津田健次郎さん訴訟、裁判所が「声も保護」と初めて明言…それでも「心残り」早稲田大・上野達弘教授に聞く
生成AIで自身の声を無断で模倣した動画を投稿されたとして、声優・俳優の津田健次郎さんがTikTokの運営会社に動画の削除を求めた訴訟で、東京地裁は9月30日、動画がすでに削除されたことを理由に請求を棄却した。
ただ、判決は「人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴である」と述べ、声の無断使用がパブリシティ権の侵害にあたる場合があるとの考え方を示した。
生成AIによって本人そっくりの「声」が作れる時代に、その声はどこまで守られるのか。
早稲田大学法学学術院の上野達弘教授(知的財産法)は「日本の裁判所がこの考えを明言したのは初めて」と判決を評価する一方、今回の動画そのものが権利侵害にあたるかどうかまで判断されなかったことには「いささか心残り」とも話す。
上野教授に判決のポイントと残された課題を聞いた。
●「声も保護」裁判所が初めて明言
津田さんが、生成AIで自身の声を無断で模倣した動画がTikTokに投稿されたことがパブリシティ権の侵害等にあたるとして、2025年11月に運営会社に対して動画の削除を請求した事件で、東京地裁が判決を下しました。津田さんの著名性もあり、この判決はすでに国内外で広く報じられています。
結論は請求棄却でしたが、これは裁判所が問題になった動画について、パブリシティ権侵害を否定したというわけではありません。動画の投稿者が5月29日にアカウントを削除し、対象となる動画のデータも6月にサーバーから削除されたことによるものです。
その意味では、裁判所は今回、パブリシティ権について言及する必要はなかったとも言えます。それにもかかわらず、一般論として「人の声」がパブリシティ権によって保護され得ると明示したことは注目に値します。
もちろん、ピンク・レディー事件の最高裁判決がパブリシティ権の対象として示した「氏名、肖像等」の「等」の中に人の声が含まれることは、同判決の調査官解説でも述べられています。また、今年8月に公表された法務省検討会の「解釈指針」にも明示されており、この点については異論がなかったと言えます。
したがって、今回の判決が、一般論として人の声もパブリシティ権の対象として保護されると述べたこと自体は、驚くべきものではありません。
しかし、日本の裁判所がこれを明言したのは初めてです。生成AIによる声の模倣が容易になった現在、そのことを裁判所が明確にした点には、社会的にも大きな意義があると言えるでしょう。
●裁判が踏み込まなかった「重要な論点」
ZOZO創業者で実業家の前澤友作さんが、SNS上の偽広告をめぐってSNS運営会社を相手取った別の訴訟で、1円の損害賠償を請求しました。
一方、今回の訴訟で津田さんは、TikTokに損害賠償を請求していません。
その結果、今回の判決では、問題とされた動画が、専ら津田さんの声を利用したものと言えるのか、その顧客吸引力の利用を目的とするものとしてパブリシティ権侵害にあたるのか、さらに、仮に侵害にあたるとして、投稿者とは別に運営会社が責任を負うのか、といった点については判断が示されませんでした。
さまざまな事情があったものと思われますが、いずれも人の声をどのように保護するかを考えるうえで重要な論点です。その意味では、いささか心残りでもあります。
パブリシティ権をめぐっては、ほかにも、本人が死亡した後に権利がどうなるのか、どの程度の期間保護されるのかなど、残された課題が少なくありません。
また、人の声については、本人の声と模倣された声の同一性・類似性をどう立証するのかという難しさがあります。その技術的な手法も含め、実務上の課題も残されています。
生成AIによって人の声を容易に模倣できるようになった今、どこまで既存の権利で保護できるのか。そして、表現の自由とのバランスをどのように図るべきか。解釈論だけでなく立法論も含め、さらに多面的な議論を深めていく必要があると考えられます。
【プロフィール】 上野 達弘(うえの・たつひろ)。早稲田大学法学学術院教授(知的財産法)。知的財産戦略本部・AI時代の知的財産権検討会委員。法とコンピュータ学会理事長。主著に『著作権法入門』(共著)、『AIと著作権』(共編)など。
