【F1】可夢偉の復活は?来季シート争い最新情報
レッドブルのセバスチャン・ベッテルが圧倒的な速さと強さで史上最多となるシーズン8連勝を飾ったアメリカGP(USGP)。
そのパドックで、最も大きな人だかりができていたのはロータスのホスピタリティユニットの前だった。それはロータスのロマン・グロージャンがレッドブルのマーク・ウェバーを下して今回2位表彰台を獲得したからではなく、2014年に向けて、このチームが、パドックの話題の中心になっているからだ。
先週末になって突然、ロータスのキミ・ライコネンが古傷の背中の手術を受けることになり、チームは代役探しに奔走することとなった。結果的にケータハムのリザーブドライバーを務めていたヘイキ・コバライネンが起用されることになったが、彼は先週火曜の夜に電話でオファーを受け、水曜にイギリスのファクトリーでシート合わせや準備をし、木曜の昼過ぎにアメリカのオースティンに到着してチームに合流した。
この、なんとも慌ただしい代役決定の背景には、ロータスの来季シートを巡る微妙な情勢がある。
ロータスは今回の代役を選ぶにあたって、7人ものドライバーをリストに挙げ、実際にニコ・ヒュルケンベルグ(現ザウバー)や、すでに引退したミハエル・シューマッハなど、複数のドライバーにオファーをしたものの断られていた。誰もが座りたいはずの有力チームのシートであるにもかかわらず、だ。
それは、ロータスの財政難が影響している。実は、昨年のサラリー遅配に加え、ライコネンには今季の契約金が1ユーロも支払われておらず、チーム離脱の原因のひとつになっていた。そして、今回の代役に対しても、契約金を用意していない。ヒュルケンベルグはオファーを断った理由をそう証言している。
ロータスは、アメリカの投資ファンド「クアンタム」から数百億円規模の莫大な資金を得る契約を結んでおり、それを元にチームの財政状況を立て直して、ライコネンの後任としてヒュルケンベルグを起用するつもりだった。しかし、10月中に支払われるはずだったその資金はまだ振り込まれておらず、このままではヒュルケンベルグの獲得を断念して、ほかのドライバーのスポンサー持ち込み資金に頼るしかなくなる。
つまり、ロータスの来季の残り1席(もうひとつはグロージャンが残留)は、ヒュルケンベルグか、ベネズエラ企業の潤沢な資金がついてくるパストール・マルドナド(現ウイリアムズ)になる公算が高い。今後、クアンタムの資金がロータスに投入されれば、そのときマルドナドは資金を持ってフォースインディアかザウバーに行くことになるはずだ。
このロータスの状況もあって、10月はしばらく膠着状態にあったF1のストーブリーグだったが、USGP直前に相次いで動きが出てきた。
まず、ウイリアムズはフェラーリ離脱が決まっているフェリペ・マッサの獲得を決めた。マッサはマルドナドと同じニコラ・トッドがマネージャーを務めており、おそらくマルドナドとともにチームを離脱するPDVSA(ベネズエラ国営石油企業)からの違約金支払いを条件に、マッサと契約を交わしたものと思われる。同時に、マッサが持ち込むブラジル企業のスポンサー資金もあり、ウイリアムズは財政面の安定を選んだことになる。
その一方で、マクラーレンはメキシコ人ドライバーのセルジオ・ペレスを放出し、自社育成ドライバーのケビン・マグヌッセンをデビューさせることを決めた(もうひとつのシートはジェンソン・バトンの残留が濃厚)。当初はメキシコの通信企業テルメックスの資金獲得を視野に入れて起用したペレスだったが、2015年からホンダとの提携が決まったマクラーレンは財政的不安がなくなり、実力重視でマグヌッセンの起用を決めたのだ。
今季、「フォーミュラ・ルノー3.5」でチャンピオンを獲得したマグヌッセンは、まだ21歳だが、マクラーレンの英才教育を受けており、日常的にマクラーレンのファクトリーでシミュレーターをドライブしてF1マシンの開発に従事している。昨年と今年の若手ドライバーテストにも参加してF1マシンをドライブしており、レギュラードライバーと遜色ない走りを見せるなど、その実力は折り紙つきだ。
