新米の収穫も進んでいるが…。写真はイメージ(写真:Wako Megumi/Shutterstock.com)


2026年産の新米が出回り始めるとともに、本格的なコメの値崩れが始まった。以前に本コラムで取り上げた昨年12月時点で卸間の取引価格は下げ始めていたものの、スーパーなどの小売価格はまだ高いままだった。それから半年余り。市場は積み上がった在庫が生む価格の下げ圧力に耐えきれなくなり、価格急落の激震は作付けを拡大した生産者も直撃している。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

コメ需要は過去半世紀の最低を更新

 政府は「米穀の需給及び価格の安定に関する基本方針」を7月末にまとめ、農林水産省が「米に関するマンスリーリポート(令和8年8月号)」を公表した。これらに掲載されているデータや需給見通しをベースに、まずコメ市場でどのような変化が起きたのかを検証してみたい。

 やはりと言うべきか、価格高騰によって需要は急減した。

 原油などの国際商品市場ではここ数年、「需要破壊(Demand Destruction)」という言葉をよく使う。ホルムズ海峡が事実上閉鎖され、原油や石油化学製品の供給が減れば「価格高騰→需要減退」という市場メカニズムが働き、需給バランス(供給不足)を修正しようとする。コメも例外ではない。

 政府がまとめた2025年7月~26年6月の需要実績(速報値)は683万トン(玄米ベース)と前年に比べて30万トン減少し、少なくとも過去半世紀の最低を更新した。

出所:農林水産省


 日本のコメ需要のピークは減反政策が始まる以前の1960年代前半に記録した1300万トン強であり、そこから減少傾向を続けている。東日本大震災が起きた2011年にも供給量が減ってコメ価格が上昇。外食産業などはコメの消費量を削減し、12年の需要量は前年比で32万トンも減少した。

 今回の減少幅は当時に迫り、需要規模の縮小を踏まえた減少率は4.2%と12年の3.9%を超えた。

 政府が昨年秋にまとめた需給見通しで、25年7月~26年6月の需要について697万~711万トンという予測を示した。ところが、実際の需要は予測の下限を10万トン以上も下回った。これだけ予測がブレると需給管理はままならない。

 コメ需要は2023年(7月~翌年6月)、24年(同)と2年連続で回復した。ウクライナ危機の影響でパンなどの小麦製品が大幅に値上がりし、割安感の出たコメの消費が喚起されたことやインバウンド消費の台頭などが需要を押し上げた。政府も継続して減少するものと考えていた消費が突然回復し始めた背景にはコメの値頃感があった。

 ところが、歴史的な価格高騰が市場環境を激変させた。

価格高騰で生産者は主食用米にシフトしたが…

 政府はインバウンド消費について25年が8万2000トン(精米ベース)、26年は9万1000トンと増加傾向を見込むが、それ以上に日本の消費者が価格の高騰したコメにそっぽを向いた。米穀安定供給確保支援機構(米穀機構)による消費動向調査で25年度の精米消費量は中・外食がマイナス1.8%に対し、家庭消費はマイナス8.2%とコメ離れが著しい。

 当然だろう。「令和の米騒動」のインパクトは記録的な凶作で200万トン規模の供給不足が生じ、緊急輸入に踏み切った「平成の米騒動」もはるかに凌駕する。

 総務省の消費者物価指数(CPI)で「米類」の価格変化を見ると、平成で最も上がった年は1994年5月の前年同月比21.4%だった。先ほど触れた東日本大震災の影響では12年7~9月に10%強の上昇率を記録している。

 それに対し、今回の上昇率は25年5月に101.7%まで跳ね上がり、米類全般の平均で前年の2倍に値上がりした。

 国内価格の高騰で外食産業などは高い関税を払ってでも外国産米を調達した方が有利と判断。政府が管理する無関税の「ミニマムアクセス(MA)」制度の外で輸入された外国産米は25年に10万トン近くとなり、前年の100倍に迫った。

