独身偽装で「貞操権侵害」と「婚約不履行」ダブル認定、相場上回る「約460万円」の賠償はなぜ認められた?
既婚者であることを隠して交際し、婚約まで進めながら、一方的に関係を終わらせた──。
東京地裁は今年6月、こうした「独身偽装」の事案について、貞操権侵害と婚約不履行という二つの不法行為の成立を認め、被告男性に約460万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
近年、独身偽装をめぐるトラブルが裁判に発展するケースが相次いでいる。中でも今回の判決は、一般的な相場を上回る慰謝料額が認められた点が特徴だ。
なぜ高額の賠償が認められたのか。そして、女性の両親まで原告として加わったのはなぜなのか。原告代理人をつとめた溝口矢弁護士に判決のポイントと控訴審の争点を聞いた。
●「独身」と信じて交際、妊娠後に既婚者と発覚
判決などによると、原告の30代女性は2022年8月、知人の紹介で被告男性と知り合い、交際を始めた。
男性は「離婚して独身」と説明していたが、実際には交際開始時点ですでに結婚しており、妻との間には子どももいた。
女性は男性の言葉を信じ、結婚を前提に交際を続けた。婚約指輪を発注し、男性は女性の家族にもあいさつ。さらに不妊治療にも取り組んだ。
そして2024年夏、女性の妊娠が判明する。
ところが、その後、男性の不審な行動が続いた。同年10月、女性が問い詰めると、男性は自らが既婚者であることを認めた。女性は翌年、子どもを出産した。
女性はその後、男性を提訴した。独身だと偽られたまま交際・婚約したことで性的自由(貞操権)を侵害され、さらに婚約を不当に破棄されたとして、慰謝料など計1728万円余りを請求した。
女性の両親も原告に加わり、娘が結婚して幸せな家庭を築くことへの期待を侵害されたとして、それぞれ110万円の損害賠償を求めた。
東京地裁は、女性本人について貞操権侵害と婚約不履行の両方を認め、男性に約460万円の支払いを命じた。一方、両親の請求や、女性が求めた休業損害などは認めなかった。
その後、男性側が判決を不服として控訴。女性側も控訴している。
●なぜ両親まで原告に?「家族も巻き込まれた」
今回の訴訟で目を引くのが、女性本人だけでなく、その両親も原告として名を連ねたことだ。溝口弁護士によると、そこには大きく二つの狙いがあったという。
一つは、両親自身も、今回の独身偽装による「被害者」だという考えだ。
「男性からあいさつを受けた女性のご両親は、男性のことを本当の息子のように大切に接していました。
ところが、男性は自らの嘘を塗り固めるために、その優しさにつけ込んで女性のご両親に何度も会って積極的に事件に巻き込みました。
それにもかかわらず、ご両親が男性に対して何らの法的請求もできないというのは不条理です。ご家族みなさまの想いを踏まえ、全員で当事者として闘おうということになりました」
もう一つは、仮に両親の慰謝料請求が認められなかったとしても、両親まで巻き込んだ事実を示すことで重大な事件であると裁判所に伝え、女性本人の慰謝料額の増額につながりうるという見立てだ。
「男性が女性を騙すためにご両親を利用したこと、そして、ご両親が当事者として主張をする選択に至ったことは、事態の深刻さを物語るものです。このような事実は、最終的な慰謝料の金額の考慮要素にもなりうると考えていました」
●「娘が結婚して子育てする人生を奪われた」
ただ、独身偽装の被害を受けた本人だけでなく、その家族にも固有の慰謝料を認めてもらうには、法的なハードルがある。
そこで溝口弁護士が理論的な根拠として示したのが、交通事故などをめぐる最高裁判例だった。
たとえば、娘が事故で顔などに大きな傷を負った事案などで、その被害が「被害者の生命が奪われた場合にも比肩するほどの精神的苦痛」を親に与えたとして、親自身の固有の慰謝料請求が認められたケースがある。
溝口弁護士は、今回の独身偽装による被害も、それに匹敵するほど重大だと主張した。
「今回も、娘さんが結婚して夫婦で子を育てるという人生を奪われ、シングルマザーという選択を余儀なくされている。これは一種の人生の選択肢、あり得たルートが奪われたという意味で、生命の侵害に比肩するような重大な被害といえるのではないか。そう主張しました」
この主張は、一審判決では認められなかった。ただし、溝口弁護士は判決文の中に、控訴審につながる「手がかり」があるとみている。
判決は、女性が陳述書につづった「心を殺められた」という一節を引用して慰謝額を認定している。溝口弁護士は、この記述からも「生命侵害」に比肩する深刻な被害だったと評価できると考えている。
「そこまで踏み込んで評価しているのであれば、ご両親の損害というのも当然認められてしかるべきではないか」
溝口弁護士は、控訴審でさらに追求すべきポイントの一つだと位置づけている。
●「証拠をきちんと残していた」ことが高額賠償につながった
今回の判決には、もう一つ大きな特徴がある。
独身だと偽って交際したことによる貞操権侵害と、結婚の約束を反故にした婚約不履行。その二つの不法行為が、いずれも認められたことだ。
溝口弁護士はこう話す。
「裁判所の言う貞操権侵害、我々は『性的自己決定権』あるいは『性的自由の侵害』という言葉を主張で使っていますが、その部分が認められました。
もう一つが婚約破棄の問題でした。独身偽装をめぐる紛争では、どちらか一方しか認められないケースも少なくないですが、二つの権利侵害が認められたというのは大きなポイントだと思います」
では、なぜ約460万円という、一般的な相場を上回る慰謝料額が認められたのか。
溝口弁護士は、事実関係の悪質さに加えて、女性が証拠をきちんと残していたことが大きかったと分析する。さらに訴状の段階から経緯を詳細に主張したことも功を奏したとみている。
「裁判所は、ほぼこちらの主張に沿って事実認定していただいた。それが高額の賠償命令につながっていると思います」
●被告側が控訴、原告側も「まだ追求できる」
男性側は一審判決を不服として控訴し、女性側も控訴した。
女性側が控訴に踏み切ったのは、男性側が控訴審が控訴審の途中で控訴を取り下げた場合でも、審理を続けられるようにするためだ。
男性だけが控訴した場合、控訴審で男性側の旗色が悪い展開となれば、控訴を取り下げる可能性がある。そうなれば、控訴審が無為な時間となってしまう。
また、女性側も控訴し、両親の慰謝料請求や女性の休業損害など、「理論的にまだ追求できる部分がある」とも判断したという。
控訴審に向けて、溝口弁護士はこう話す。
「ご両親の請求や休業損害などについて、引き続き主張を尽くしていきます。相手方が控訴してきた以上、こちらもしっかり戦う姿勢に変わりはありません」
(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

