税務調査官「支払いの実態が確認できません」52歳ベテラン経理の〈横領3,000万円〉が発覚…「即日クビ」を命じた社長に迫る“まさかの危機”【社労士が解説】

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中小企業において、経理担当者は「会社の金庫番」として絶大な信頼を寄せられる存在です。しかし、その絶対的な信頼と「その人にしか業務がわからない」というブラックボックス化が、取り返しのつかない悲劇を生むことがあります。今回は、長年会社を支えてきたはずのベテラン経理社員が、自身の借金返済のために巨額の横領に手を染めていた事例をご紹介します。さらに、怒りに任せて「即日懲戒解雇」を言い渡してしまった社長に対し、労働問題の専門家である社会保険労務士(社労士)が、法的なリスクと正しい対処法、そして不正を防ぐための労務管理の鉄則を徹底解説します。

業績好調の裏で…社長が全幅の信頼を置く〈年収600万円〉ベテラン経理

関東地方で部品製造業を営むX社(従業員数約30名)のA社長(45歳・男性)は、5年前に父親から会社を引き継ぎました。業績は右肩上がりで、社長自身は営業や現場の統括に奔走する毎日。

そんなA社長が「バックオフィスの要」として全幅の信頼を置いていたのが、経理担当のBさん(52歳・女性)でした。勤続20年の大ベテランで、年収は中小企業の事務職としては破格の600万円。

先代社長のころから経理業務を一手に引き受け、給与計算から社会保険の手続き、日々の経費精算、銀行口座の管理まで、すべてを一人で取り仕切っていました。

A社長にとってBさんは、「経理のことはBさんに任せておけば安心」と言える、まさに陰の立役者だったのです。

突然の税務調査で発覚…消えた「3,000万円」と架空の請求書

しかしある日、X社に所轄の税務署から税務調査が入ったのです。調査官が数年分の帳簿や請求書、銀行の取引履歴を丹念にチェックしていき、不審な点に気づきました。

「A社長、この『株式会社Yコンサルティング』という会社への毎月50万円の支払いですが、実態が確認できません。請求書のフォーマットも不自然ですし、振込先が個人の口座のようですが」

A社長には、まったく身に覚えのない取引でした。さらに税務調査が進むと、架空の経費計上や、小口現金の不自然な引き出しが次々と発覚。過去5年間を遡って調べた結果、使途不明金の総額はなんと約3,000万円に上ることが判明したのです。

税務調査の日の夕方、A社長はBさんを社長室に呼び出しました。突きつけられた証拠の数々を前に、Bさんは初めこそ「税理士のミスでは?」と誤魔化していましたが、やがて観念したように泣き崩れました。

「……申し訳ありません。私がやりました」

Bさんが横領をした動機は、ギャンブル依存と買い物依存による借金でした。最初は「次のボーナスで穴埋めしよう」と小口現金から数万円を抜き取っただけでしたが、誰にも気づかれないことを知ると、次第にエスカレート。架空の請求書を偽造し、会社の口座から自分の別口座へ堂々と送金するようになっていたのです。

信頼していた社員からの手酷い裏切りに、3,000万円の損失。A社長の頭に血が上りました。

「今日付けで懲戒解雇だ! 二度と顔を見せるな、警察にも行くからな!」

A社長は怒りに任せ、その場で「即日解雇」を言い渡しました。しかし、このA社長の行動が、後に会社をさらなる危機に直面させることになります。

激怒した社長へ社労士が突きつけた「厳しい現実」

翌日、A社長は顧問契約を結んでいる社会保険労務士に電話をかけ、事の顛末と「即日懲戒解雇にした」ことを報告。

「それは大変でしたね、毅然とした対応で正解です」という言葉が返ってくると思っていましたが、電話口の社労士の声は険しいものでした。

「A社長。お怒りはごもっともですし、横領は決して許される行為ではありません。しかし、『即日の懲戒解雇』は法的にリスキーです。最悪の場合、会社側が不当解雇で訴えられ、Bさんに解決金を支払わなければならない可能性があります」

