十分な知識も情報もないのでは…高市政権が選んだ「17戦略分野重点投資」は自由経済の原則に反している
高市政権は、17の戦略分野への重点投資を、政府の支援の下で進めるとしている。
しかし、政府が有望な分野や企業を選び、投資を政策的に誘導するという考えは、自由主義経済の基本理念と相容れない。高市氏が師と仰ぐサッチャーは、政府が「勝者を選ぶ」ことの危険性を、さまざまな機会に強調していた。
17の戦略分野に官民370兆円を投じる
高市早苗政権は、7月21日の閣議で「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)を決定した。新たに「『強く豊かな日本』投資枠」を創設し、成長分野における企業の供給力拡大を、国が後押しする。
供給力の拡大を目指して補助金を支給する。単年度にとどまらず、複数年度にわたる支援を実施し、企業が設備投資をしやすい環境を整える。2040年度までに17の戦略分野において官民で370兆円を投じ、民間投資を促すための新たな予算枠を設ける。
これは、高市内閣の成長戦略の基幹となっている。
AIが重要でもAI企業がすべて成功するわけではない
政府が特定の成長分野を選び、補助金や予算措置によって投資を誘導する政策は、市場による資源配分を重視する自由主義経済の原則と相容れないものだ。
例えば、重点分野の筆頭に挙げられているAIについて考えてみよう。
AIが社会を大きく変えていくことは間違いない。今後、この分野への投資が重要であることも間違いない。しかし、個々の企業やプロジェクトへの投資が、すべて利益をもたらすかといえば、そうはいえない。
AIのように新しく発展する分野では、事業の不確実性が非常に大きい。どのプロジェクトが成功し、どれが失敗するかは、事前には分からない。
AIが全体として重要であっても、中には、誤った方法を採って破綻する企業もあるだろう。事業が失敗すれば、損失が発生する。したがって、AI関連企業に投資して大きな損害を被ることは、十分にあり得る。
ITについても、同じことが起きた。 ITは世界を変えた。しかし、ITに関連するすべての企業が成功したわけではなかった。
市場経済の基本的な原則
不確実性が高い事業は、原則として民間企業に任せるべきだ。
見通しが当たれば企業は成功し、株主も報われる。しかし、失敗することもあり、その場合には株主が損失を負う。これが市場経済の基本的な原則である。
だから、高市政権のプランは、自由主義経済における企業の自由な活動という基本原理に対する挑戦なのである。日本の経済界から反対の声が上がらないのは、誠に不思議なことだと言わざるを得ない。
サッチャーはどう考えていたか
この問題について、高市氏が「師と仰ぐ」と評価しているイギリスの元首相サッチャーは、どのように考えていただろうか?
サッチャー政権では、「政府が勝者を選ぶ産業政策を採らない」という考え方が示されていた。
1981年に英大蔵省が作成した蔵相向け説明資料には、次のように記されている。
「われわれは、前政権とは異なり、『勝者を選ぶ』仕事をしているのではない。政府がこの種の産業政策・産業戦略を採用すべきだという提案を、すべて退ける」
政府の官僚には、どの技術や企業が将来成功するかを正確に見通す能力はない。政府が成長企業を選別しようとすれば、政治力の強い企業や、すでに多額の資金を投入して撤退しにくくなった企業に、補助金が流れ続ける危険がある、という考えだ。
政府は十分な知識や情報を持っていない
前節で述べたことは、新しい成長分野を選ぶ問題だけではなく、「衰退分野において、どの企業を助けるか?」という判断にも関係していた。
政府は、どの企業を助けるべきかを適切に選ぶことができない、というのである。
なぜなら、その選択を行うために必要な知識を、政府は十分に持っていないからだ。
多くの人は、政府が企業や市場の状況について詳しく正確な情報を持ち、将来を的確に見通していると考えているだろう。しかし、実際にはそのようなことはない。
個々の企業がどのような事業を行い、どのような問題を抱えているかは、その企業の人々が最もよく知っている。政府が個々の企業の実情を十分に知っているわけではないのである。
国家が民間以上に有望な投資機会を見抜く能力はない
サッチャーは後に、次のように論じた。
政府が企業の株式を保有すれば、閣僚が工場の配置、製品の選択、企業や資産の売却など、具体的な経営判断に関与せざるを得なくなる。しかし、閣僚は産業経営の専門家ではなく、こうした判断を適切に下す能力を必ずしも備えていない。
1978年の英国工業連盟での演説でも、サッチャーは、国家が民間の経営者以上に有望な投資機会を見抜ける理由はなく、投資の水準や投資先を決めることは閣僚の役割ではないとしている(注:Margaret Thatcher, “Speech to the Engineering Employers’ Federation,” 17 January 1978, Margaret Thatcher Foundation.)。
政府が行なうべきこと
サッチャー政権も、政府支援を全面的に否定したわけではない。先端技術などに対する限定的な政府介入までは排除していなかった。
サッチャーの考えは、「補助金は一切認めない」というものではなく、「政府が成長企業を選び、継続的に資金を与える産業政策を、原則として採るべきではない」というものだった。
重要なのは、政府が掲げた分野が成長しそうかどうか、だけではない。なぜ民間企業だけでは十分な投資が行われないのか、補助金によってどのような市場の失敗を補うのか、成果が出なかった場合に支援を打ち切れるのか、などを明らかにする必要がある。
企業活動のために必要とされる政策は多い。そして、これらの中には、個別企業の立場からはコントロールできず、政府の活動が求められるものがある。
経済活動における政府の重要な役割の一つは、市場だけでは十分に供給されない公共財を提供し、市場の失敗を是正することである。政府がやるべきことは、ほかにも数多くある。
第1は、労働力の企業間移動を促進することだ。これによって、労働力不足の部門への労働力配分を進めることが必要だ。
第2は、人材の育成である。とりわけ高等教育が重要だ。日本は、この面で大きな問題を抱えている。
高市首相はサッチャーの思想を受け継げ
高市首相は、サッチャーを師と仰いでいる。そうであるなら、サッチャーの思想の最も重要な部分を、ぜひ受け継いでほしいものだ。
17分野への投資を政府主導で進めることは、自由主義経済の原則に関わる問題であることを、よく理解してもらいたい。
自由主義経済政策の基本にある考え方は、政府が経済活動にできるだけ介入せず、民間企業や金融機関の自由な活動に任せるというものである。
民間企業は、自らの判断に基づいて新しい分野に参入し、投資を行う。政府はこの過程に過度に介入し、どの分野に資すべきかを企業に指示するようなことは、原則として避けるべきなのである。
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