高市首相が7月20日に自身のX(旧ツイッター)に投稿した文面(手前)。「就任以来、0時間〜3時間睡眠が常態化」などと記されている(写真:共同通信社)


「総理就任以来、0時間〜3時間睡眠が常態化」と、Xにポストしたことが注目を集めた高市早苗首相。「寝てないアピール」などと批判を受けたものの、アピール呼ばわりされるのは、休まず働く姿勢を美徳と捉える価値観が一般的だからこそとも言えます。

 首相の激務ぶりに「休んでください」と心配する声も聞かれ、睡眠を削って頑張る姿は多くの人々の目に留まっているようです。低下したと指摘されてはいるものの、高市内閣の支持率は複数のメディアの調査で5割を超えています。

記者団の取材を終え、首相公邸に引き揚げる高市早苗首相(写真:共同通信社)


 それに対し、京都府八幡市の川田翔子市長が産休入りした件を巡っては理解する声も聞かれつつ、首長としての公務を一定期間離れることに対し「無責任」「辞職すべき」など強烈に批判する声が浴びせられました。

2026年5月26日、京都府八幡市役所で約4カ月の産休取得を発表した川田翔子市長(写真:共同通信社)


 首相や市長には、勤務時間や休日といった法令上の規定はありません。しかし、労働基準法などが適用される一般企業の社員でも、有休取得明けに出社すると「お休みをいただき申し訳ありません」とお詫びするような場面を目にします。なぜ、職場では「休まない人」は称賛されて、「休む必要がある人」は申し訳なさを抱えることになりがちなのでしょうか。

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産休・育休は休息ではない、「休む」に潜む2つの意味

 疑問の背景に目を向けてみると、休むという言葉の取り違えや先入観、多くの職場で見られる業務体制の根本的な誤りなどが妨げになっている様子が浮かんできます。

「休む」という言葉には、大きく分けて2つの意味があります。1つは、休息を取ること。高市首相に向けられる心配の声の多くは、寝不足状態が続いていることを受けて健康への影響を案じるものです。

 仕事に一生懸命に取り組む人ほど、無理をして心身のダメージが蓄積し、ケガや病気につながったり疲弊しすぎて仕事を続けられなくなったりしてしまいかねません。しっかり休むことは、長い目で見てトータルで仕事の成果を最大化させる上で必要なことです。

「休む」という言葉のもう1つの意味は、休業して仕事に携わらないこと。休息と同じ意味に受け取られがちですが、休業しても休息できるとは限りません。それどころか、往々にしてハードな状況に置かれることになります。

 例えば、川田市長が取得している産休がそうです。出産日を含めた前後の期間について仕事には携わらないものの、出産とそれに向けた準備、出産後の体のケアや育児などに大変な労力を費やすことになります。産休や育休などの「休」は、休息ではなく休業の略です。あくまで、業務からは離れるという意味でしかありません。

 近年、男性の育休取得率は急上昇して2025年度には50.9%(厚生労働省「雇用均等基本調査」)に達しましたが、育休を休息と勘違いしている夫もいて、「育児せずにゲームばかりしている」などと妻からの不満の声を耳にすることがあります。高市首相に求められているのは休息であり、川田市長が行っているのは休業ですが、休むという言葉はそれらの違いが混同されて曖昧に使われがちです。

写真はイメージ(beauty-box/Shutterstock.com)


「休まない=頑張っている」という評価が生む誤解と批判

 休息と休業は、目的が全く異なります。休息は心身の健康を保つのに必要なものであり、休業は仕事と折り合いをつけながら、さまざまなライフイベントを乗り越えて生活を継続していくために必要なものです。

 どちらの意味であっても、「休む」ことは大切に違いありません。しかし、「休まない人」は何かを犠牲にして大変な思いをしているイメージとひもづけられがちです。そのため、休まずに働き続ける姿を通して、頑張っていることが分かりやすく伝わる面があります。

 結果だけ見てドライに評価するよりも、一生懸命頑張る姿を評価する職場の方が人間的な温かみは感じられそうです。頑張っている姿には人の心を打つ力があり、それ自体は決して悪いことではないと思います。

 ただ、問題なのは「休まない=頑張っている」という認識が定着すると、それを裏返した「休む=頑張っていない」という認識も同時に定着してしまいかねないことです。

 さらに、休息と休業の違いが曖昧なまま「休む」という言葉が使われると、実際は大変な労力を要する産休や育休などを取得した場合においても、仕事をせずにのんびりしているかのような印象と結びつけられてしまう懸念があります。

 産休入りした川田市長に対する批判の声を大別すると、休業と休息を混同して楽をしていると誤解したケースが1つ。休業だと理解はしつつも、選挙で選ばれて任期がある首長という重要な公務から離れることを疑問視するケースが1つです。

 しかし、前者は単なる誤解でしかありません。後者については出産に限った話ではなく、病気やケガなど他の致し方ない事情でも公務を離れざるを得ない状況が起こることはあり得ます。また、川田市長については副市長が代理を務めることや主要案件の進捗はオンラインで共有するなどの対応が取られていることも報じられています。

有休や育休で仕事が回らない、職場の業務体制にある問題

 一般企業の職場においても、「休まない=頑張っている」という評価基準に影響されていると感じる場面にたくさん遭遇します。

 社員が遅くまで残業していることのみをもって、頑張っていると評価するようなケースなどは分かりやすい事例です。企画職のように勤務時間と成果が比例するとは限らない職務においても、長く働くほど収入が増える時間連動型の給与体系が適用されていたりします。

 さらに、多くの職場では社員が休まないことを前提にした業務体制が構築されています。

 いわゆる正社員などフルタイムで働く社員の場合、年次有給休暇は入社から半年で年間10日、6.5年以上になると20日付与されることが労働基準法で定められています。その前提に立てば、年間勤務日数は社員1人当たり10〜20日差し引いて業務体制を構築しなければならないはずです。

 社員が有休取得することを前提にした業務体制になっている場合、もし有休取得しない社員がいればその分は逆に人員が余るはずです。しかし、実際には有休を取ると人手が足りなくなり、他の社員に業務のしわ寄せが及んでいるケースが多く見られます。有休を取らない前提で、業務体制が構築されていることが一因だと考えられます。

 育休取得の場合なども同様です。相応の規模の職場であれば、社員の中から毎年一定数は育休取得者が出てくることが推測できます。あらかじめ社員の何パーセントかは育休取得する可能性を織り込んで業務体制を構築できていれば、よほどイレギュラーなケースでもない限り、他の社員へのしわ寄せを最小限に抑えられるはずです。

 年次有給休暇は、社員の心身の疲労を回復させる休息を目的とした休みです。有休取得を前提とした業務体制になっていないとしたら、職場は暗に、休まず頑張ることを社員に求めるメッセージを発していることになります。また、男性社員が育休取得しづらいような場合は、職場は暗に育児を社員の妻だけに押し付けることを求めていることになります。

 いま、夫婦がいる世帯の7割は共働きです。夫婦がともに収入を得て家計を支え、それぞれのキャリアを大切にするようになってきています。

 一方、生活面から共働き世帯を見れば、夫婦ともに家事や育児などの主体となる「一億総しゅふ(主婦・主夫)化」に向かって進んでいるということでもあります。仕事と家庭の両立は女性だけでなく、男性も含めたすべてのビジネスパーソンにとっての課題になりつつあるのです。

 ところが、多くの職場ではいまだに、主に男性が仕事だけに専念できる専業就労者であることを基本とした業務体制が構築されています。男性の育休取得率は上昇してきてはいるものの、育休取得期間はいまも女性の方が圧倒的に長くなっています。男性は休業が取りづらく、また休息については多くの職場で性別問わず取りやすいとは言えないままです。

共働き時代に必要な「兼業就労者」前提の職場づくり

 いま職場がチャレンジしなければならないのは、性別を問わず社員が仕事と家庭を両立させながら成果も上げられるよう、専業就労者ではなく兼業就労者を前提とした業務体制を構築することに他なりません。

 帰宅してから洗濯物を取り込んだり夕飯の準備をしたり、子どもの発熱で保育園からの呼び出しがあることなどを織り込んだ上で成果を出せる仕組みにする必要があります。

 テレワークやコアタイムのないフレックスタイム制といった柔軟な勤務制度の構築だけでなく、AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などのテクノロジーを用いた効率化や無駄な業務の削減なども並行して進めることが必須です。

 社内だけで使用する資料作成でフォントなどの微調整に神経を割くような業務は必要か、資料に目を通すだけの会議は必要か、形式だけの承認をいくつも経由する工程は必要か、日報を入力しているのに上司に改めて報告するためだけに帰社することは必要か──。職場の中には、見直すべきことがたくさん埋もれているように思います。

 これまで行ってきた業務を見直すのには、相応のストレスがかかるものです。何らかの必要があってその業務は生まれたはずですし、業務の進め方に組織全体がなじんでいます。しかし、かつて必要だった業務がいま必要なのか、その進め方がベストなのかどうかを見直さず制度だけ新しくしても、形骸化したり、職場の実情と合わなかったりして歪みが生じがちです。

働き方改革の次は、休むことを織り込む「休ませ方改革」へ

 残業を減らしたり有休取得を促進したりと、「働き方改革」を進めることは同時に「休み方改革」にもなる面がありました。

 しかし、多くの職場は休まないことを前提に業務体制を構築し、休まない人が評価される文化や給与体系が残ったままです。そこに休みやすい制度を導入したとしても運用しづらく、一部の人に業務のしわ寄せが集中してしまったり、仕事をうまく回せず成果が出なくなったりしてしまいます。

 これからの働き手は、専業就労者ではなく家庭との両立を図りながら働く兼業就労者が主流になっていくことが想定されます。仕事で成果を出しながら家庭もスムーズに回していくには、休息と休業を取ることを前提にした業務体制や文化、給与体系が不可欠です。

 職場で「休まない人」が賞賛され、「休む必要がある人」が申し訳なさを抱える空気感が生まれるかどうかは、経営者など、組織のリーダーのスタンスが大きな鍵を握っています。

 休むことを巡って、どんな会社・社会像を目指しているのか。その点に限って言えば、睡眠不足で頑張っている高市首相と産休取得に踏み切った川田市長の2つの事例は、受け手にとって対照的なメッセージとなっている印象を受けます。

 これからの職場は、社員が休まない前提から休む前提へとパラダイムシフトし、休息や休業分を織り込んだ上で仕事の成果を最大化する必要があります。

 職場側に求められるのは、働き方改革の結果が休み方改革にもなるといった受け身なスタンスではなく、意思を持って積極的に社員を休ませる「休ませ方改革」だと言えるのではないでしょうか。

筆者:川上 敬太郎