「3,000万円も会社のお金を盗まれたのに? なぜこちら側が訴えられないといけないんだ……」と、思わずA社長は言葉を失いました。

【社労士が解説】横領犯でも「即日クビ」はNG…会社側の3つの法的リスク

どれほど明白な横領(業務上横領罪)であっても、労働者を解雇する場合には労働基準法および労働契約法などの法律が厳格に適用されます。A社長が行った「即日懲戒解雇」には、主に以下の3つの大きな法的リスクが潜んでいます。

1. 解雇予告義務の違反(労働基準法第20条)

労働基準法では、会社が労働者を解雇する場合、「少なくとも30日前に予告をするか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払わなければならない」と定められています。

「横領などの悪質な行為があった場合は、即時解雇できるのでは?」と思うかもしれませんが、そのためには労働基準監督署長から「解雇予告除外認定」を受ける必要があります。この認定を受けずに、予告も手当の支払いもなしに即日解雇を言い渡すと、労働基準法違反となってしまうのです。

2. 手続きの瑕疵(適正手続の原則)

懲戒処分を行うためには、就業規則に懲戒の事由と種類が明記されている必要があります。そして、さらに重要なのが「弁明の機会の付与」です。

どれだけ証拠が揃っていても、本人に事実関係を確認し、言い分(弁明)を聞く場を設けずに一方的に下した懲戒処分は、裁判等で「手続き違反」として無効(懲戒権の濫用)と判断されるリスクが高まります。

3. 証拠隠滅や逆ギレによる泥沼化

その場で感情的に「クビだ」と言い渡してしまうと、本人が会社へのアクセス権を持ったまま逃隠したり、自宅から会社のシステムにアクセスして証拠となるデータを消去したりする恐れがあります。

また、不適切な解雇手続きを逆手に取られ、弁護士や合同労組(ユニオン)を通じて「不当解雇である」と争いを仕掛けられるケースも少なくありません。

会社を守る「正しい懲戒プロセス」6つのステップ

では、社員の横領が発覚した場合、会社はどのような手順を踏むべきなのでしょうか。正しいプロセスは以下の通りです。

ステップ1:証拠の保全と「自宅待機命令」

まずは被害の拡大と証拠隠滅を防ぐことが最優先です。本人のパソコン、会社の通帳、印鑑、帳簿類などを直ちに確保します。

そして、本人にはその場での解雇ではなく「事実関係の調査のため、業務命令として本日から自宅待機を命じる」と通告します。この際、自宅待機期間中は無給とする就業規則の規定がない限り、原則として賃金(休業手当または全額)を支払う必要があります。悔しいですが、後々の法的正当性を保つための「必要経費」と考えます。

ステップ2:徹底的な事実調査と証拠固め

社内の関係者、税理士、顧問弁護士などを交えて、横領の全容を解明します。

・いつから、いくら横領したのか(金額の特定)

・どのような手口だったのか

・何に金を使ったのか(使途の確認)

これらの証拠(不正な振込履歴、改ざんされた帳簿、架空の請求書など)を客観的な資料として整えます。

ステップ3:本人へのヒアリング(弁明の機会の付与)

証拠が固まったら、本人を会社に呼び出すかオンライン等でヒアリングを実施します。必ず複数名(社長と役員、弁護士や社労士など)で対応し、やりとりは録音するか、詳細な議事録に残します。

ここで本人の口から事実を認めさせ、可能であれば「顛末書」や「事実を認める念書(支払念書)」を自筆で書かせます。

ステップ4:懲戒委員会の開催と処分の決定

就業規則の規定に基づき、社内で懲戒委員会等を開き(中小企業の場合は役員会等)、処分を決定します。今回の事例のように3,000万円という多額の悪質な横領であれば、最も重い「懲戒解雇」が妥当と判断されるでしょう。

ステップ5:解雇予告除外認定の申請と解雇通知

即時解雇とする場合は、管轄の労働基準監督署へ「解雇予告除外認定」の申請を行います。横領の証拠と本人の顛末書などがあれば、通常は認定が下ります。認定書が交付されたあと、正式に「懲戒解雇通知書」を本人に交付します。

※実務上は、認定を待つ時間が惜しい場合や手続きを簡略化したい場合、30日分の解雇予告手当を支払って即時解雇とするケースもあります。3,000万円の被害に比べれば、数十万円の手当を払ってでも速やかに縁を切るほうが得策と判断することもあります。

ステップ6:刑事告訴と損害賠償請求

懲戒解雇はあくまで「労働契約の解除」に過ぎません。盗まれたお金を取り戻すためには、別途、民事での不法行為に基づく損害賠償請求を行う必要があります。また、警察に対して業務上横領罪での刑事告訴を行う準備も進めます。

ただし、横領されたお金は使い込まれていることが多く、全額回収できるケースは稀であるという厳しい現実も知っておく必要があります。

“属人化”を防ぐ労務管理の鉄則

Bさんの横領が5年間も発覚しなかった最大の原因は、会社の管理体制そのものにあります。不正行為は「機会」「動機」「正当化」の3つの条件が揃ったときに発生すると言われています(不正のトライアングル理論)。

会社がすべきは、社員が不正を行える「機会」を物理的・システム的に排除することです。属人化(特定の人にしか業務がわからない状態)を防ぐための鉄則を紹介します。

職務分掌(業務の分離)の徹底

最も危険なのは、「請求書の受領」「振込データの作成」「銀行印・トークンの管理」「最終承認」をすべて一人で行っている状態です。

・作成者と承認者を分ける: 経理担当者が振込データを作成し、最終的な実行(承認・パスワード入力)は社長や別の役員が行う体制にします。

・現物管理を分ける: 通帳の保管者と、銀行印の保管者を別々の社員にします。

小口現金の廃止とキャッシュレス

「手提げ金庫」のなかにある小口現金は、横領されやすいターゲットです。現在では、法人用クレジットカードや、経費精算システムを用いた社員個人の口座への直接振込など、小口現金を持たずに済む仕組みが普及しています。社内から現金を物理的になくすことが最大の防御です。

定期的なジョブローテーションと「休みの強制」

一人の社員が長期間同じ部署に留まることは、不正の温床になります。中小企業で人員の配置転換が難しい場合でも、以下のような対策が有効です。

・最低でも年に1回は長期休暇(1週間程度)を取らせる: 本人がいない間に別の社員や社長が業務を代行することで、隠されていた不正やミスが発覚しやすくなります。

・外部の目を入れる: 月に一度、税理士や外部のコンサルタントに抜き打ちで帳簿と預金残高の突合(チェック)を依頼します。

クラウドシステムの導入による透明化

クラウド会計システムや経費精算システムを導入し、社長がいつでも自分のスマートフォンやPCから会社の資金繰りや経費の動きを閲覧できるようにします。システム上の操作ログ(誰が、いつ、どのデータを修正したか)が残るため、改ざんの抑止力になります。

「社員を信じる=放置」ではない…経営者が果たすべき“真の責任”

A社長はその後、社労士の指導のもとで自宅待機命令とヒアリングをやり直し、適正な手続きを経てBさんを懲戒解雇しました。

民事での損害賠償請求も行いましたが、Bさんには資産がなく回収できたのは親族からかき集めた数百万円のみ。残りの金額は、高い授業料として会社が被ることになりました。

「社員を疑うようで気が引ける」「家族のように信頼しているから大丈夫」と、多くの中小企業経営者がそう口にします。

しかし、真の信頼とは、社員を放置することではありません。魔が差すような「機会」を与えない環境を作り、社員が正しく働ける仕組みを整えることこそが、経営者の重要な責任です。

一人の人間に業務と権限を集中させる「属人化」は、会社を危険に晒すだけでなく、社員自身をも不幸な結末へと追い込む可能性があります。今一度、自社の経理体制と労務管理のあり方を見直してみてはいかがでしょうか。

内海 正人

社会保険労務士法人 日本中央社会保険労務士事務所 代表社員

社会保険労務士/人事コンサルタント