ストレートが良ければ変化球も良くなる。しかし変化球が良くてストレートも良くなるということはあり得ない。変化球は、ストレートの腕の振りで投げることにより鋭さを増す。しかし変化球ありきの腕の振りでストレートを投げても、ストレートに伸びは生まれない。涌井投手はここ数年、変化球ありきの投手になっていたのだ。実はこれに関して渡辺監督は数年前から指摘していた。涌井投手の年齢的にも、もっとストレートで押すピッチングをしなければならないと事あるごとにコメントしていた。その渡辺監督の不安が具現化したのが今季だったというわけだ。変化球に頼るピッチングを続けたことによりストレートが威力を失い、ストレートが威力を失ったことで変化球も活きなくなり、打者をまったく抑えられなくなってしまった。それが今季最初の3登板、先発をした3試合の内容だったというわけだ。

涌井投手の中には、いつでも親友でありライバルでもあるダルビッシュ有投手の存在があったはずだ。そのダルビッシュ投手が変化球主体のピッチングで活躍を続けたということもあり、涌井投手も少なからずそれに倣った部分はあったはずだ。だがダルビッシュ投手と涌井投手とではタイプがまったく異なる。タイプが異なる投手のピッチングを、広い面で真似ても好成績が付いてくることはない。もちろん良い投手を参考にするということは、自らを高めるためには必要なことだ。だがそれにより自らの長所を殺してしまっては本末転倒となる。

変化球を主体とした点と、遊離軟骨の存在は果たして無関係だったのだろうか。例えばスライダーという球種は、どうしても肘を下げてしまう傾向にある。スライダーを多投したことにより投球時の肘が下がり、それが原因で軟骨剥離が起こったとは考えられないだろうか。治療結果の閲覧、投球動作解析を知ることができないため、何とも言えないところではある。しかし可能性としては十分にあり得るはずだ。

ここ数年で、涌井投手は自らのピッチングを大きく見直すことができたはずだ。そしてそれにより、今まで以上に自分自身への理解を深めたはずだ。これは決して無駄なことではない。自らへの理解を深めたことにより、マウンド上でさらなる冷静さを保てるようになる。ピッチャーはマウンド上では冷静でいなければならない。喜び過ぎてもいけないし、落ち込み過ぎてもいけない。何事も過ぎたるは冷静さを失う原因となってしまう。そういう意味では今季前半の涌井投手は、マウンド上で冷静ではなかった。打たれた時も、「なぜ打たれるんだろう」という涌井投手の思いが表情に色濃く表れていた。そしてその表情を読み取った打者は逆に勇気を得て、畳みかけてくることになる。

ここ数年の涌井投手の経験は、間違いなく今後の涌井投手にとって大きな糧となるはずだ。来季はエースとしての誇り、責任感と取り戻し、間違いなくチームの優勝に貢献してくれるはずだ。エース涌井秀章の存在なくしてライオンズの優勝はない。今季ライオンズが優勝できなかったのは、エースの座に涌井秀章の存在がなかったからだ。だが来季は違う。涌井秀章という投手がエースの名を取り戻すことにより、同時にライオンズも優勝をするための条件を取り戻すことになる。この条件が整えば、1年後はきっと、ライオンズが日本シリーズの舞台に立っているはずだ。