向と捉え、「日本的なもの」などの既成概念などを制約とせずに競争力強化を行っていく、このことの必要性を改めて感じる機会となりました。