秋篠宮さまは陛下に「もっとも」と全面賛同した…皇室研究家が「皇室は"愛子天皇"で一致している」と見るワケ

■陛下のおことばに「その通り」
秋篠宮同妃両殿下は去る8月13日、パラグアイ公式訪問を前に、赤坂御用地の赤坂東邸にて記者会見に臨まれた。先ごろの皇室典範改正後、初めて皇族がお気持ちを表明される場となり、注目を集めた。この時の秋篠宮殿下のご発言は、インパクトのある内容だった。
天皇陛下は先ごろ、オランダ・ベルギーへのご歴訪に出発される前の記者会見(6月11日)で、大詰めを迎えた皇室典範改正をめぐる議論に対して、“異例の”ご発言をされた。陛下はそこで、「制度に関わる事項については、私から言及することは控えたいと思いますが」と断られながら、皇室典範改正をめぐる議論が「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と踏み込まれ、人々を驚かせた。
秋篠宮殿下はそのご発言について、「もっともだと、そのとおりだと私は思っています」と全面的に賛意を表されたのだ。
■養子案を拒絶
普通に考えて、十分に「国民の理解が得られる」議論が予想される状況のもとであれば、憲法に「国政に関する権能を有しない」(第4条)と規定されているお立場の天皇陛下が、これまで言及を控えてこられた領域に、あえて立ち入るかのようなご発言をされることはないはずだ。だから、そこに特別なご意思やご意図を読み取るべきなのは、当然だろう。
しかも以前、小泉純一郎内閣に設けられた「皇室典範に関する有識者会議」の報告書(平成17年[2005年]11月)では、丁寧に検討した上で、いわゆる旧宮家系の民間男性を養子として皇族にする案は採用すべきでない、と一蹴していた。その理由の第一が、「“国民の理解”と支持を得ることは難しい」という点だった。これを偶然の一致と見ることはできない。
そもそも天皇陛下は、養子案に対して、かねて違和感を抱いておられた。
岸田文雄内閣に提出された有識者会議報告書(令和3年[2021年]12月)は、内親王・女王が婚姻後も引き続き皇族の身分を保持される案と、養子案を併記していた。この報告書について当時の西村泰彦宮内庁長官が天皇陛下にご説明申し上げた時、陛下は「養子案」に対してご懸念を漏らされていた。
そのご懸念は、「国民の理解は得られるのか」(『文藝春秋』7月号)「国民の理解が得られるのでしょうか」(「読売新聞」7月18日付)というものだった。まさに、天皇陛下の異例のご発言での表現と、ぴったり重なる。
表現の重なりを見れば、大きな反響を呼んだ記者会見での陛下のおことばは、養子案を“名指し”で拒絶されたに近い。そうであれば、今回の秋篠宮殿下のご発言は、養子案を拒絶された陛下のご姿勢に、「もっとも」「その通りだ」と全面的に賛同されたと理解するほかない。
■麻生内閣では養子案が挫折
養子案については、平成時代の麻生太郎内閣当時に水面下で制度化への動きが進んでいた。それを、上皇陛下のお考えを体した当時の漆間巌内閣官房副長官(事務担当)が阻止した、という顚末があった(平成21年[2009年])。
秋篠宮殿下は、その年のお誕生日に際しての記者会見で、少し意外な発言をされていた。
「国費負担という点から見ますと、皇族の数が少ないというのは、私は決して悪いことではないというふうに思います」と。
当時、このご発言のご真意を測りかねた人も少なくなかった。だが、旧宮家系の子孫は男系の血筋では「赤の他人」であり、しかも世代の交代も進んでいる。そんな民間男性を無理やり養子にしても、皇室の大切な精神や高貴な気風を将来に受け継ぐ上で、深刻な危惧がある。
だから、養子制度を採用する不適切な皇室典範の改正に踏み込むぐらいなら、むしろ「皇族の数が少ないというのは……決して悪いことではない」とのお考えを述べられたものだろう。
■「天皇家の歩みを否定するもの」
養子案が初めて浮上した当時、「上皇陛下は『なぜ、そのような議論になるのか』と困惑しておられた」という(『文藝春秋』前掲)。
さらに、養子制度をめぐる皇室の方々や周辺の反応について、次のような報道もある。
「元(宮内庁)参与が語る。『上皇さまは、常に国民に寄り添い、相互に理解しあう関係があってこそ、象徴天皇の地位に立てるという信念をお持ちだった。戦後80年近く一般国民だったのに、男系男子の血筋を理由に旧宮家出身者を皇族にする養子制度は、敗戦や大震災の苦難を国民と共に乗り越えてきた天皇家の歩みを否定するものだ』」(「読売新聞」前掲)
「高市政権下で旧宮家からの養子案が『第一優先』として急浮上すると、皇室の方々からは戸惑いの声も聞かれた」(「朝日新聞」7月18日付)
■秋篠宮さまの“ダメ出し”
こうした構図の中で秋篠宮殿下のご発言をどう捉えるか。
天皇陛下のご発言は、改正前に釘を刺す=「牽制」的なメッセージだった。しかし改正後の世論調査では、「国民の理解」が得られていないことが明らかだ。
改正皇室典範「評価する」19%
「評価しない」45%
養子制度「賛成」25%
「反対」40%
○読売新聞(7月24〜26日)
養子制度「評価する」40%
「評価しない」45%
○共同通信(7月25、26日)
改正皇室典範「理解を得られる」44.3%
「得られない」49.6%
こうした結果を踏まえると、秋篠宮殿下が改正後に、「国民の理解」を求められた天皇陛下のおことばに対して「もっとも」「その通りだ」と賛同されることは、ほとんど“ダメ出し”に等しい。
■封印された「女性天皇」
秋篠宮殿下は記者会見で、「いろいろと考えるところはありました」「いろいろと思うところは、もちろんあります。無かったらおかしい」と典範改正への違和感を、かなり露骨に示しておられた。その最大のご不満点は何だったか。
「国民の理解」というキーワードと、ご会見中に「(皇族の役割に)女性、男性の区別というのはない」と断言されていた点から考えると、国民の支持が高く、メディアの論調の中でもしばしば取り上げられていた「女性天皇」についての議論が、あらかじめ棚上げされていたことだろう。
現行の「男系男子」にこだわった典範改正後も、変わらず多くの国民が女性天皇に賛成している(各社の世論調査で7〜8割以上の賛成)。
こうした民意を顧みず、「女性天皇」というテーマ自体を封印した典範改正が「国民の理解」を得られるとは、とても考えられなかったはずだ。

■男系男子であることより「寄り添っていくこと」
秋篠宮殿下はこのたびのご会見で、記者から「皇室典範の改正の議論で、男系男子ということがとても強調されたわけですけれども……皇室、そして皇族の皆さまにとって最も大事なことは何だと考えていらっしゃいますでしょうか」という直球の質問を受けられた。
これに対するお答えは、次のとおり。
本当に大事なのは男系男子ではない。“人々の気持ちに寄り添っていくこと”である――という答え方を、秋篠宮殿下はされている。
上皇陛下は以前、記者会見の場で女性天皇、女系天皇を認めると「皇室の伝統の一大転換となる」というネガティブな質問があった時(平成17年[2005年]の天皇誕生日に際しての記者会見)に、男系継承ではなく「国民と苦楽を共にする」在り方、その精神の受け継ぎこそが真の「皇室の伝統」である、と答えておられた。先の秋篠宮殿下のお答えは、それと同じ考え方に立たれている。
■「男系男子限定」という構造的欠陥
そうしたお答えの前提として、精神性の重視と共に、「一夫一婦制」で少子化なのに伝統でもない男系男子限定という、今の皇室典範が抱える構造的な欠陥への危機感がある。長年、宮中で仕えた羽毛田信吾元宮内庁長官や渡邉允元侍従長らが口を揃えて、男系男子の危うさと女性・女系容認の必要性を唱えている背後には、もちろん皇室ご自身のお考えを見なければならない。
日本以外で唯一、一夫一婦制なのに無理な男系男子限定を維持していたリヒテンシュタイン公国(人口約4万人)も、性別に関係なく長子優先へと制度を変更した(共同通信8月16日配信など)。すでに同国の実権を委譲されているアロイス皇太子(公世子)が8月15日、「この改正により、公国と公爵家を担う責任を、その務めに向けて最もよく準備された人物にゆだねることを確実にしたい」と表明している。
■秋篠宮さまは「皇太子」ではない
今や世界で唯一となったわが国の欠陥ルール(一夫一婦制+男系男子)のもとで、皇位継承順位が暫定的に第1位とされている秋篠宮殿下ご自身も、皇位は「その務めに向けて最もよく準備された人物」として、直系の長子=敬宮(としのみや)(愛子内親王)殿下によって継承されるのが最もふさわしい、とお考えだと拝察できる。
いくつか具体的な事実を列挙しよう。
まず、秋篠宮殿下は次代の天皇として即位することが確定している「皇太子」類似の称号を、自ら辞退されている(朝日新聞デジタル令和2年[2020年]11月8日配信)。だから退位特例法でも一般名詞の「皇嗣」と呼ぶほかなかった。
お住まいも「東宮御所」でなく、ほかの皇族方と同じように「秋篠宮邸」。お出ましも「行啓」という特別な言い方でなく、普通に「お成り」と表現される。
これは、内閣の助言と承認によって当事者のお気持ちに関係なく前代未聞のセレモニー「立皇嗣の礼」が行われても、何ら変更はない。
特例法に「皇室典範に定める事項については、皇太子の例による」(第5条)とあるのも、皇室典範では傍系の皇嗣は皇籍離脱の可能性を残していたり(第11条)、摂政就任の優先性をもたなかったり(第19条)するのを、単に「皇太子の例」にそろえたにすぎない。
■「傍系」の自覚
秋篠宮殿下は時代が「平成」から「令和」にうつる時に、皇室の中枢である内廷(天皇ご一家と上皇上皇后両陛下により構成)に加わって、直系に準じた位置付けになられる選択肢もあった。しかし、傍系の表示である「秋篠宮」という宮号をご自身の意思で維持され、ずっと内廷“外”皇族のままでいらっしゃる。
あるいは、宮殿には天皇皇后や皇太子同妃だけが出入りされる御車寄(みくるまよせ)という特別な玄関がある。令和の今は、上皇上皇后両陛下もお使いになる。ところが、秋篠宮同妃両殿下はその玄関を使うことを控えられ、少し遠回りになってもほかの皇族方と同じく、西車寄を使っておられると仄聞する。
また戦後に始まった、一般の国民がボランティアとして皇居と赤坂御用地で清掃作業にあたる皇居勤労奉仕では、天皇のほかに皇太子のご会釈(非公式に会うこと)もある。皇太子なら赤坂御用地の東宮御所の中で行われる。
ところが秋篠宮殿下の場合は、わざわざ奉仕者の休憩所までお出まし下さる(これは私自身も体験した)。しかも、その事実は宮内庁のホームページに載せていない。これは当然、殿下のご指示によると考えるほかない。
いずれも、直系の皇太子とは異なる傍系の皇嗣というご自身のお立場への、へりくだったご自覚によるものだろう。

■悠仁さまの即位自明視の質問には無回答
秋篠宮殿下は以前、ご高齢での即位を辞退されるお気持ちを述べておられた(朝日新聞デジタル、平成31年[2019年]4月20日配信)。「(天皇になることは)思ったことがない」とも。
悠仁親王殿下の即位についても、少なくとも積極的にお望みではないだろう。
秋篠宮殿下はこれまで記者から、悠仁殿下が将来、即位されることを自明視するような質問を受けても、ずっと回答を控えてこられた。あるいは、皇位継承者にふさわしい適性を身につける特別な教育が行われた形跡もない。
これらは、天皇皇后両陛下に直系の皇女=敬宮殿下がおられる以上、欠陥ルールによる扱いはともあれ、傍系の宮家として出すぎた振る舞いは控える、との謙虚なお考えによるとしか考えられない。
今回の記者会見でも、お子さま方をめぐる質問に対して、皇室典範上、皇位継承資格をおもちの悠仁殿下をまったく特別扱いしない言い方をされている。
■愛子さまへの期待
天皇陛下は今年の天皇誕生日を控えての記者会見(2月19日)で、敬宮殿下が末永く皇室にとどまって活躍されることを期待するお気持ちを、率直に示された。さらにオランダ、ベルギーにご出発前の記者会見(6月11日)では、「令和流」ともお呼びすべき敬宮殿下とご一緒に活動される機会が多い事実について、ご真意を明らかにされた。天皇であるご自身が手本となって、「愛子にもいろんなことを教えていきたい」「いろんな場を通じて、愛子に様々なことを学んでほしい」と。これは事実上、最高の「帝王学(象徴学)」と言える。
陛下は、ご自身が体現しておられる「国民と苦楽を共にする」「国民に寄り添う」という皇室の大切な精神が、次代にしっかりと受け継がれるためには、両陛下からご幼少時より身近に薫陶を受けてこられた直系の長子たる敬宮殿下こそが次代の天皇として最もふさわしいことを、確信しておられるのではないか。その場合、敬宮殿下ご本人も納得しておられることは当然の前提だ。
敬宮殿下が大学4年の夏休み明けにお友達から「進路は?」「就職先は?」と(おそらく冗談まじりに)しつこく聞かれ、「イタズラな表情を浮かべて、『天皇でも良いかなと思いました』と冗談をおっしゃってみんなで笑ったそうですよ」(『週刊ポスト』7月17日号)というエピソードも興味深い。
上皇陛下が「ゆくゆくは愛子(内親王)に天皇になってほしい」と願っておられるのも(奥野修司氏『天皇の憂鬱』)、天皇陛下と同じお気持ちからだろう。

■秋篠宮さま「その方向でよい」
小泉内閣(平成17年[2005年])で女性天皇、女系天皇を可能にする皇室典範の改正が目指された時の、天皇陛下のご覚悟が伝わっている。
「天皇陛下は直系継承の安定に資する(女性・女系容認という)方策に理解を示された上で『慎重に進めてほしい』と望まれた。性別に限らず長子優先の皇位継承が認められれば、長女愛子さまがいずれ即位される。『その未来を見据えたお言葉だ』と元(宮内庁)幹部は感じとった」(「読売新聞」前掲)という。一方、秋篠宮殿下も「天皇家を支えるお立場で『その方向でよい』と賛同された」(同)。
皇室の精神、気風を受け継ぐために、親から子への「直系継承」はとりわけ大切な原則だ。ジェンダー平等を重んじられる秋篠宮殿下が、天皇皇后両陛下にお子さまがいらっしゃるのに“女性だから”という理由だけで、側室なくしては持続困難な男系男子限定ルールによって皇位継承のラインから除外される今の制度に、違和感をもたれないとは考えにくい。
■皇室典範“再改正”により「愛子天皇」へ
ほかの皇族方についても、常陸宮殿下は上皇陛下のお考えと一致しておられることが伝わる。寛仁親王妃の信子殿下は、令和4年(2022年)の歌会始で敬宮殿下のことを「姿まぶしむ(お姿をまぶしく拝見する)」とお詠みになり、「(敬宮殿下が)ご幼少時より深い敬意と愛情を持って見守って」こられた事実が明らかになった。高円宮家の久子妃殿下も、令和5年(2025年)2月8日の東京アメリカンクラブでの英語の講演で、司会者の質問にお答えになって、女性天皇の可能性に好意的に触れておられた。
皇室におかれては、「愛子天皇」に向けた合意が早くから、ほぼ整っているようだ。
率直に言って、旧宮家系の民間人養子は皇室からも国民からも歓迎されない。そんな中で、対象となる賀陽(かや)家・久邇(くに)家・東久邇家・竹田家から、自発的に名乗り出る人物が果たして現れるか。
典範改正への評価は予想以上に低い。政界でもメディアでも、早々と「再改正」が話題になっている。
再改正の焦点はもちろん、構造的欠陥である男系男子の縛り(第1条)を解除すること。それが実現すれば、現在の「直系長子」最優先ルール(第2条)によって次代は「愛子天皇」で確定する。
皇室の方々のお気持ちをないがしろにし、民意にそむいて、高市政権が拙速・乱暴に進めた典範“改悪”は、むしろ反発を強め、逆転への気運を高めたのではないか。
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高森 明勅(たかもり・あきのり)
神道学者、皇室研究者
1957年、岡山県生まれ。国学院大学文学部卒、同大学院博士課程単位取得。皇位継承儀礼の研究から出発し、日本史全体に関心を持ち現代の問題にも発言。『皇室典範に関する有識者会議』のヒアリングに応じる。拓殖大学客員教授などを歴任。現在、日本文化総合研究所代表。神道宗教学会理事。国学院大学講師。著書に『「女性天皇」の成立』『天皇「生前退位」の真実』『日本の10大天皇』『歴代天皇辞典』など。ホームページ「明快! 高森型録」
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(神道学者、皇室研究者 高森 明勅)
