「残念ですが、あなたは遺族年金の対象になりません」「え、なんで?」…夫婦で役割逆転、年収950万円妻を亡くした50歳専業主夫。年金事務所で突きつけられた“厳しすぎる現実”【CFPが解説】
今や「夫が家事や育児を担い、妻が働いて稼ぐ」という家庭も、珍しいものではなくなっています。しかし、こうした家族の形に追いついていなかったのが、公的年金制度。この事例の直樹さん(50歳)は、周囲に先駆けて“主夫”という生き方を選びましたが、妻の死をきっかけに思わぬ壁にぶつかることになりました。今回はこのような問題に対する遺族年金制度の仕組みや注意点、備えておきたい保障について、トータルマネーコンサルタント・CFPの新井智美氏が解説します。
「妻が働き、夫が家庭を守る」…2人で決めた理想の暮らし
富樫直樹さん(50歳)は、15年前に妻の海外出張や勤務時間が増えたことを機に会社を退職し、専業主夫となりました。
妻の美咲さん(48歳)は外資系企業で管理職として働き、年収は約950万円。夫婦には社会人の長男(22歳)と同じく社会人の長女(20歳・高校卒業後に就職)がおり、直樹さんが毎日の家事や食事作り、家計管理など家庭を支えていました。
「妻が仕事に専念でき、家庭も安定するので。夫婦で話し合って納得して選んだ生活でした」
と振り返る直樹さん。
しかし、美咲さんは自宅で突然倒れ、くも膜下出血で帰らぬ人となります。
あまりに早い別れでしたが、悲しんでばかりはいられません。無職の自分だけが残されたという現実は、待ってはくれないからです。
年金事務所で告げられた「厳しい現実」
「遺族年金がもらえるはず」--葬儀を終えた後、直樹さんは生活費の支えになると思い、年金事務所で遺族厚生年金の手続きを行いました。ところが窓口で返ってきたのは、予想外の言葉でした。
「残念ですが、ご主人は遺族厚生年金の対象ではありません」
「…え? どうしてですか?」
直樹さんは50歳。制度上、子どもはすでに18歳到達年度末を過ぎており、「子のある配偶者」に該当しません。また、子のない夫が遺族厚生年金を受けるには、妻が亡くなった時点で55歳以上であることが条件です。
さらに実際の支給開始は60歳からとなります(日本年金機構ホームページより)。そのため50歳の直樹さんには、遺族厚生年金は支給されないことがわかったのです。
「1円ももらえないなんて、厳しすぎないか……」
思わず、そう呟きました。
美咲さんの勤務先からは、団体保険や死亡退職金など合わせて約2,000万円が支給されました。子育てをしながらコツコツ貯めた貯金は900万円あります。
遺族年金がなくてもなんとかなりそうですが、そこには住宅ローンという“借金”が残されていました。住宅ローンは夫婦共有名義で、契約内容から直樹さんには約1,800万円の返済が残りました。
老後を支える直樹さん自身の年金も、決して十分とはいえません。会社員として厚生年金に加入していたのは、22歳から35歳まで。厚生年金の加入期間が約13年しかないため、将来受け取れる年金額は、長年会社員として働いてきた人に比べれば多くありません。
今後の生活費や老後資金を考え、直樹さんは再就職を目指すことに。しかし、50歳にして15年間のブランクがあります。35歳までの職歴があるとはいえ、以前と同じ条件の仕事が見つかる可能性は極めて薄いでしょう。非正規雇用や短時間勤務から探すことも視野に入れなければならず、収入が以前の水準まで戻るかどうかはわかりません。
「住宅ローンを考えると、これから15年、どうやって暮らしていけばいいのか」--直樹さんは肩を落としました。
「昔の家族像」を前提に作られた制度と、これからの変化
総務省「令和6年版働く女性の実情」によると、女性の就業率は25~54歳で8割近くまで上昇しており、共働き世帯が一般的になっています。こうした中、「妻が家計の中心」という家庭も、以前より珍しくなくなっています。
