店主の内尾由生弥さん&充希さんご夫妻。シックな店内にはマニア垂涎の希少本やポスターなども展示されている。

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近年は映画『ダークナイト・ライジング』などのヒットを受けて、フィギュアなどのキャラクターグッズも含め熱い注目を集めている“アメコミ”業界。
こういったヒーローのものの原作はアメリカの出版社「マーベルコミックス」「DCコミックス」などのマンガ作品なのだが、原作を読んだことのある人は意外に少ないのではないだろうか?

そんななか、東京・高円寺に昨年11月にオープンした「ACBD」は、国内初のアメコミの日本語翻訳本や、フランス語で書かれたマンガ“バンド・デシネ”などを専門に扱うマンガ喫茶。古着屋が立ち並ぶ一角にあり、オープンスペースの店内はスパイダーマンの主人公、ピーター・パーカーの部屋をイメージしたという内装がとても落ち着く空間だ。

自らもアメコミファンである店主の内尾さんに、このユニークなお店をオープンした経緯と、アメコミやバンド・デシネを取り巻く状況などについて聞いてみた。

「アメコミの翻訳本は装丁がしっかりしているものが多いので、定価は1冊2000〜3000円程度。ちょっと興味があるから……と買うには躊躇するような値段なんですよ。私も最初にアメコミに興味を持ち始めたころに調べてみたんですが、こういった作品を読めるマンガ喫茶はなかった。そこで、自分の趣味も兼ねて2012年から試験営業を始めたんです。実は本業で行政書士をしていて、この近所にある事務所の一角をそのまま使っていました」(以下、内尾さん)

昨年11月に正式オープン。蔵書数は現在220冊程度、普通のマンガ喫茶に比べると少なく聞こえるが、国内の出版社に在庫のある翻訳本はほぼすべて揃えている。
また絶版になった作品も随時追加されており、コレクターから借り受けた希少な作品を期間限定で公開するなど、冊数を徐々に増やしているとのこと。利用者は中高生から60代くらいまでと幅広く、親子二代で来店するケースもあるのだとか。

「アメコミブームの最初の波は『バットマン』や『超人ハルク』がテレビで放映されていた1960〜70年代、2番目の波は『Xメン』などの実写映画がヒットした1990年代、3番目の波はまさに今で、2012年公開の『アメイジング・スパイダーマン』や『アベンジャーズ』、あと海外ドラマの『ウォーキング・デッド』などのヒットを受けたもの、という風に言われています。実際に洋画が好きで、原作も読んでみたいからと来ていただいたお客さんが多かったですね。特に今年は、毎月1本くらいのペースでアメコミ原作の映画が公開されるので、ファンもかなり盛り上がっているんですよ」

おなじみスーパーマンやバットマン、スパイダーマンは定番の人気キャラクターだそうだが、アメコミのどんなところがファンを魅きつけてやまないのだろうか。
「アメコミは、まず絵がすごくキレイなんですよ。週刊ペースでモノクロで描かれている日本のマンガとは違って、大半がカラーで描き込みも細かい。あと、大手のマーベルコミックスの作品に多いんですが、その時期の社会情勢を反映した内容の作品も多くて、例えば大統領選の時期にはオバマ大統領がモデルだとわかるようなキャラクターが登場したりと設定がリアルで大人世代向けです。アメコミ業界は完全分業制でストーリーを考える原作者、作画をする“アーティスト”、その中でもペン入れだけをする“ペンシラー”、色だけを塗る“インカー”などに分かれているので、このキャラクターが好きだから読みたいというファンの方もいれば、特定の原作者やペンシラーが好きで、その人が関わった作品を読みたいという方もいらっしゃいますね。あとはアメコミでは“クロスオーバー”という、作品や出版社の垣根を越えてキャラクターが共演する作品があるのが特徴的なんですが、アメリカでは作家でなく出版社にキャラクターの版権があるので、“バットマンとスパイダーマンが戦ったらどっちが強い?”みたいなノリで、内容の自由度が高いのも面白いですよね」

そして一方のバンド・デシネについては聞き慣れない人が多いかもしれないが、おしゃれな男の子が主人公の『タンタンの冒険』、大きな鼻が特徴的な青い妖精が活躍する『スマーフ』などは、実はこのバンド・デシネが原作。ACBDではバンド・デシネのヒット作『闇の国々』などのラインナップをそろえている。

「バンド・デシネの作品は、アメコミとはまた違って絵本のようだったり、絵画のような絵柄のものが多いんです。フランス以外の海外コミックスもそろえていますが、ヨーロッパやアラブ諸国ではアメコミや日本のマンガと違って、マンガ=エンタテインメントというより、社会性が強い内容のものが多い。アウシュビッツの時代を生き延びた人をモデルに、ネズミのキャラクターを使って描かれた作品だとか、革命に身を投じたアラブの女性の人生を描いたものだとか、へヴィな内容のものもあります」

初めて来店した人にはスタッフが声を掛けておすすめ作品を紹介したり、HPにもアメコミ/バンド・デシネ用語集を掲載するなど、初心者が気軽に利用できる空間を目指しているそう。そしてアメコミファンの交流の場としても一役買っているこのお店では、不定期に開催している人気イベントがある。その名も“アメ懇”。

「次回は2月1日開催で、参加者全員で新作映画『マイティ・ソー/ダークワールド』を観に行って、そのあと懇親会をやろうと思っています。アメコミにはネット上のコミュニティはあっても、こういったオフ会のようなイベントが少ないんですよ。過去に3回ほどやってみて、いずれも30名前後の方に参加していただいたんですが“共通の趣味を持っている人と語れる場ができてうれしい”という声が多くて、参加後にみなさんがTwitterやFacebookで交流したりと輪が広がっているみたいです」

アメ懇には10代の参加者もいて、お店でも若年層向けのイベントやサービスなどを考えているそうだが、「お客さんの中から、いずれアメコミやバンド・デシネのアーティストになったり、業界に関わる人が出てきたらいいなと思って」と内尾さん。

今後はアメ懇とは別に、アメコミマニアによる作品解説や、人気翻訳者やアメコミ好きな著名人をゲストに迎えたトークイベントなども検討しているとのこと。
「海外コミックスの1冊当たりの値段が下がって誰でも気軽に買えるようになったら、お店としての使命は絶版になった本を集めることだけなんじゃないかと思っているんですよ。とにかくファンが増えないことには作品自体が出版されなくなってしまうので、それは切ない。日本はこれだけマンガが好きな国なんだから、他の国のマンガだってもっともっと楽しんでいいと思うんです」
(古知屋ジュン)

■ACBD
住所:東京都杉並区高円寺南4-9-8 グランドステータスクリハラ3
営業時間:平日13:00〜21:00、土日祝11:00〜21:00
休日:毎週月曜、第2・4火曜(祝祭日の場合は営業) ※1/24〜29は臨時休業
アクセス:JR高円寺駅南口より徒歩3分