読売新聞ポッドキャスト「ピッチサイド 日本サッカーここだけの話」

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 サッカー指導者で、サッカー元日本代表、Jリーグ清水エスパルスでプレーした長谷川健太さんが、読売新聞ポッドキャスト「ピッチサイド 日本サッカーここだけの話」に出演した。

 指導者としてのこれまでの経験談を、ラクロス指導者としての顔もある番組MCの元日本代表・中澤佑二さんと語った。(読売新聞ポッドキャスト 山根秀太)

レオンとオジー

 長谷川さんはサッカー指導者として、Jリーグではこれまでに清水エスパルス、ガンバ大阪、FC東京、名古屋グランパスの四つのクラブを率いている。

 チームづくりで意識していたことについて「選手が笑顔でプレーできるチームをつくりたいと思っていました」と語り、選手時代に指導を受けた監督たちのことを次のように明かした。

 「教えてもらった監督の良いとこ取りをしようと思っていました。(エスパルスに)レオンっていう厳しい監督がいました。良いところも悪いところもありました。良いところは選手を平等に扱っていたところで、そこはレオンをまねました」

 エスパルスや横浜F・マリノスなどを指揮した「オジー」ことアルディレス氏も参考にした。

 「モチベーターだった。選手としてやっていて楽しかったので、そういう指導者になりたいなと思ってやっていましたね」

 長谷川さんは選手を笑顔にするために「自分がいつも笑顔でいよう」と心がけているという。

 「苦しいとき、自分が落ち込んじゃうとそれが選手に伝わってしまうので、自分は元気でいようと思ってやっていましたね」

指導の基礎に大学サッカー

 現役引退後は、地元静岡県の常葉学園浜松大学(現・常葉大学)サッカー部の監督に就任。初めての監督業は手探りだった。

 「はじめは全く分からなくて、サイドキックの基礎練習から始めた。でも、これをやってたらゲーム形式の練習をやるまで時間がかかっちゃうから」

 「やっぱ、楽しいのはゲームだから。ゲームをやろうと思って」

 就任から2か月後、練習方針を転換した。

 「(ゲーム形式主体の練習が)うまくいったから指導者としてすごく自信につながった」

 大学ラクロス部で指導している中澤さんも「(指導者になりたての頃は)選手時代の名残が指導にちょっと入っちゃう。基礎から教えたんですけど、なぜだか選手がうまくならない。試合につながらないと選手が練習の意図を理解できずに、ただ練習をやらされている感じになる」と同意する。

 長谷川さんは「そうですね。大学では5年間やりましたが、5年間でやっと、指導の形が見えてきて。ただ、清水の監督になって、はじめは苦しいシーズンで、半年くらいしてやっと自信を持てるようになった」と振り返る。

 そして次のように語る。

 「大学での経験がなかったら、19年間も監督はできなかったと思います。本当に学生たちには感謝しています」

プロフィル

 長谷川健太(はせがわ・けんた) 元日本代表。静岡県立清水東高校卒業後、日産自動車(現・横浜F・マリノス)に入団。Jリーグ開幕前に清水エスパルスに移籍し、清水東高出身で同級生の大榎克己さんと堀池巧さんとともに「清水東三羽ガラス」と呼ばれた。引退後はエスパルス、ガンバ大阪、FC東京、名古屋グランパスで監督。1965年生まれ。静岡県出身。