遺族年金制度は元々「夫が家計を支え、妻が扶養される」という前提で設計されていました。そのため、男性が遺族となる場合は受給要件が厳しく、「妻が大黒柱」の家庭ほど制度とのギャップを感じやすい状況が続いてきました。
しかし、社会の変化に追いついていなかった制度が、いま変わろうとしています。2025年に成立した年金制度改正法では、遺族厚生年金の男女差を解消する見直しが盛り込まれ、2028年4月から施行される予定です。
現在は、子どものいない夫の場合、妻が亡くなった時点で55歳以上でなければ遺族厚生年金の対象にならず、受給できる場合でも原則60歳からとなっています。これに対して改正後は、18歳到達年度末までの子どもを養育していない60歳未満の配偶者について、男女共通で原則5年間の遺族厚生年金が支給される仕組みに変わります。
つまり、直樹さんのように50歳で妻を亡くした男性も、改正後の制度であれば、原則として5年間の給付を受けられる可能性があります。
さらに、5年間の給付が終わった後も、所得が十分でない場合や障害年金を受給している場合など、一定の配慮が必要な人については、最長65歳まで給付が継続されます。また、これまで設けられていた有期給付の収入要件(年収850万円未満)も廃止される予定です。
一方で、今回の改正がすべての遺族に一律に適用されるわけではありません。60歳以上で死別した人や、18歳到達年度末までの子どもを養育している間の給付、改正前から遺族厚生年金を受給している人などは、基本的に今回の見直しの影響を受けません。また、女性については、2028年4月から20年程度をかけて段階的に見直されることになっています。
したがって、今回の直樹さんのケースでは「現在なら受給できない」という結論は変わりませんが、制度改正後に同じ年齢・家族構成で妻を亡くした場合には、原則5年間の遺族厚生年金を受け取れる可能性があります。
家族の働き方が変化するなか、遺族年金も少しずつ「夫が働き、妻が扶養される」という従来の家族像から、男女を問わず家計を支える人を保障する仕組みへと変わりつつあります。
専門家の視点|「共働き」だけでなく「主夫・主婦家庭」こそ保障の見直しを
「妻が働き、夫が家庭を守る」という家庭は年々増えていますが、保険や年金の見直しは、依然として「夫が大黒柱」という前提で考えられているケースが少なくありません。
実際には、家計を支えている人に万一のことが起きれば、残された家族の生活は大きく変わります。ところが、遺族年金は家族構成や年齢によって受給できないこともあり、「公的保障があるから安心」と思い込んでいると、生活設計が大きく崩れる可能性があります。
特に専業主夫や専業主婦の家庭では、亡くなった人の年収ではなく、「残された家族はいくらあれば生活できるのか」という視点で必要保障額を考えることが重要です。住宅ローンの有無、子どもの教育費、再就職までに必要な生活費などを踏まえて、不足する金額を生命保険や十分な預貯金で補えるか、一度試算しておくと安心です。
また、働き方や収入のバランスが変わったタイミングは、保障内容を見直す絶好の機会です。直樹さん夫婦のケースでも、住宅ローンを組んだ当時は直樹さんが働いており、それぞれ50%の割合で団信に加入。美咲さんが家計の中心になった後も見直すことはありませんでした。
結婚や出産だけでなく、「夫が退職して主夫になる」「妻の収入が家計の中心になった」といったライフスタイルの変化があったときこそ、公的保障と民間の保障の両方を確認しておくことが、家族を守る備えにつながります。
また、直樹さんのケースでは、すでに子どもが独立しているため、自宅を売却してローンを完済する方法もあります。ただし、売却すれば住居費がなくなるわけではなく、賃貸なら家賃が発生します。
大切なのは、「家を残すこと」にこだわるのではなく、残された人が無理なく暮らしていける道を選ぶこと。家族の働き方や役割が変わったときには、それに合わせて保障や資産の持ち方も見直す必要があるでしょう。
新井智美
トータルマネーコンサルタント
CFP®

