「今まで、記録を破ろうと特に意識したことは一度もない」

 シーズン最終戦のバレンシアGPで、史上最年少の年間総合優勝記録を30年ぶりに更新したマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)は、無邪気に笑いながら語った。

 おそらく、それは偽りのない本心だろう。開幕直後の第2戦アメリカスGP予選で史上最年少ポールポジション記録を塗り替え、翌日の決勝レースで史上最年少優勝記録を更新したときも、その後、シーズン半ばに史上最年少連勝記録をどんどん書き換えていったときも、そして今回のバレンシアGPで、フレディ・スペンサーの持つ記録(21歳258日/1983年)を大幅に上回る20歳266日で史上最年少チャンピオンを獲得したときも、マルケスはただ全力で走ってレースとバトルを楽しみ続けた結果、記録のほうが勝手に更新されていった、という印象がある。

 最高峰クラス参戦初年度に総合優勝を達成するのは、1978年のケニー・ロバーツ(当時27歳)以来35年ぶり史上ふたり目の快挙だが、今回のチャンピオン獲得は時間の問題とも見られていただけに、この事実にはもはや誰も驚かなくなっていた感さえある。

 拍子抜けするほどあっさりと数々の記録が更新されていった一年だったが、おそらく、歴史が作られていくときというのはそんなものなのだろう。バレンティーノ・ロッシが登場したときも、その鮮やかな天才ぶりは周囲を驚嘆させ続けたが、マルケスの才能はそれとはまた異なるタイプの天才が登場したことを強く印象づけた。

 そのぬきんでた資質を喜び、最も高く評価していたのが当のロッシであったことは、これまで紹介してきた彼の数々の言葉からも明らかだ。

 マルケスは今後も、ロッシ、スペンサー、ロバーツという二輪ロードレースの歴史を作ってきた天才たちと比較され続けるのだろうが、なんといってもまだ二十歳である。いくらずば抜けた才能の持ち主とはいっても、まだ完成形には至っておらず、荒削りな部分も多分に残している。

 今季、最終戦までチャンピオンを争ったホルヘ・ロレンソ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)は、マルケスに対して以下のような評価をしている。

「マルクは、才能と貪欲さの双方を備えている。彼はいつでもトップを走りたいと思っているので、彼の前にいるときは気を抜くことができない。自分と全然別のライディングスタイルで、自分の場合は正確でコンスタントな乗り方だけど、マルクはまだ不正確なところがある。彼の短所が自分の長所であり、自分の短所が彼の長所なのだと思う」

 マルケスのチームメイトで、こちらもシーズン終盤までチャンピオンを争ったダニ・ペドロサも、ロレンソと同様の見方をしている。

「意志と能力を兼ね備えているのは彼の大きな武器だと思う。ただ、欠点は、いつも限界で走ってしまうこと。その結果、ときにコントロールできなくなって転倒してしまう。つまり、経験の浅いところが彼の弱点なのかな」

 年長のライバルであり同郷スペインの先輩でもあるロレンソとペドロサが指摘する弱点は、マルケス自身もよく自覚しているようだ。

「まさにそのとおりで、特にシーズン前半は、彼らについていくために全セッションでいつも限界で走っていた。だからあんなに転倒してしまった。今年は、転倒回数でもぼくがトップだったんじゃないかな(笑)。でも、シーズン後半は、マージンを持って走れるようになった。予選では限界で走っても、レースでは状況をコントロールできるようにもなってきた」

 実際、この日の決勝レースでマルケスは、中盤周回以降に激しいバトルを展開するロレンソとペドロサの戦いから一歩退いた位置で、冷静に様子を見極めながら3番手を走行した。
「自分も一緒にバトルをしたかった。でも、チャンピオンシップのほうが大事だと自分に言い聞かせて、レースを終えたんだ」

 全30周のレースは、ロレンソが優勝。ペドロサが2位でチェッカーを受けた。

 最低でもマルケスの前でチェッカーを受けなければ逆転チャンピオンの可能性が潰えるロレンソは、前戦日本GPでも見せた鬼気迫る速さを今回も見せつけて、執念が凝縮したような走りでシーズン終盤3連勝を達成した。

「ベストを尽くして戦い、プレッシャーをかけようともしたけれど、マルクは落ち着いて集中力を欠かさなかったので、彼を乱すことができなかった。さすが、チャンピオンを獲るだけのことはある」

 この日のロレンソは、まちがいなく世界最速の高潔な敗者だった。

 来年は攻守の立場を入れ替えたこのロレンソやペドロサ、ロッシたちが、20歳で世界の頂点に登り詰めた若者に挑みかかることになる。

 そこでまた、数々の新たなドラマが織り上げられていくのだろう。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira