熊本移住12年目のスザンヌが語る震災、子育て、そして旅館事業へのチャレンジ「食器などが散乱して、ぐちゃぐちゃで…」
熊本県出身のタレント・スザンヌは、中学生の時に地元でスカウトされ芸能界入りした。2006年、19歳で上京してから東京を拠点に芸能活動を送ってきたが、2015年に再び地元である熊本県へ戻った。その翌年には「平成28年熊本地震」に見舞われ、経営していたカフェを閉店。それでも熊本に根を張り続け、現在は築70年の老舗旅館を再生した旅館「KAWACHI BASE-龍栄荘-」を運営している。そして今年7月28日、熊本を再び大きな地震が襲った。最初の震災から10年。いくつもの苦難を乗り越えながら、地元に根を張ってきた彼女の10年を振り返る。(前後編の前編)
移住のきっかけは“のびのびとした子育て環境”
――先日の7月28日に発生した熊本地震からしばらく経ちましたが、その後の状況はいかがですか?
スザンヌ(以下、同) 今は大丈夫です。地震の翌日には自宅も水が出るようになりましたし、電気も通ったので、生活できています。
――ご無事で何よりです。熊本では10年前の2016年にも大きな地震がありました。当時はすでに熊本に戻られ、経営していたカフェも被害を受けたそうですが、どのような状況だったのでしょうか。
10年前の熊本地震のときは、熊本には住んでいたんですが、ちょうど仕事で福岡にいて、揺れを直接感じたわけではなかったんです。ただ、まだ小さかった息子が熊本にいたので、離れ離れですごく心配でした。普段なら福岡から熊本まで車で1時間半くらいなんですけど、そのときは(渋滞で)6時間くらいかけて帰ったのをよく覚えています。
自宅に戻ると、食器などが散乱していて、家の中はぐちゃぐちゃの状態でした。当時経営していたカフェも被害を受けて、最終的には営業を断念することになりました。
――その前年の2015年、東京から地元・熊本へ生活の拠点を移されています。移住のきっかけはなんだったのでしょうか。
離婚をきっかけに、子どもとふたりきりでの生活が始まったんですが、東京でひとりで子どもを育てていくっていう想像が当時はまったくできなくて。
もちろん東京のほうが仕事はしやすいし、お友達もたくさんいました。でも、熊本には母や妹がいるので、私と息子のふたりだけではなく、家族みんなで子育てできる環境のほうがいいんじゃないかなと思ったんです。
あと、自分が育ったように、息子にも熊本の自然のなかでのびのびと育ってほしいという思いもありました。東京だと、公園の遊具ですら順番待ちだったり、ボール遊びができなかったりすることもありますよね。一方で熊本なら、一歩外に出れば昆虫採集もできるし、山や海も近い。自然に触れながらのびのび遊べる環境が身近にあるんです。
――実際に移住してみて、東京と比べるとデメリットに感じることはありませんでしたか?
子どもがチャレンジできることの選択肢が多いのは、やっぱり東京だと思います。特にクリエイティブ系の習い事なんかは、熊本だとまだ選択肢が少なくて。
でも、その中で自分なりに夢中になれるものに出合えたらいいなと思っています。実際、中学生になった息子は今、部活動のバレーボールを熱心にやっていて。そうやって一生懸命になれるものができたことは良かったなと思いますね。
移住したからこそ感じた地元・熊本の魅力
――熊本での生活も今年で12年目になるかと思いますが、移住したての頃と比べて心境の変化はありましたか?
熊本出身と言っても、中学卒業後には芸能活動のために福岡に移り、親元を離れたので、熊本で暮らしていたのは中学3年生の終わり頃までなんです。中学生だから車で自由に動くこともできないし、自宅から半径2km程度の本当に狭い行動範囲でしか生活していませんでした。
地元なのに、熊本のことをよく知らないまま大人になってしまったって感じで。だからこそ移住してからのほうが、より熊本の良さを知って、魅力を再発見していっているような気がしますね。
――具体的に、熊本の良さはどんなことだと感じますか?
熊本に住む方々のあたたかさに改めてとても惹かれました。熊本には、外部から来た人に対して“おもてなしの心”を持ってあたたかく受け入れる県民性があって。移住してからは私自身、そうした部分に何度も助けられました。
あとは、地震などの災害が起こるたびに熊本の人たちの団結力に驚きます。今回も地震のあった翌日には熊本のスーパーの食料や日用品の入荷状況が県民の方に共有されるwebサイトが立ち上がるなど、とにかく辛いことがあっても皆さんすぐに切り替えて、前を向く姿勢がすごく頼もしいと思いました。
地元のことが大好きで、熊本をもっと盛り上げていきたいといった気持ちを抱いている方が本当に多くて、改めて熊本に移り住んでよかったと思います。
震災でカフェを断念……それでも熊本で再び事業に挑むワケ
――その震災から10年。現在は熊本市内で旅館「KAWACHI BASE-龍栄荘-」を経営されています。再び熊本で事業を始めようと思ったのはなぜですか?
震災で志半ばであきらめたカフェも、今回新たに始めた旅館も、もともとは「熊本に恩返しがしたい」という気持ちから始まっていて、移住当初からその思いはずっと変わっていないんです。
デビュー時から“熊本県出身”ということをアピールして、それをきっかけに熊本のみなさんや、熊本以外の方々からもたくさん可愛いがってもらい、熊本の出身であることに助けられることが多かったです。
だからなにか地元のためにできることはないかなっていうのはずっと考えていたんです。
――ちなみにスザンヌさんのお母さまも地元でバーを経営されていますよね。自分の事業を営むことについて、ご家族の影響もあったのでしょうか。
たしかに、幼いころから母が自分のお店で働いているのを見てきていたので、働きながら輝ける自分だけの場所を持つことに対して憧れがあったのかもしれません。芸能活動を始めても、いつか自分の事業を始めたいと自然と考えていましたね。
あとは、親である私が新たなことにチャレンジして頑張っていく姿を、自分の子どもに見せることも大事なんじゃないかなと思っていて。
いつか親離れ、子離れをお互いしなきゃいけなくなるなかで、私がなにかに打ち込む姿をお手本として見せることで、息子も自分のチャレンジしたいことに一生懸命取り組めるんじゃないかなと思っています。
子どもと同じくらい大事に思える場所を見つけた今、これまで以上に活力に満ちて、日々を頑張れている気がします。
(7月30日取材)
後編では、築70年の老舗旅館再生の舞台裏に迫る。1億5000万円もの自己資金を投じる決断は、なぜできたのか。そして、“おバカタレント”として一世を風靡したスザンヌが、大人になって学び直した理由とは。
≪後編へ続く≫『〈スザンヌ39歳の現在〉築70年の旅館再生に「自己資金1億5000万円」…“おバカタレント”から大学卒業、母になって始めた「学び直し」』
取材・文/瑠璃光丸凪/A4studio
