韓国・中国企業への技術盗用は近年問題視されながらも、今回の東芝のように提訴まで至らずに日本企業が泣き寝入りすることが多いようですが、技術者の転職がその主ルートになっている模様です。なぜこうした技術情報の流出を伴う転職が頻発するのか。日本企業の脇の甘さも指摘されますが、韓中側の誘惑に乗りやすい技術者の「希望的」勘違いもありそうです。

以前、某有名メーカーで働く知人から相談されたことがあります。技術者として10数年にわたり活躍してきた人物です。某所でお会いして以来、時折会食するようになっていました。その「彼」が、以前から韓国企業の日本法人より転職の誘いを受けており、どうしようか迷っているというのです。

色々と事情を訊きました。開発チームのリーダーとして成果を上げてきた実績、それが社業に貢献してきたという自負、今も期待されている開発テーマを抱えているというプライド。その一方で、中韓などの外国企業との競争がますます激化していることを受けて、会社は幾つかの事業のリストラを進めており、今は業績がよいとはいえ、いつ自分の事業部門にも及ぶか分からないこと。さらに技術開発部門での組織体制の変更が進行しており、自分より若い世代にチーム・リーダーを任せる例が増えてきたこと。自分の年齢は40を超えようとしていること、子供の教育費などが随分掛ること、等々。

そんな折に人材紹介企業の人からアプローチがあり、転職の誘いを受けたそうです。最初は興味本位で話を聞いてみるだけ、自分の市場価値はどれくらいあるのか知りたい、その程度の気持ちだったそうです。でも一旦1社の話を聞いてみると心理的ハードルが下がり、複数のヘッドハンターと会ってみるのに時間はそう掛らなかったみたいです。やがて冒頭で触れた韓国企業からの誘いがあり、大きく年収がアップする、そのオファーが魅力的に思えてきたということです。

この相談を受けた際に小生が一番気になったのは、「彼」が「もし有利な条件で転職するなら今が最後のチャンスかも知れない」と言ったことでした。事実そうなのかも知れませんが、どうもこの考え方は、転職することが前提もしくは目的になっているようで、本末転倒の感が強いと思えました。本当に必要なのは、仕事に対しての使命感を強く持てるか、自分を活かせる環境を確保できるか、ということではないかと伝えました。

小生のこの切り出し方に対し、「彼」は意外だと感じたようです。小生が外資系コンサル会社や日本のSI企業に転職して重要な仕事を任された経験をしていることを「彼」は知っているだけに、きっと背中を押してもらえるという期待があったのではないかと思います。もちろん小生も、その転職話が「彼」と家族、そして社会にとっても前向きなものになる期待が高いと思えるのでしたら、相手がどこの国の企業だろうと関係なく応援する気になったでしょう。しかしこのケースは少々きな臭いものでした。

小生は「あくまで選択を決めるのは本人次第」と断ったうえで、その転職に伴うリスクを一つひとつ挙げて、ご本人がどれほど冷静に精査しているのかを確認しました。人材紹介企業の人も一応のリスクは説明するでしょうが、彼らは成功報酬ゆえ転職させてナンボですから、ご当人にリスクを実感させることにはあまり熱心ではないからです。

とりわけ気になったのは、相手が日本法人の副社長クラスだということです。本社マターではないということは、「三顧の礼」というほど重要人物扱いでもなく、いわば「彼」の頭脳にある技術を戴きたいという手軽さを求めている可能性が高いということです。「彼」の開発能力や開発チ−ム運営能力を買って、本社の開発の中枢に据えようという話ではないのです。したがって、「彼」が持っている現在進行形の最先端技術の開発に掛る知識を吸収したら、あとはもう用済みとされる可能性は低くないということです。

もちろん、そうした露骨な言い分ではないでしょうが、同様の転職をした日本人技術者が、知識を吐き出した段階からは大したサポート環境も与えられず、「期待されるパフォーマンスを発揮できなかった」という理由で2〜3年で退職を余儀なくされたという例を少なからず聞いています。

元々韓国企業の中間管理職以下の人たちは日本人が好きではありません(トップの人たちは別の感覚・感情があるかも知れません)。それでも日本企業と付き合い、日本人を採用しようとするのは、あくまで日本が持つ技術・ノウハウ・アイディアを獲得できると考える故の割り切りです。彼ら自身、目標を達成しないと首を切られるので、好き嫌いではなく、効果的な手段があればそれを採用するのに躊躇はありません。したがってその目標・目的を達成したあとも日本人技術者に対し温情を注ぐ理由はありません。用済みとなればお払い箱にすることも躊躇しないでしょう。

「彼」自身は、仮に今携わっている技術開発テーマが完了しても、次の新テーマでの開発にも成功する自信があると言います。しかしそれは今の会社で、気心の知れた開発チーム仲間がおり、開発に関わる諸事をサポートしてくれる色々な部署の人たちをよく知っており、時に多少の無理を聞いてもらえるという環境があるからこそではないですか、と小生は尋ねました。「彼」は考え込みました。

数日後、「彼」からメールが届きました。あの話は断った、今の会社でやれるところまで突っ走る、との趣旨でした。会社はその後もリストラを続けているようですが、少なくとも「彼」の部門は会社の屋台骨を支え続けているようです。