前回のレポートではヨーロッパ・リーグ予選を扱いましたが、今回はチャンピオンズ・リーグ予選を取り上げましょう。チャンピオンズ・リーグといえば「メガクラブの華やかな祭典」というイメージが強いですが、本来はその名の通り、ヨーロッパの優勝クラブが覇権を争う大会です。放映権高騰で莫大な収益が動くが余り、メガクラブらの圧力で上位リーグの2位も参加できるようなったのが14年前。その後は「チャンピオンズ」の名前に反して3位や4位のクラブまでもが出場し、準決勝に同じ国の3クラブが進出することすら稀でなくなりました。中小国の票を得てUEFA会長に就任したミシェル・プラティニの甲斐もあり、2年前より予選ラウンドがリーグランク下位の優勝クラブと、リーグランク上位の優勝しなかったクラブに分かれたことで不公平感は幾分と解消されました。それでも本選進出はまだまだ狭き門。リヒテンシュタインを除くUEFA加盟国52ヶ国の王者のうち、リーグランク14位以下の39ヶ国のクラブが、わずか5つの座を賭けて戦っています。

nogomet-254009.jpgクロアチア在住時からチャンピオンズ・リーグ予選ラウンドを取材し、その重みと困難さを感じてきました。リトアニアに移って初の取材となるカードは、予選二回戦第2レグの「エクラナス・パネヴェジース(エクラナス)vs.バレッタ(マルタ)」。クロアチアと違い、どちらも国も未だかつて本選経験がありません。
このブログでも二度登場しているエクラナスは、目下国内リーグ三連覇中のリトアニアの強豪。リトアニアのリーグランクは32位でバルト三国で最上位に位置します。しかし、エクラナスはここ二年、二回戦から出場すると同時にバクー(アゼルバイジャン)、HJKヘルシンキ(フィンランド)に敗れてきました。過去に戻り、他の欧州カップを含めたとしても二回戦が最高の成績。このステージが彼らにとって最大の壁となっています。

nogomet-254012.jpg一方、マルタのリーグランクは加盟国では下から二番目の52位。リーグ優勝20回を誇るマルタの古豪バレッタは、昨季一試合も負けることなく3年ぶりのリーグ優勝を達成しました。ちなみに一シーズン前にはヨハン・クライフの息子ジョルディがこのバレッタで現役最後のシーズンを送っています。
サンマリノ、マルタ、アンドラ、ルクセンブルクの王者同士がぶつかるチャンピオンズ・リーグ予選一回戦は、運良く格下のサンマリノ王者トレ・フィオリを引き当てました。初戦を敵地で戦ったバレッタは、パスサッカーと個人能力で相手を蹴散らして3-0で勝利すると、ホームの第二戦はPK献上でリードされながらも2-1で逆転勝ち。12年ぶりに二回戦へ駒を進めたのです。

エクラナスとバレッタが対決するのは初。一期一会になるかもしれないカードが実現することが、予選ラウンドの醍醐味の一つでもあります。バレッタのホーム出迎えた初戦は、前半立て続けにゴールを決めたエクラナスが3-0でリードするも、その後はバレッタが追い詰めて2-3で終了(試合動画)。「圧倒的」とまでいかないまでも、優位に立ったエクラナスが果たしてバレッタをどう料理するか。前置きが長くなりましたが、今回もフォトレポートで試合の様子をお伝えします。(試合の開催日は7月19日)


