鈴木亜久里、プロストが参戦する「フォーミュラE」って何だ?
「元F1ドライバー・鈴木亜久里氏の率いるスーパーアグリがフォーミュラEで復活!」
2006年から約3シーズン、佐藤琢磨らを擁してF1グランプリで活躍したスーパーアグリが再び世界の檜舞台に帰ってくる、という突然のニュースに驚かれた人もいるだろう。でも、もしかしたらスーパーアグリの復活よりも、「フォーミュラEって何?」と思った人のほうが多いのではないだろうか。
今回、スーパーアグリが参戦を表明したのは、F1などのモータースポーツを統括する国際自動車連盟(FIA)が新たにスタートさせる「FIAフォーミュラE選手権」。F1マシンのようなシングルシーター(ひとり乗り)の電動レーシングカーによるレースシリーズだ。2014年9月の中国・北京を皮切りに、約10ヵ月をかけて世界10ヵ国を転戦する。
かつてフェラーリのF1チームで監督を務めた現FIA会長、ジャン・トッド氏の肝いりで始まるフォーミュラE選手権は、「電気自動車(EV)のF1」とも呼ばれているが、それもそのはず。このシリーズの立ち上げには、トッド氏だけでなく、F1に関わっている数多くのメーカーや人物が参加している。
車体は、かつてF1に参戦し、現在はGP2やインディカーにワンメイクシャシーを供給するイタリアのダラーラ社が製作。F1チームのマクラーレンとウイリアムズの関連会社が、モーター及びトランスミッションなどのパワートレインとバッテリーを供給する。タイヤは、フランスのミシュランを採用。今シーズン、F1でレッドブルとセバスチャン・ベッテルのチャンピオン獲得に貢献したルノーは、マシンを供給するスパーク・レーシング・テクノロジーのテクニカルパートナーとして、フォーミュラEをサポートする。ルノーは本業の自動車メーカーとしての役割と同様に、各サプライヤーが供給するパワートレインやバッテリーなどを車体に組み込んで、1台のマシンとして仕上げることになる。
2014年シーズンの参加チームは10チーム・計20名のドライバーを予定しているが、その顔ぶれも豪華だ。鈴木亜久里がエグゼクティブチェアマンを務める「スーパーアグリ・フォーミュラE」だけでなく、世界各国からビックネームの参戦が決まっている。F1で4度の世界チャンピオンに輝いたアラン・プロストが設立したフランスの「e.dams」、F1やインディで大活躍した伝説のレーシング一族、アンドレッティ・ファミリーが率いるアメリカの「アンドレッティ・オートスポーツ」。レース界の重鎮たちが、早くもフォーミュラEへのエントリーを発表している。
前述したように、開幕戦の舞台は中国の北京になるが、レースは鈴鹿サーキットのような常設コースではなく、基本的にモナコに代表される市街地コースで行なわれる。開催地は北京、ロンドン、ベルリン、ロサンゼルス、マイアミなどの世界的な大都市や、モナコやウルグアイのプンタ・デル・エステなど、有名なリゾート地が中心だ。FIAは、多くの人が集まる場所でイベントを開催することで、大気汚染対策となるEVの普及促進を狙っているのである。
FIAの目論見を実現するためには、面白いレースを提供すると同時に、「EVは使える」ことを観客にアピールする必要がある。現在、世界でEVの普及がなかなか進まないのは、1回の充電で走れる距離が短いことが大きな原因だからだ。
しかし、初年度のフォーミュラEでは、約1時間のレースを1台のマシンで最後まで走り切ることができないという。将来的にはアメリカの無線通信技術大手クアルコムの協力を得て、専用の給電レーンを通過すればバッテリーの充電が可能となるシステムを導入する予定だというが、初年度に関しては、ドライバーはピットストップが義務付けられ、その都度、マシンを乗り換えることになる。
シングルシーターの短距離(スプリント)レースは、基本的にどの選手とマシンが一番速いのかを争う競技だ。それが、ピットインするたびにマシンを交換するとなれば、正直、興ざめなレースになってしまうかもしれない。
また、著名な元ドライバーを看板にしたチームのエントリーはあるものの、有力現役ドライバーの参戦発表はない。F1ドライバーの中にはEVレースに懐疑的な声を上げる選手も多く、日本人の現役トップドライバーの数人にも話を聞いたが、やはり、「今のところは興味がない」という返事が帰ってきた。フォーミュラEの未来像がある程度はっきりするまでは、第一線で活躍するドライバーたちが参戦を躊躇(ちゅうちょ)するのは仕方ないのかもしれない。
さらに、世界のEV市場や技術をリードする日本・アメリカの自動車メーカー、サプライヤーの参戦がないのも気がかりな点だ。フォーミュラEには、「環境に優しいEVを普及させる」という啓蒙活動の側面もあるだけに、やはり当事者の自動車メーカーが契約するワークスドライバーを送りこみ、レースを戦いながらEVの技術を向上させるという、「走る実験室」にしていくのが理想だろう。しかし、次世代自動車の本命はEVではなく、水素を燃料とするFCV(燃料電池車)と考えている自動車メーカーもあり、日産とともにEVを積極的に推進するルノー以外に今のところ参入の動きはない。
都市の中心部やリゾート地で、排気ガスゼロ&爆音もしない電動のレーシングカーで戦われるフォーミュラE選手権は、今後のレースのあり方を大きく変える可能性を秘めている。しかし同時に、既得権益を持ったヨーロッパのレース関係者による、単なるエキシビジョンマッチに終わってしまうかもしれない。夢のある新たなレースが始まる前に、あまり否定的なことは言いたくないが、その可能性は十分にある――。
川原田剛●文 text by Kawarada Tsuyoshi