マンチェスター・ユナイテッド史上最高の3700万ポンド(約62億円)の契約金でチェルシーから加入したマタ。この1週間、クラブ公式サイト、ツイッター、Facebookなどは関連記事であふれた。その扱いからも、記者会見で隣りに並んだモイーズ監督の心底嬉しそうな笑顔からも、どれだけ待望されてきた存在だったかが手に取るように分かった。「マタのデビューを見逃すな」と公式に謳うのだから、1月28日、カーディフ戦の先発は約束されていた。

 それ以外にも注目点の多い試合だった。ユナイテッドにとっては去年の11月以来のファン・ペルシーの復帰戦。その上、ルーニーも元日以来、ベンチに入った。そして敵将は元マンUのスールシャール。スタジアムは久々の熱気に包まれた。そして我々日本人にとっては、香川真司とポジションを争うマタが活躍できるかどうかが最大の見どころだった。

 ふたをあけてみればマンUは2−0で快勝、最下位を争うカーディフ相手ではあるものの、久々に相手に仕事をさせずに勝利した。マタの活躍によるというよりも、ファン・ペルシーが前線で体を張り、これまで代役を務めてきたヤングやバレンシアとは比べ物にならない精度でゴールに迫った点が勝利に直結した。昨季のリーグ優勝の立役者はファン・ペルシーであり、チャンピオンズリーグのベスト16で敗れたのもファン・ペルシーが活躍できなかったからなのだと、あらためて認識せざるを得なかった。

 先制点は前半6分。左サイドからのクロスにバレンシアが合わせ、バーにはじかれたところにファン・ペルシーがつめて押し込んだ。フィジカルの強さだけでなく、シュート技術の高さが光る。ここまでマンUに欠けていたピースが戻って来た。

 この先制シーンを演出したのはマタだった。中盤からロングボールで左サイドに展開したことが、左SBエブラ、そしてMFヤングへとつながった。特に目立ったパフォーマンスがあったわけではないのだが、長いボール一発で局面を打開する。明らかな意図を持ったパスを出し、それが得点に直結したあたりが、香川真司との違いだろうか。シュートにしてもパスにしても長い距離のものを選択することの少ない香川に比べ、マタのパスは良くも悪くも個の能力でサッカーをしていくマンUのスタイルには合っているのかもしれない。

 前半は味方からの配球が少なく孤立しがちだったマタも、後半になると中盤の深い位置で味方からのボールを引き出すようになった。後半14分の追加点は、左サイドのヤングの個人技で決まったものだが、そこにパスを出したのはまたしてもマタだった。ヤヌザイとの交代で退くと、本人は厳しい表情ではあったが、スタンドはスタンディングオベーションで見送った。

 試合後のマタは冷静だった。

「あと1,2点取れる試合だった。だがチームには勝利が必要だった。もちろん興奮する試合だったけれどね。チームがこのまま(目標であるチャンピオンズリーグ出場権獲得へ)行けるよう努力する」と浮かれたところがない。

 一方でモイーズ監督は「より良くプレイし、より良く勝っていきたい」という、これまでなかったコメントを残した。今季、試合内容に言及することなどほとんどなかったから、この日の勝利で得た手応えの大きさが分かる。

 試合前、BBC電子版はマタ移籍によるloserは香川だという記事を掲載した。ルーザー、つまり敗者だと断定するのはいささか失礼にも思えたが、指揮官の中でマタがファーストチョイスに上がったのは事実だろう。今後はルーニーが先発復帰する際、ルーニーとマタがどこでプレイするのかが議論になるのだろう。

 何を目標にどのようなプレイをしていけばいいのか。香川にとっては悩ましい戦いの始まりを告げる一戦となった。

了戒美子●文 text by Ryokai Yoshiko