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マルタを代表する国際的アタッカー、マイケル・ミフスド(30)。
欧州では最弱の部類に入るマルタですが、最も知名度あるスター選手がこのミフスド。スリエマ・ワンダラーズでゴールを量産した10代の時にはマンチェスター・ユナイテッドからも引き合いがあったという彼は、カイザースラウテルンやリールストロム等を経て、2007年に加入したコヴェントリーで活躍。2010年に帰国するやバレッタに入団し、一時チームを離れたものの7月5日に4年の再契約を結びました。UEFA.comのインタビューではこのように語っています。
「再びバレッタと契約できてうれしい。トレ・フィオリとの第2戦がすべてうまくいけば、リトアニア王者エクラナスとの予選2回戦にメンバーとして参加できる。バレッタがこの大会でマルタ初の予選1、2回戦突破を果たして歴史に名を残せるよう、全力を尽くすよ」
小柄なミフスドの持ち味はシュートレンジの広さとスピード。マルタ代表でもエースストライカーとして83試合26得点を決めています。ちなみにマルタ代表の一員として昨年にクロアチアに来た際は、マルタで購入した26年振りの公式戦勝利記念DVD(ユーロ予選・対ハンガリー戦)に私もサインを頂きました。


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エクラナスにやってきたMFウメー(右)とエクラナスを去るSBマトヴィッチ(中央)。
エクラナスは5月末にナイジェリア人のウチェナ・カリストゥス・ウメー(19)を獲得。故郷のクワラ・フットボール・アカデミーで4年間鍛えられた彼は攻撃的MFとFWをこなすアタッカーで、エクラナスが最初のヨーロッパ挑戦のクラブ。最初は二軍スタートだったものの、一ヶ月後のカウナス戦でトップデビュー。FW起用されたバレッタ戦では15分にアフリカ人ならではの身のこなしで先制点を挙げました。この日は4-2-3-1の右MFとして出場。周囲を省みない自己完結のプレーが多く、戦術的未熟さは目立つものの、トリッキーなプレーで何度も観客を湧かせました。
ドゥシャン・マトヴィッチ(28)はエクラナスに2008年1月に入団し、三連覇に貢献したセルビア人SBです。献身的なディフェンスと果敢な攻め上がりが特徴で、今年のカップ戦ファイナルでは延長で決勝ゴールを決めました。リトアニアに住む数少ないユーゴ系選手として私も親しい間柄になったわけですが、この試合が別れになるとは後になって知らされるのでした。



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遠路はるばるやってきたバレッタ・サポーター。
マルタからリトアニアに訪れるアウェーサポーターはゼロかと思いきや、70人以上も駆けつけました。太鼓とシンバルを持参した騒がしい応援団です。試合前に私を見つけるや「チャイナ!」と冷やかされたので「日本人だ!」とやり返すと、スイッチが入ったように私に向けて応援を始めてくれました(笑)


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エクラナスのサポーター「ピルモイ・アルマダ」。
4月のレポートでも取り上げたエクラナスのサポーターは、リトアニア語で「第一艦隊」という意味。バレッタに対して「IT'S YOUR LAST FIGHT」という温かいメッセージの横断幕と共に、エクラナス・カラーの帆装軍艦がマルタ騎士に大砲を飛ばすイラストのビッグフラッグを準備しました。彼らはコーナーの一角を占め、メインスタンドとバックスタンドは一般客で埋まります。8割の入りにもかかわらず、観客は3200人ほど。それでも、おなじみの大会アンセムが流れると、盛大な拍手が湧きました。


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開始早々のゴールで喜ぶエクラナスの選手達。
前半4分、リトアニアでは指折りのプレスキッカー、MFラダヴィチュスが左サイドから鋭いFKを放つと、主将のDFデドゥラが相手選手二人の背後からどんぴしゃのヘディングシュート。トータルスコアが4-2まで広がります。バレッタが勝利するには3得点が必要となれば、既に勝負は決まったもの。10分にはMFアンジェルコヴィッチの右FKからマトヴィッチがヘディングシュートするも惜しくも左ポストの外へ。平均身長で上回るエクラナスはこうしてセットプレーを上手く活用してきました。


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中盤のバランサー、マルコ・アンジェルコヴィッチ(26)。
マトヴィッチと同じくパルチザン・ベオグラードのユースを経たセルビア人プレイヤーがこのアンジェルコヴィッチ。昨季はセルビア一部インヂヤでプレーした彼はシーズン前のテストで合格して入団。正確なロングパスを通すレフティで、左ボランチの位置でゲームを組み立てます。パスサッカーを志向するバレッタの攻撃も遮断しました。



