世田谷文学館「地上最大の手塚治虫」展は7月1日まで、郡山市美術館の鉄腕アトム連載60周年・映画ブッダ製作記念「手塚治虫展」は6月3日まで開催中。

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手塚治虫生誕80周年記念「手塚治虫文庫全集」という企画をご存知でしょうか?
1977年から1997年まで、20年間にわたり刊行された講談社版「手塚治虫漫画全集」全400巻をリニューアルし、文庫サイズで全200巻に再編集したもの。2009年10月に『鉄腕アトム 第1巻』からスタートしたこの企画が、足かけ3年を経て今月、『新寳島オリジナル版』など4冊の刊行で遂に200巻に到達、終幕を迎えたのです。

文庫で200冊、総ページ数8万ページ! というそのボリュームに改めて驚かされますが、実際のところ僕らはそんな手塚治虫をどれだけ知っているのか……。『火の鳥』や『ブラック・ジャック』などのメジャーどころは押さえていても、初期作品や短編など意外と知らない作品も多い。かといって200冊どこから追いかければいいかもわからないし……。改めて「手塚治虫の読み方」をおさらいしたいなぁと思ったいたら、ちょうどピッタリの展示会が開催されているのですよ。東京は世田谷文学館で開催中の「地上最大の手塚治虫」展がそれ。
企画意図からして、<私たちは、果たして本当に手塚作品を読んできたのでしょうか。手塚治虫がその作品を伝えたいと信ずるに足る〈読者〉になっているのでしょうか。「マンガの神様」とも呼ばれた手塚治虫に、〈読者〉はどう向きあうのか。本展ではこの問いに挑みます。>と、これから&今更だけど手塚治虫を読んでみたいという人向け。実際、手塚ワールドの特徴と背景をしっかり押さえてくれていて、まさに「手塚治虫の教科書」的展示会。手塚治虫については、たくさんの関連書籍やWiki先生でも知ることができる情報かもしれませんが、原画や縁の品350点とともに振り返ることで納得の度合いが全く違ってきます。5部構成で、手塚治虫の育った環境、作品の背景、キャラクター造形のこだわりに触れることができるのです。

<Lesson1 ぼくは漫画家>
手塚治虫年表とともに、手塚治虫が育った街・宝塚の思い出について語られています。なぜ手塚が『リボンの騎士』という少女漫画が生み出せたのか。その源泉に気づかされます。

<Lesson2 手塚治虫 その時代>
作品が描かれた当時、またはその作品世界の中の時代に実際どんな出来事があったのか。時代背景とともに振り返る作品解説は、歴史と人間を浮かび上がらせる手塚治虫の漫画家としてのテーマに触れることができます。
『アドルフに告ぐ』と<1945年>、『鉄腕アトム』『火の鳥』『W3』の3作品で振り返る<1970年・未来の作り方>の展示では手塚治虫の先見の明と普遍性を痛感! そして<1989年・未完の三作に託したもの>の展示では『グリンゴ』『ルードウィヒ・B』『ネオ・ファウスト』という未完の3作品の企画意図に触れつつ、バブル崩壊以降の人間の生き様について自身が死ぬ間際まで思いを馳せていたことがわかります。

<Lesson3 スターシステム 愛すべきキャラクターたち>
輝く7人のスター(『ジャングル大帝』『どろろ』『三つ目がとおる』『鉄腕アトム』『ブラック・ジャック』『リボンの騎士』)もしっかり押さえてあるのですが、名脇役たち(ヒゲオヤジ、アセチレン・ランプ、ロックホーム、猿田、サファイア、スカンク草井、そして手塚治虫など)がより目立つように解説されているので、手塚治虫的手法の代名詞でもある「スターシステム」について理解が深まる企画です。

