《禍福はあざなえる縄のごとし》という古い諺(ことわざ)がそのまま当てはまるようなテストになった。

 2月26日から28日までの3日間にわたってマレーシア・セパンサーキットで行なわれた2014年2回目のプレシーズンテストは、タイヤとマシンの相性、ライディングスタイルの相違で、明暗がくっきりと分かれた。

 トップタイムを記録したのは、ヤマハ復帰2年目を迎え、今年がまさに現役生活の正念場となるバレンティーノ・ロッシ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)と、毎年チャンピオン候補に挙げられながら様々な不運で王座を逃してきたダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)。

 テスト最終日の3日目、路面温度が過酷にならない午前の早い時間にタイムアタックを実施したロッシは1分59秒999を記録。タイムシートの最上位につけた。そのタイムを誰も更新しないまま終了時刻を迎えるようにも見えたが、路面温度が下がってきた夕刻にアタックを行なったペドロサがロッシと1000分の1秒まで同じ1分59秒999をマークして、トップタイムに並んだ。

 前回のテストでは、ワンメークタイヤの供給元ブリヂストンが2013年仕様と2014年仕様の双方を選手たちに割り当てたが、今回のテストでは2014年スペックのみを供給した。このタイヤ特性がホンダに対して何の問題も出なかったのに対して、ヤマハ側の選手からは「2013年スペックよりも悪くなった」と不満が噴出した。

 特に相性の悪さが際立ったのが、ホルヘ・ロレンソ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)だ。ロレンソは最終日になんとか7番手につけたものの、レース周回を想定したシミュレーションはラップタイムの落ちが激しく、途中で切り上げざるをえない状況だった。

「(深いバンク角で旋回する際の)エッジグリップを得られない」という彼の不満に関しては、ロッシも同様の主旨を初日から訴えていたが、こちらは最終的にトップタイムで終えているだけに、ロレンソほどの深刻な表情にはならなかった。その理由について、ロッシは「僕とホルヘのスタイルの違いも大きいだろうね」と話した。

「エッジグリップが低いので乗りにくいけれども、(深い角度で旋回し、コーナリング速度を稼ぐ乗り方の)ホルヘはエッジで走る時間が長いからね。(今年から燃料の容量が減ったことにより)燃費を向上させるための電子制御でも、その領域で強い癖が出るので、ホルヘは大きな影響を受けているのかもしれない」

 このライディングスタイルの相違に加えて、ヤマハのマシンは本来、旋回速度を高めることでタイムを稼ぐ一方、ホンダはコーナー深くまで突っこんで向きを変えると素早くマシンを引き起こして勢いよく加速する、という特性の違いがある。ライディングスタイルとマシン特性の双方が相まって、ロレンソにもっとも大きな影響が出たのだろう。

 実際にペドロサは、「たしかにエッジグリップは2013年仕様とは異なるから、素早くマシンを引き起こして立ち上がっていく必要がある」と、平然とした表情で語っている。

 そしてこの言葉に続けて「でも、数年前には自分たちにニュータイヤの影響がすごく大きく表れて、どのサーキットでもチャタリングに悩まされていた。あのときはヤマハに何の問題もなかったわけだから。出されたものは食べなきゃね」と、笑いながら述べた。

 車輌特性に違いがあるホンダとの差はともかく、同じマシンに乗るロッシとここまで走りの内容に開きが出ると、たとえプレシーズンテストとはいえ、ロレンソは穏やかな心境ではないだろう。逆にロッシにしてみれば、チーム内の最強ライバルよりもいい内容のテストになったことで、自信とモチベーションを甦(よみがえ)らせるに充分な手応えを摑むことができたようだ。

 ところで、前回のテストで驚異的な走りを披露した21歳の世界チャンピオン、マルク・マルケスは、テスト直前に右脚腓骨を骨折し、現在は休養中。開幕には間に合うようだが、プレシーズンテストはすべてキャンセルを余儀なくされている。しかし、その程度のことでマルケスの勢いは削がれないだろう、というのが選手たちの一致した見方だ。

「(開幕までには)おそらく、いい体調で戻ってくるんじゃないの」とペドロサは気にした素振りも見せないが、ロッシは「前回のテストではマルケスはペドロサより速かったので、今回彼が走行していれば自分たちよりももっと速かった可能性がある。それが気になるところ」と、正直に述べている。

 不在がさらに大きな存在感を他の選手に与える今のマルケスの底知れなさは、ロッシこそがもっともよく理解できるのかもしれない。

 そのロッシは、昨シーズン終了時「2014年前半のパフォーマンス次第で今後の去就を決めたい」とも話していたが、セパンテストをトップタイムで終えた今、来年以降の契約更改と交渉を単年ではなく2年で検討したい、と明かした。

「去年はいいときもあったものの、シーズン最後までトップとの差を詰めることができなかった。そこが心配だったんだけど、今はそんなに悪くない。ピットボックスの中でも、いい雰囲気で仕事をできている。プライオリティは(現役を)続けることさ」

 ペドロサ、ロレンソ、マルケスという現在のトップスリーと互角に戦えるかどうかに関しても、今回の成果で良い感触を得たようだ。「わからないけど、そうでありたいと思う。がんばるよ」と、自信ありげな表情を見せた。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira