「覚書」とは何だったのか

写真拡大

有権者の反応は冷ややか

 11月の中間選挙まで3カ月を切り、選挙戦が本格化する中、共和党の候補者はトランプ大統領と有権者の間で板挟みの状況に陥っている感がある。

【写真】あの美女もこの美女も…2026年に「トランプ政権を去った」女性たち

 トランプ氏は米経済の黄金時代が既に到来していると繰り返し主張しているが、生活費の問題を重視する有権者の反応は冷ややかだ。

 経済統計をみてみると、失業率は低く個人消費も堅調だが、トランプ氏が2月末にイランとの戦争に踏み切って以来、インフレ率は再び3%を上回っている。

 米ミシガン大学が8月14日に発表した8月の消費者信頼感指数(速報値)で、全体の指数は7月から4.1ポイント下落して51.0となった。注目すべきは、共和党支持者の指数が78.7と7月から9.5ポイント悪化し、トランプ氏が大統領(2期目)に当選した2024年11月以来の最低水準となったことだ。

「覚書」とは何だったのか

 ミシガン大学側は、特に高齢者や低所得者、大学卒業資格を持たない人々の心理が大きく悪化したと説明しているが、この消費者層にはトランプ氏の支持者が多い。

米国史上初の“罷免大統領”に?

 板挟みの状況下で、共和党の候補者は攻撃されることを恐れ、トランプ氏批判をためらっている。だが、トランプ氏に異を唱えてほしいという有権者の声は日に日に高まるばかりだ。

 対する民主党は急進左派と穏健派の対立が足かせとなり、この勢いに乗れないという指摘もあるが、共和党もジレンマに陥っているのが実情だ。

 それでも中間選挙の勝利を願うトランプ氏にとって、下院で巻き返しを狙う民主党内の動きも看過できない。

 ロイターは8日、民主党はトランプ氏に対する即時の弾劾手続きよりも、同氏の周辺企業や金融機関に対する調査の実施を検討していると報じた。第1次トランプ政権時代の反省を踏まえ、弾劾手続きに踏み切る前に入念な調査を行い、トランプ一族の腐敗ぶりを明らかにした上で、共和党を含めた世論に広く訴える戦略だ。

 今のところ共和党内でトランプ氏の利益相反に対する批判は出ていないが、中間選挙が終われば話は別だ。選挙のためにトランプ氏に忖度する必要がなくなるからだ。民主党の調査次第では、トランプ氏は弾劾裁判で罷免される米国史上初の大統領になってしまうのかもしれない。

中東情勢の安定化はまだまだ先か

 トランプ氏の2期目の任期は7月末で約4割が経過したが、外交・安全保障面でも不安定さを抱えたままだ。

 イランと戦闘終結へ向けた「覚書」で合意した60日の交渉期間は、計算上で16日(米国東部時間)とされていた。17日時点でイラン側は、米国との交渉が始まっていない現状では期限も適用されないと主張し、期限延長の手続きを否定している。対してトランプ氏は「急いでいない」と述べ、イランは降伏すべきとの見解を示した。

 トランプ氏の放言ぶりも相変わらずだ。14日、イランを打ち負かした後にホルムズ海峡を米国領と宣言する意向を述べた。この発言に慌てたのはホワイトハウスのスタッフだ。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは同日、匿名のホワイトハウスの高官が“トランプ氏の冗談”と釈明したことを報じた。

 またさらにトランプ氏は、原油価格の高止まりはイランの非核化のためと説明し、「私はけっして謝るつもりはない」と正当化した。

 兵器枯渇の懸念から米軍の大規模攻撃の可能性が低くなったものの、中東情勢の安定化は当分の間、見込めないだろう。

米国の保護と引き換えに“忠誠”迫る

 トランプ氏がイラン戦争の批判をかわす行動に出る可能性もある。政権後半に入った米大統領が外交・安全保障分野で功績を残そうとすることは珍しくない。クリントン氏は中東和平、オバマ氏はイラン核合意に力を注いだ。

 自己顕示欲が強いトランプ氏ならなおさらだ。内政面で行き詰まるほど功を焦り、より過激な行動に走る危険があるのではないだろうか。

 気がかりなのは、北大西洋条約機構(NATO)加盟国との関係だ。トランプ政権はNATO脱退やデンマーク領グリーンランドの領有を主張して物議を醸したが、それ以外にも要求をしていたことが明らかになっている。

 米国は6月、欧州の駐留米軍について6カ月間の見直しに着手することを発表した。ブルームバーグは14日、その発表の数週間後に送られた加盟国への質問状を確認し、米国はNATO加盟国がトランプ氏の政策にどのくらい忠実かを見極めようとしていると報じた。

 受け取った加盟国側は、米国の保護と忠実さを等価交換するような試みに反発しているという。トランプ氏は「アメリカ・ファースト」の外交・安全保障政策をアピールしたいのだろうが、欧州との亀裂がさらに深まることは確実だ。

北朝鮮“優先”でアジアにリスク

 アジア地域でも同様のリスクが生まれている。トランプ氏は16日、自身のSNSで、17日から実施される韓国との合同軍事演習を大幅に削減するよう国防総省に指示したことを明らかにした。

 金正恩・北朝鮮総書記との再交渉に意欲をみせるトランプ氏にとって、この合同軍事演習は費用がかかるだけでなく、自身の野心の妨げになるというわけだ。

 だが、ロシアとの関係強化で軍事力を高めている北朝鮮への抑止力が低下すれば、アジア地域全体の地政学リスクが高まるのは避けられない。

 同盟国である米国の動向は日本の行く末を大きく左右する。引き続き高い関心を持って注視すべきだ。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。2026年3月末日で経産省を退職。

デイリー新潮編集部