<Lesson4 ストーリーマンガを読む力は生きる力>
『ブラック・ジャック』の中でも人気の高いエピソード「二つの愛」を丸々一本原画で読めるのですが、ここではLesson3で学んだ「スターシステム」の実践例としてもおさらいできるので、ぜひ各コマの細かいところまで注意深く見ていきましょう。というのも「二つの愛」はとりわけゲストキャラが多い作品なのです。アセチレン・ランプ、お茶の水博士、アトム、手塚治虫などおなじみのキャラたちがちょっとずつ出てくるのでそれらを探すだけでも楽しい。またサファイヤとブラッドという『リボンの騎士』において結ばれなかった2人が夫婦役を演じているのも嬉しいファンサービス。原画だからこそ引き込まれる力と、短編小説としての『ブラック・ジャック』の魅力に触れる絶好の機会です。

<Lesson5 手塚治虫を読んでみよう>
もうね、この1点だけでもこの展覧会は元が取れます。手塚治虫作品の数々がドーンと陳列されていて自由に読めてしまうのです。丸一日いても時間が足りないこと間違いなし。『鉄腕アトム』なんかのメジャーどころであっても、ネットカフェだと古い作品は置いてなかったりしますから、これはたまらなく嬉しい企画。実際、この展示会のタイトルの所以でもある『鉄腕アトム 地上最大のロボット』を、私ここで初めて読むことができました。Lesson1〜4だけでもじっくり見ると1〜2時間かかる上でのLesson5! お出かけの際はぜひたっぷりと時間の余裕を作ってください。


遠方の方で、東京までは行けないよ、という方。毎年どこかで手塚治虫展が開催されていますのでそちらもぜひチェックを。2012年は福島県郡山市の郡山市美術館で、鉄腕アトム連載60周年・映画ブッダ製作記念「手塚治虫展」が開催中です。
こちらの展示会も手塚治虫の世界観を原画で振り返り、楽しめるのは世田谷と一緒。スターシステムに関しては各キャラクターの所属プロダクションやギャラもわかったりと珍しい展示も満載です。
郡山市美術館の展示でより特徴的なのは、宝塚市で昆虫採集に夢中だった少年時代、戦争とともに経過した青年時代のエピソード、医学が漫画の道かで悩み母親に相談するエピソードなど、人間・手塚治虫の形成の歩みをとても丁寧に掘り下げているところ。小学生時代の作品も展示してあるのですが、この頃すでにヒョウタンツギが登場していたりSF作品に取り組んでいたりと、根っからの漫画人であったこともわかってきます。
また、アニメーター・手塚治虫についてもスペースを割いて特集されています。絵コンテの数々や虫プロの1日を知ることができる記録フィルムなどからは、漫画界だけでなくアニメーション界にも革命を起こした手塚治虫を振り返ることができます。


世田谷の手塚治虫展がより作品にスポットを当てているとしたら、郡山市の場合は人間・手塚治虫展と言えるかもしれません。手塚ファンならばぜひ両方見ることをオススメします。いずれにせよ、どちらの展示会も手塚治虫の生原稿に触れられる絶好の機会。スクリーントーンが少ないことは知っていましたが、ベタ塗りの多さは今回生で見るまで気づいていませんでした。生と死、人間の生き様を描く手塚治虫ならではのコントラストの妙を痛感します。
緻密に描かれ、細かく伏線が張られた今の漫画ももちろん大好きだけど、漫画好きならやっぱり「基本」をしっかり押さえておきたいよね。

■東京都世田谷区:世田谷文学館 「地上最大の手塚治虫」展(〜2012年7月1日まで)
[入場料]一般800円、高校・大学生600円、65歳以上・障害者手帳をお持ちの方400円/中学生以下は無料
[休館日]毎週月曜日

■福島県郡山市:郡山市美術館 鉄腕アトム連載60周年・映画ブッダ製作記念「手塚治虫展」(〜2012年6月3日まで)
[入場料]一般1,000円、高校・大学生500円/中学生以下・65歳以上・障害者手帳をお持ちの方は無料
[休館日]毎週月曜日
(オグマナオト)