もし投手コーチが渡辺監督よりも年下であったならば、例えば涌井投手を最後まで守護神として起用したかったとしても、それを強く進言することはできなかったはずだ。もし渡辺監督に「涌井を先発に戻す」と言われれば、それ以上何も言うことはせず、監督の言葉にただ従っていたはずだ。それを考えれば、結果的には杉本投手コーチの起用はフロントのファインプレーだったと言える。そして涌井投手を最後まで守護神として起用し続けたことは、渡辺監督の最終決断同様、杉本コーチの助言が功を奏した結果ではないだろうか。

筆者はシーズン中、杉本コーチの投手起用を批判することもあれば、称賛することもあった。その両方の記事を読んでくださった方であれば、筆者が杉本コーチに対し偏見を抱いていないことを分かっていただけると思う。中には杉本コーチに対し厳しい批判ばかりを繰り出すファンもいるようだが、筆者はあくまでも結果に対する根拠を示した記事しか書いてはいない。ファンにはプロのプロセスを見ることはできない。普段、杉本コーチがどのような指導を行い、どのような言葉を選手にかけているのかを知ることができない。そのため、試合の結果に対してしか何かを言うことができない。そこがこうして記事を書いていく上で、筆者自身、最も葛藤を抱えている部分ではある。そして勘違いされるだろうなと考えながらも、どうしても書いておきたいことはそれを恐れず書くようにもしてきた。

今季こうして記事を書いていて、最も難しかったのが杉本コーチに関する記事だった。ファンの中で杉本コーチの評判は頗る悪い。それは過去の投手コーチ経験において、杉本コーチがそれほど芳しい結果を残していなかったせいだろう。そして就任直後にチーム防御率を悪化させることが多かったためだろう。だがチーム防御率は、例えば主軸投手1人が怪我でシーズンを棒に振っただけで簡単に悪化してしまう。杉本コーチはそのような不運を多く踏んできたコーチなのだ。

だがその経験を、今後ライオンズで存分に活かしてもらいたいと筆者は考えている。そしてその経験が、今季の投手起用を生み出したのだろうと同時に考えている。つまり涌井投手の守護神起用や、マイケル投手の先発起用だ。このような急場を凌ぐためのアイデア、柔軟性が杉本コーチには備わっていた。もし杉本コーチに過去、軟弱な投手陣を指導した経験がなければ、渡辺監督が涌井投手を先発に戻すと考えれば、何も言わずにそれに従っていたはずだ。それどころか渡辺監督よりも早く、涌井投手を先発に戻したがったはずだ。野球は、いくら素晴らしい守護神がいたとしても、安定した先発陣を形成することができなければシーズンを勝ち抜くことはできない。それを考えれば、守護神よりも先発を優先させることはごくごく自然な考え方だと言える。

中には、先発陣を崩してでもリリーバーを充実させる監督もいる。だがそれをしたチームはここ数年、明らかな低迷期を迎えている。先発陣を崩してまでリリーバーを充実させるという考え方は、勝利には直結しないのだ。守護神とは、安定した先発陣あってこその存在であり、守護神あっての先発陣という考え方は決して成り立たない。

そんな中でも、上述したような渡辺監督と杉本コーチの考えにより、涌井投手は今季、最後まで守護神として投げ続けた。その結果リリーフだけの成績を見ると1勝2敗30S、防御率2.57、49回、14失点という好成績を挙げた。先発としては僅か14イニングで12失点していたが、リリーフでは49イニングで僅かに14失点。この数字を見れば、涌井投手が如何に復活を遂げたかがよく分かる。ストレートには力が戻り、前半戦では空振りをまったく取れなかったのが、終盤戦ではそのストレートで多くの空振りを取れるようになっていた。