 いったん浸透した外国産米は国産米が安くなっても元の姿に戻るかどうか分からない。外国産米の浸透が国内需給を一段と緩和させる。これも歴史的な価格高騰の反動と言える。

 生産側にも市場メカニズムが働き、供給は増えた。需給逼迫と価格高騰を見て生産者は飼料米などの作付けを削減し、主食用米にシフトした。今年産の作付面積は6月末時点の意向調査で136万ヘクタールと前年並みの水準を維持。124~125万ヘクタール台だった22~24年産を大幅に上回る。

 結果として、これまで政府が推進してきた飼料米などの供給が不足する一方で、今年の主食米の供給量は玄米ベースで732万トンと政府見通しの711万トンを大幅に超える可能性がある。

あふれる在庫に「新米を受け入れたくても倉庫に余裕がない」

 高騰を抑えるために政府が59万トンを放出した備蓄米にも誤算はあった。決断と契約に時間がかかったうえ、一転して余剰感が台頭したことで店頭での販売は今年7月まで続いた。

 消費が冷え込み、外国産米も浸透したところに供給量が増えれば余ったコメは在庫として積み上がる。6月末時点の民間在庫は243万トンと前年に比べて88万トン急増し、平成11年(1999年)以降の最高水準まで膨らんだ。中でもコメを集荷する農業協同組合など出荷段階の在庫が昨年の89万トンから149万トンに拡大した。

出所:農林水産省


 在庫の積み上がりで、今年産米の集荷にあたって農家に支払われる概算金は大幅に安くなっている。8月18日にJA全農にいがたが決定した概算金は、一般コシヒカリで玄米60キロあたり1万8500円と、前年産に比べ1万1500円、約4割も引き下げられた。

 米どころ新潟県の影響力は強く、概算金の大幅な引き下げは北海道など全国の産地に広がってきた。新潟県の水準は食料システム法に基づき米穀機構が4月に算出した生産コストである2万535円(前年は1万9860円)も下回る。高値を見込んで主食用米の作付けを拡大した生産者を直撃する事態は避けられない。

 農協組織はこれまで投機的な売買が価格の乱高下を招くとしてコメ先物市場に一貫して反対してきた。しかし、概算金がこれだけ変動し、コスト割れの危機にさらされるのであれば生産者が価格下落による損失を抑えられるように先物市場の利用を推奨すべきではないのか。

 農水省が発表した8月10~16日のスーパーでのコメ販売価格(5キロ)は全POSデータ平均で3191円。昨年12月のピークである4416円からは1200円以上も下げた。総務省が21日に発表した7月のCPIでも米類の価格は前年同月比で11%強下がった。値上がりが始まった2年前の夏に比べれば店頭価格はまだ高いものの、値下がりによって販売量は上向いている。

 ただし、積み上がった在庫が下げ圧力としてのしかかる状況に変化はなく、市場関係者からは「新米を受け入れたくても倉庫に余裕がない」との声も出る。

放出で減った備蓄米向けの政府買い付けはどうなるか

 米穀機構が毎月、需給や価格動向について市場関係者に聞く調査で「現在の価格水準」は、直近7月の結果から算出したDIが47と中間値である50を下回って割高感が修正されたとの見方が優勢になった。

 ではその先はどうなのか。

 同じ調査で3カ月先の価格見通しを聞いた結果、DIは18と前月調査時点の19からさらに低下し、先安観が強まっている。まだ下げ余地は大きい、と見ているのだ。

 ホルムズ危機による容器のコスト高などで食品の値上げが増える中で、コメ価格の下落は家計にとっては朗報だ。一方で、生産コストも下回るほどの価格急落はコメ生産者の淘汰につながるリスクもある。作付け動向を反映した政府見通しによると、来年6月末の民間在庫は263万~281万トンと一段と増加する。

 市場では放出で減った備蓄米向けの政府買い付けも取り沙汰される。鈴木憲和農林水産相は会見で「食料安全保障の観点から、適正水準100万トンへの回復を進めていく必要がある」と話し、買い付けの量やタイミングを探る。

 買い戻しに前のめりな農水省や自民党農林族議員に対し、高市早苗首相はコメ価格を下支えする効果のある政府の買い付けは物価高対策に逆行すると慎重な姿勢だとされる。

 米騒動はまだ終わっていない。

筆者:志田 富雄