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マルタ・リーグ得点王もエクラナス守備陣に止められる。
昨季はマルサシュロックで17得点を決めてマルタ・リーグ得点王になったナイジェリア人FWアルフレッド・エフィオング(26・写真左)。今季からバレッタに移籍し、セカンドトップのミフスドと組む形でワントップに入りました。フィジカルとパワーに満ちたストライカーで、23分に左サイドのドリブルから一人でペナルティエリアに持ち込むも最後は躊躇してボールを奪われる場面も。67分に交代。


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肩を組み合って応援するエクラナス・サポーター。
90分間ひっきりなしに応援するサポーターもまた体力勝負。日差しが強く、開始前から上着を脱ぐ若者もいる中、上着を着たまま汗だくの男性(中央)もおりました。ここのサポーターは女性も多いのが特徴です。


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意気消沈のバレッタ・サポーター。
バレッタ・サポーターが賑やかだったのは最初だけ。失点した途端にダレ気味になり、後半になるとこの始末。ムラっ気のある地中海民族ならでは。試合後になると選手達に大きな声でユニフォームをねだってました。


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シュート数は上回るも、エクラナスのゴールは揺らせず。
サポーターは勝利を諦める一方で、バレッタの選手は貪欲に得点を奪いに行きました。プレーの精度は決して低くなく、アグレッシブな守備でボールを奪うとスペースを活用しながらパスを繋ぎ、チャンスへと持ち込みます。85分には左クロスからファーポストのミフスドがシュートするもポスト右のネットに。ロスタイム94分にはFWバルボサがミドルシュートを試みますが、GKズバスに止められました。バレッタはポテンシャルあるチームだけに、悔やまれるのは早すぎる失点でした。シュート数は17本で、エクラナスの10本を大きく上回っています。


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愛息と共に写真に収まるマトヴィッチ。
1-0で勝利し、初の三回戦進出を決めたエクラナス。二人の愛息と共にピッチを歩くマトヴィッチに近づき、写真を撮った後に挨拶に伺いました。
『おめでとうございます。でも次の三回戦でパルチザンと当たらず残念でしたね』
抽選会では1/5の確率で古巣対決になるはずが、対戦相手は隣国ベラルーシのBATEボリソフに。すると、マトヴィッチから予想外の話が返ってきたのです。
『いや、実はこれが僕にとってエクラナス最後の試合なんだ。イスラエル一部のハポエル・イロニ・キリヤット・シュモナ(昨季5位)に移籍が決まった。今後も連絡を取り合おう』
リトアニア・リーグからイスラエル・リーグへの移籍は間違いなくステップアップ。エクラナスのフロントもこれまでの貢献度から快く彼を送り出したそうです。
『イスラエルでの成功を祈っています』
いきなりの話で少し戸惑いつつも、願いをしっかりと彼に伝えました。


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スタジアム外ではエクラナスのサポーターが一騒ぎ。
「ピルモイ・アルマダ」は外に出るや、発煙筒や花火を炊いて応援歌を歌い始めました。昔からのサポーターのおじさんは表情を変えず、遠めから見守っている様子。この後、警察が登場してサポーターを咎めることに。まあ、彼らはフーリガンとは程遠いサポーターなのでこれぐらいは無礼講といったところでしょう。


エクラナスは初めてチャンピオンズ・リーグ予選二回戦を突破し、三回戦へと駒を進めました。対戦相手は新興著しいベラルーシの雄、BATEボリソフ。目下リーグ五連覇中で、2008/09シーズンはチャンピオンズ・リーグ本選に進出。2009/10シーズンにはヨーロッパ・リーグ本選、2010/2011シーズンにはヨーロッパ・リーグ決勝トーナメントまで進出した強豪です。たとえエクラナスが三回戦に敗れたとしても、ヨーロッパリーグのプレーオフへ回ります。マトヴィッチという大事なパーツが欠けたとはいえ、エクラナスの冒険はまだまだ続きます。

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