マクラーレンが新人を起用するのは稀(まれ)で、ルイス・ハミルトン(現メルセデス)以来のこと。しかし、マグヌッセンはすでにチームの一員としてグランプリに帯同しており、着々とF1の世界で経験を積んでいる。チームは、彼の参戦初年度からの活躍に期待しているというより、2015年以降の「マクラーレン・ホンダ」体制に向けての育成を念頭に置いている。
そのほか、レッドブル、フェラーリ、メルセデスといった上位チームやトロ・ロッソのシートはすでに決まりつつあり、残る空席はフォースインディア、ザウバー、ケータハム、マルシアになる。
フォースインディアは、前述のとおりマルドナドかヒュルケンベルグが濃厚と言われている。ヒュルケンベルグがロータスに入り、マルドナドがザウバーを選んだ場合、ポール・ディ・レスタ残留の可能性もある。
ザウバーはロシアからの莫大な資金が投入されると言われているが、その実体はまだ見えてこない。そのスポンサーの動き次第で、マルドナド獲得の可能性も十分にあるだろう。また、マクラーレンのスポンサーから離脱するメキシコ企業のテルメックスが、来季のザウバーに資金を集中する場合、メキシコ人のエステバン・グティエレスを残留させ、もうひとりはセルジオ・ペレスを走らせることになりそうだ。
ケータハムは、現在ルノーの準ワークスチームとして運営されており、ルノーの支援を受けるフランス人シャルル・ピックの残留がほぼ確定。さらに、コバライネンも契約目前だという。
マルシアはフェラーリの支援を受けるジュール・ビアンキの残留が決まっており、残る1席も莫大な資金を持つマックス・チルトン残留の可能性が高い。また、30億円規模の資金を持つギド・ヴァン・デル・ガルデも、マルシアやザウバー、フォースインディアなど資金面に不安のあるチームのシートを狙っている。
いずれにしても、彼らはみなクアンタムとロータスの動向を見守っている状態だ。そこが決まればドミノ倒しのように一気に他のシートも決まっていくことになる。
そんな中、残念ながら小林可夢偉の名前はまったくと言っていいほど聞こえてこない。USGPが開催されていた週末、可夢偉はF3の世界一決定戦が行なわれているマカオを訪れていたようだが、そこで何らかの交渉を進めていたのだろうか。
可夢偉は2014年のF1復帰にこだわる姿勢を見せているが、上記のようなシートを争うドライバーたちの顔ぶれと資金力を見ると、可夢偉の置かれている状況はかなり厳しいと言わざるを得ない。
来季はマシンの技術規定が大きく変わるだけに、チーム側はまず実力優先でドライバーを選びたがっている。完全に白紙からのマシン開発になるため、それを担うことのできるドライバーでなければ大きく後れを取ってしまう可能性があるからだ。
持ち込み資金の額がものを言う「ペイドライバー」が横行する風潮に対して批判がなされてもいるが、来季のシート争いに名前の挙がっているドライバーは、いずれも今季のF1のパドックにいるドライバーばかりだ。つまり、資金力だけでなく、どんなかたちであれF1界にいることが大切なのだ。
USGPで、ライコネンの代役としてロータスのマシンに乗ったコバライネン(結果は15位)は、自身が起用された理由を次のように語った。
「今年、ケータハムのリザーブドライバーとして何度も金曜フリー走行に参加していたことが、とても大きかったと思う。それこそがロータスが僕を選んでくれた要因だろう。今シーズン、フリー走行を経験していなければ、彼らが僕にオファーすることはなかっただろう」
日進月歩のF1界において、最新のF1マシン、最新のF1タイヤを経験していないドライバーを起用するのは、リスクが大きすぎるということだ。レースシートを得られなくとも、フリー走行やシミュレーターなど、F1マシンに触れる手段はある。コバライネンしかり、マグヌッセンしかり。とにかく、F1のパドックにいることの意味は極めて大きいのだ。
「F1に乗れないと分かった今年の初め、僕が目指したのはとにかくF1界に残ることだった。たとえリザーブドライバーだとしてもね。でも、その決断が、今シーズン最後の2戦に、ロータスで起用されることにつながったと思うよ」
コバライネンの言葉を聞くにつけ、シート獲得のため、F1の世界に留まり続けることの重要性を、あらためて痛感させられた。
米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki